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コロナ後の顧客をつかむ「攻めのIT化」とは!?「新しい生活様式」がもたらす外食ビジネスの大変化・後編

緊急事態宣言が解除され、街は日常を取り戻しつつある。とはいえ、良くも悪くも新型コロナ流行前の状態に完全に戻ることはないだろう。待てば過ぎ去ると思っていたコロナ禍が、われわれの経済活動に環境変化をもたらした。とりわけ外食産業はその影響をもろに受ける。衛生はじめ管理体制の強化が求められる中、コストを転嫁してもなお納得感を得られる工夫、高付加価値型を念頭に置いたビジネスモデルへの転換が必要だ。そこで「新しい生活様式」がもたらす外食ビジネスの大変化をテーマに前後半の2回にわたって論考を展開する。前回はコロナ禍がもたらした環境変化を整理したが、今回はこれを踏まえたビジネスモデルについて考える。

生産性の低さが課題となっている外食産業。コロナ後に求められるのは攻めのIT化だ

コロナ禍で露呈した内部管理体制の課題

 前回、消費者の衛生観念の変化について詳述したが、もうひとつ外食企業にとって大事なことは、内部管理体制だ。今回、コロナ禍に伴う資金繰り危機にあたって、雇用調整助成金やセーフティネット融資制度をはじめとする救済措置が政府等から矢継ぎ早に打ち出された。とはいえスムーズに浸透したとはいいがたい。手続きに手間取った事業者が多かった。手続きが煩雑だという声もあるが、就業規則など法定書類を用意できなかったことも大きい。

 また、たとえば売上減が救済措置の要件の場合、会計システムを導入していれば前年度にさかのぼって簡単に月商を抽出できた。ひいては売上を日々正確に記帳する体制が必要だ。東京商工会議所が2017年3月にとりまとめた「生産性向上・ICT活用状況に関するアンケート調査」によれば、小規模企業ほど業務システムの活用の度合いが低い傾向が見られた。

 業務システムの中では財務会計システムが比較的普及が進んでいるが、5人以下の企業となると約6割が未導入である。同じく2019年3月の「中小企業の経営課題に関するアンケート」によれば、資金繰り表を毎月作成していない企業は小規模企業で約半分、まったく作成していないケースも15%ある。

 コロナ禍で得た教訓は、救済措置を受けるには相応の内部管理体制が必要ということだ。サービス業の生産性が低いことが問題となって久しい。非常時に際して事業の継続を守るため労務、会計の業務の仕組みを立ち上げ、さらにIT化を進めることが重要だ。

 また、衛生的な文脈でキャッシュレス化が進むだろう。ちょうど、消費税率引き上げに伴う需要平準化策としてキャッシュレス支払いにかかるポイント還元策が6月末に終了した。これまでは利便性や、こうした還元策によるお得感で選択していたキャッシュレスだが、コロナ禍をきっかけに衛生上の理由が加わった。不特定多数が触った紙幣や硬貨に触れることに敏感になるからだ。日本フードサービス協会が策定した外食業の事業継続のためのガイドラインでも「可能であれば電子マネー等の非接触型決済を導入する」とされている。

 ポイントカードなど会員登録も感染対策の内だ。ただしその店で感染が発生したとき感染ルートを追跡することを想定すると、氏名を含む正確な連絡先が必要になる。先般、新型コロナウィルスの感染拡大防止のための指針で、接待を伴う飲食店について客の連絡先の把握が求められたところだ。このことは多くの議論を呼んだが、コロナ後の環境変化のひとつとして象徴的なことではある。

50%の稼働率のなかで取り組むべきこと

 「新しい生活様式」の実践例、たとえば会話を控えめにするとか、対面ではなく横並びで座るとかをそのまま受けとめると牛丼店などカウンターが主、テイクアウトも営業の柱となっている業態を想像する。持ち帰りや出前、デリバリーといえばピザ宅配だ。こうした業態はそれほど大きな変化なく適応できるだろう。

 それ以外、テーブル主体の業態はいかに考えるべきか。社会的に高まった衛生観念に対応するのも労務、会計をはじめ内部管理体制を充実・強化するのも固定費のかさ上げ要因となる。他方、密集を避け席の間隔を空けなければならないとすると客数を増やせない。仮に一席ずつ空けると満席でも稼働率は50%にとどまることになる。50%の稼働率で採算をとるにはどうすればよいか。

 オペレーション上の工夫で増加幅を緩和する余地はあるかもしれないが、基本的には固定費の増加と稼働率の低下は客単価でカバーせざるを得ない。考えるに、「新しい生活様式」において、伝統的な店内飲食サービスはそれなりのコストがかかるチャネルになった。そのコストを価格に転嫁できるか否かが判断のしどころだ。

 ひとつの方向性は無店舗販売だ。コストがかかる店内飲食サービスから撤退し、無店舗販売に切り替える。冒頭上げたテイクアウトを主体とする。あるいは出張料理サービスも一考だ。

 もうひとつは店内飲食サービスにかかるコストを価格転嫁する選択肢だ。これは客単価が高い業態に転換することを意味する。個室主体で客単価の高い業態、コース料理が主なメニューの高級レストラン、料亭など味はもちろん、サービスや店の雰囲気も楽しむ業態だ。実名、所在の登録を含む予約制にも合う。

「攻め」のIT化に成功した老舗旅館

 IT化と同様、これもサービス業の生産性の課題解決策として捉えることができないだろうか。コロナ禍の前、外食産業は慢性的な人手不足に喘いでいた。要因には収入水準と定着率の低さがあったはずだ。料理とサービスの専門性を上げ、IT化を内部管理のためだけでなく、顧客管理システムをはじめ顧客サービス向上のツールとして活用するなど、客単価を上げることはコロナ禍とは関係ない普遍的な課題だった。

 この点はたとえば、神奈川県秦野市の鶴巻温泉にある1918年(大正7年)創業の老舗旅館、元湯陣屋の再生劇が参考になる。それまでの低価格路線を転換、コース料理の食材や演出にこだわった。そして、予約、会計処理から顧客情報システムまで統合した「陣屋コネクト」を開発した。客の好みや苦手な食材、アレルギーなどを把握し、気の利いたサービスの提供に役立てている。効率化だけでない攻めのIT活用が奏功し、業績回復とともに従業員の離職率が低下するなど働き方改革にもつながった事例だ。

「新しい生活様式」への適応策が、コロナ禍に対する「守り」の方策ではなく、コロナ禍を奇禍ならぬ奇貨とした「攻め」の戦略になることが期待される。