暑い日が続いている。9月後半に入っても35度を超える暑さで、なかなか秋が来ないのだが、来週(この文章が掲載されているころ)から、気温も下がってくるようだ。ようやく、秋の装いも楽しめる日が来るのかと思うと、どこかウキウキしてくる。今日は、そうした秋、冬の装いに欠かせないコートについて、英国のBurberry(バーバリー)、Macintosh(マッキントッシュ)、Barbour(バブアー)の3つについて語ろうと思う。
いつ雨が降るか分からないイギリス
大学生のころ、父の仕事の都合で私達家族はロンドンにいた。ロンドンの空は気まぐれだった。朝からりと晴れたよい天気でも、夕方には雨が降る。それも、朝には想像できないほどの強さのザーザー降りだから始末が悪い。したがって、ロンドンでは傘を持っている人は多くない。防水のコートをさっと羽織り、雨が強く降ったら近くのパブ(ビールをのんで会話を楽しむ場)に避難し、ワイワイガヤガヤと話を楽しむ。
私達兄弟も(私には弟がいる)、学校が終わって家路に着くまでの間、突如降る雨に幾度も悩まされたが、やがて慣れていった。ゴアテックス(化繊繊維で水などを防水する素材)が開発された今となっては、その軽量コートがあれば十分なのだが、ロンドンでは長い歴史上、さまざまな工夫をしながら雨に強いコートをつくっていった。その代表が、Burberry(バーバリー)、Macintosh(マッキントッシュ)、Barbour(バブアー)の3つである。
シミが付きやすくヨレ感や汚れが味になる
バーバリーのコート
まず、バーバリーだが、「ギャバジン」という特殊な編み方で、綿糸を高密度で織って撥水性を高めている。そもそも綿糸は水分を吸収しやすく、またシミになりやすいのだが、高級な素材を30番手にまで太くして(番手とは糸の太さ)、密度をギリギリまで高め撥水性をよくしている。
当然、元の素材は綿糸だからシミが付きやすいのだが、そのヨレ感や汚れが「味」になっていく。私も20年ぐらい使っているバーバリーのコートを一着もっているが、高価な「人間の知恵の結集」を買い、長く使うというのはなんともイギリスらしくて良い。なにしろ、ロンドンを歩くと日本のようにBMWだ、ポルシェだなど高級なクルマに出会うことはほとんどない。ボロボロの小型車を幾度も直し「クルマなど走ればいいんだ」とばかりに、ドライブを楽しむ。ロンドンっ子達の粋な部分である。
余談ながら、このバーバリーのコートは「トレンチ」といって、軍仕様のデザインが有名だ。また、競合は「Aquascutum」(アクアスキュータム)であるが、残念ながらアクアスキュータムは2012年、親会社であるレナウンの業績不振とともに日本では会社管理手続きを申請し、事実上破綻した。それに対し、バーバリーはブラックレーベルなど、ディフージョンラインを展開し三陽商会の“ドル箱”になった。この2つの違いはどこにあったのか。
実は、バーバリーやアクアスキュータムのようなイギリスの名門ブランドは非常にブランド管理が厳しく、ライセンス供給先の好きなようには動かせない。
しかし、三陽商会は「このバーバリーチェックはスカートに使えばきっと売れる」と、イギリスと幾度も提案し続けたそうだが、バーバリー側には何度も断られたそうだ。しかし強行突破してバーバリーチェックのスカートを出したところ、「女子高生の制服」の位置づけとなり、大ヒット。その他のデザインも日本仕様にファインチューンしたバーバリーブルーレーベルをだし、大成功した。それに対してアクアスキュータムは、イギリスの仕様にキッチリ従ったのだが、結局、イギリスの「古き良きファッション」が日本にそぐわず、日本で破綻したのである。このように、ブランドビジネスというのは、前回紹介したTHE NORTH FACE(ザ・ノースフェイス) のように、国ごとに微妙にカスタマイズしなければ売れない。あのGAPでさえレディースは日本のMD(商品政策)で行っているのだ。
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糊が剥がれ、ヨレヨレになるマッキントッシュのゴム引きコート
バーバリーのコートがギャバジン編みという「編み方」で特徴を出すとしたら、加工で防水をだしているのがマッキントッシュである。余談ながら、三陽商会がMacintosh London (マッキントッシュロンドン)というフルラインナップの高級ブランドをだしているが、あれは、バーバリーのライセンス契約を失った後に三陽商会が立ち上げたブランドで、イギリスには存在しない日本だけのブランドであることは意外と知られていない。
そのコートは独特だ。私がヘビロテ(ヘビーローテーション:何度も何度も着る)する一着である。これは、やはり綿糸で台紙のようなものにラバライズ(ゴムをとかした液体を何層にも重ねて塗る)し、サンドイッチのように綿糸でできた台紙を重ね合わせて引っ付ける。このコートは縫い目の裏地に防水テープを貼り付け完全防水を実現しているのだが、この部分は“縫製”をしておらず、糊(のり)で貼り付けている。糊が乾けばコートはパリパリになってピンと立つ。このコートも、バーバリーと同様非常に扱いが難しい。まず、信じられないことだがポケットの糊がはずれて穴が空く。縫製がないものだから、専門家に直してもらわないとならない。さらに、いくらラバー(糊)をサンドイッチ構造にしているからといえ、裏も表も綿糸でできているのだから、直ぐにシミがつく。
私のように、ファッション大好き人種にとって、このようにヨレヨレになったコートが格好良いと思うのだが、普通の人がみたら「だらしない」ように映るに違いない。一度、どこまで防水・撥水性が高いか試すため、雨の日にマッキントッシュのコートをきて外出したことがあるが、コート中がシミだらけになってヨレヨレになってしまった。また、ポケットや前後の剥ぎの部分の糊が溶けてはずれボロボロになってしまった。その日から、「雨の日にマッキントッシュは着られない」という、なんとも不思議な約束ごとができてしまった。
でもこういうことがご愛敬。「これがファッションだ」と割り切れない人は、マッキントッシュのコートは高く付くだろう。マッキントッシュのコートの洗濯表示を見るとすべて×になっている(つまり、何もできない)が、イギリスの本社がオーソライズした工場が日本にあって、そこでならクリーニングもリペアもできるため、私も2年に一度の頻度でお直しにだしているのだが、修理費に毎回3~5万円もする。当然ながら、新品のコートが買える値段だ。こんなところからも、ファッション好き以外は着られないコート、それがマッキントッシュである。
オイルで汚れるからしまうのにも気を遣うにもバブアー
最後が「バブアー」である。今回紹介する撥水性の3つのブランドの中でもっとも扱いが難しいが、ファッション好きがはまるのがバブアーだ。このバブアーも素材は綿糸であるが、なんとオイルを服に塗りたくるのだ。当然、服はオイルでベタベタ。匂いも独特のオイルの匂いがするから、無造作にクローゼットに入れることなどできない。私も1-2年着たら、洗濯機で洗い、オイルを洗い落とす。別売りのオイル(缶に入っている)を服に塗ってベタベタにするのだ。オイルは強烈で、寒い風も全く通さない。もともとのオリジナルは、北海の不順な天候の元で働く水夫や漁師、港湾労働者のために、防水性、耐久性の高いオイルドクロス製ジャケットを提供したのが始まりである。
非常に扱いが難しい服だが、私が最も愛用している一着だ。
ゴアテックスやユニクロでいいじゃないか、という声が聞こえてきそうだが、ファッションというのはこういう「無駄」や「歴史」を装うことなのである。みなさんも今年の冬に一着いかがだろうか。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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