外食企業のなかで、ひときわ注目を浴びる企業がある。1969年設立、焼き肉店やラーメン店などの飲食店を展開する物語コーポレーションだ。厳しい消費環境のなか、19年は2ケタ増収増益で、社内制度、人材育成など外部から評価されるポイントが多くある。人手不足や生産性が課題となる同業界で、同社が好調な理由を探った。
社員、パートナー、FC店舗の声を汲み取る制度
物語コーポレーション(愛知県/加治幸夫社長)の内部通報窓口「物語ヘルプライン」が、2019年11月22日付で消費者庁所管の「内部通報制度認証 自己適合宣言登録 制度、「WCMS認証」」に、外食業界として初めて登録された。
「内部通報制度認証(自己適合宣言登録制度)」は、企業の内部通報制度が、内部統制およびコーポレートガバナンスの重要な要素であることから、優れた内部通報制度を整備・運用する企業を高く評価するために消費者庁が導入した制度。
「物語ヘルプライン」は2008年5月に社内の通報窓口としてスタートし、13年1月から外部の第三者機関に窓口を移設。17年には、同社のフランチャイズ(FC)加盟企業に従事する従業員にも対象を拡大した。現在、社員およびパートナー(アルバイト、パート)、FC店舗従業員などからの、法令・社内ルール違反、ハラスメント、職場環境などの通報、相談を受け付けている。
また、10月15日には、任意団体「work with Pride」が策定する、企業・団体などにおけるLGBTなどのセクシャルマイノリティに関する取り組みの評価指標「PRIDE指標2019」において、最高評価である「ゴールド」を受賞した。同社では、LGBTに配慮した「ライフパートナーシップ制度」を導入、同性カップルに証明書を発行し、結婚祝い金や配偶者手当などを付与している。
働きやすい環境をつくり、若者が離職しにくい企業へ
同社の強さを明らかにした『物語コーポレーションものがたり』(西川幸孝著、日本経済新聞出版社)の副題に「若者が辞めない外食企業」とつけられているように、物語コーポレーションは離職率の低い外食企業としてよく知られている。
雇用動向調査(厚生労働省)によれば、2011年から17年の離職率の単純平均は、「宿泊業、飲食サービス業」が29.3%、「調査産業計(全産業)」15.0%となっているのに対し、同期間の同社の離職率は13.3%にとどまっている。直近でいえば、18年の「宿泊業、飲食サービス業」26.9%に対し、同社では15.6%(19年4月)だ。
採用に関しては、17年4月時の新卒採用134名(うち、日本人とは文化的な背景も異なるインターナショナル社員28名)、18年4月133名(同28名)、19年4月118名(同29名)という実績を残している。
政府が主導する「働き方改革」に呼応するかたちで、このところ、外食大手では「年末年始の時短」(すかいらーく)、「おおみそか・元日を連休」(ロイヤルホスト)を導入し始めたが、物語コーポレーションの場合、1989年以来、大みそかと元日は全店休業(直営店)であるし、2015年からはレインボー休暇と呼ばれる、連続7日の休暇を年1回取得できる制度を実施、しかも取得率は100%に近い(18年は99.4%)。
14期連続増収増益、19年は2ケタ増
同社の設立は1969年(当時は株式会社げんじ。97年6月に現社名に変更)。2008年にジャスダック証券取引所(当時)に上場すると、10年6月に東証第二部、翌11年6月には市場一部に指定された。
焼肉店(「焼肉きんぐ」など)、ラーメン店(「丸源ラーメン」ほか)、寿司&しゃぶしゃぶ店(「ゆず庵」)、お好み焼き店(「お好み焼本舗」)などの飲食店舗を、全国ならびに海外子会社を通じて中国市場で展開しており(2019年11月末で、直営290店舗、FC223店舗)、19年6月期の業績は、売上高が前期比13.0%増の589億円、営業利益同17.1%増の39億円、経常利益同21.2%増の46億円で、14期連続で増収増益を続けている。既存店実績についても、19年6月期は売上高前期比101.5%、客数同101.3%、直営の売上高は102.0%、FCが100.8%であり、既存店売上高は9期連続の前年実績超えだ。
外食業界内で19年の決算状況を見ていくと、2ケタの増収増益は、売上高400億円以上の企業ではスシローグローバルHD、ペッパーフードサービスと同社の3社。14期連続増収増益は高収益企業として知られるハイデイ日高(16期連続)に次ぐものだ。収益性を表すROA(総資産収益率)は、ペッパーフードサービス(18.6%)、ハイデイ日高(15.6%)に次ぐ15.0%となっている。
あらためて、言うまでもないが、同社は好業績、高収益企業である。しかし『物語コーポレーションものがたり』内でも記されているように「予算達成のプレッシャーでコントロールしようとする志向性」はもっておらず、悪くても「前期の水準は越えよう」といういわば社内の約束事があるだけで、それにもかかわらず、毎年、きっちりと数字を確保している。
「個」を尊重し、若いうちから経営に参画できる仕組み
数字、数字で追い込まなくても、最終的に予算ベースをクリアできる。その秘訣はどこにあるのだろう。
同社には、社員の行動を規定するユニークな経営理念や決まり事、約束事がいくつもある。
経営理念は「Smile & Sexy」。「スマイル」は「笑い」、「セクシー」は「カッコよさ」ということであり、「自らを磨き自立した人間は、自ら意思決定できる」という考え方に基づく。2017年の新年の朝礼では「おせっかい元年」を宣言。物語コーポレーションを「日本一おせっかい好きな飲食大家族」と定義すると明言した。ここでいう「おせっかい」とは「あたたかいコミットメントであり、おもてなしやホスピタリティを超えたもの。相手のことを思いやって、あたたかい心で積極的に関わっていく行動様式」と位置付けている。飲食店は「お客を喜ばせる」という部分が抜け落ちると、どんなに立派な理論があってもうまくいかない、という考え方に通じるものがある。
同社では「『個』の尊厳を『組織』の尊厳の上に置くという考えのもと、一人ひとりを尊重する風土が根付いており、人種・国籍・年齢・性別関係なく、それぞれが闊達に意見を述べ、議論する文化がある。若いうちからさまざまな立場で経営に参画できることも、やりがいにつながっている」という。
同社の標準的な店舗は、3〜5名程度の社員を配置している。一般的なロードサイド型飲食店より規模が大きいということもあるが、社員(または同等の役割の人も含む)が3名以上いてはじめて、店長、副店長、新人、あるいは店長、副店長、新人2〜3名といった、階層構造が生まれ、現場におけるきめ細かなOJTが可能になるからだ。正社員が孤立しないという配慮も含まれているという。
物語コーポレーションでは、新卒者の場合、「1年経過後に主任、1年半で副店長、2年で店長」が標準モデルで、遅くとも3年で店長になってほしいと考えているそうだ。
同社を辞めざるをえなかった人に聞いたことだが、「プロフェッショナルを育てることに精通している」と同社の人材育成の仕組みに感心していたことを思い出す。
数を増やすのではなく、効率性を増す「減卓投資」とは?
FC事業についての考え方も、同社ならではのものがある。
同社のFC事業は、1998年に焼肉事業からスタートしたが、FC加盟企業になるための基本的条件が設けられている。
第一、スマイル&セクシーに代表される経営理念に賛同すること。
第二、店舗を増やしていくことが、人材が育つための前提であり、直接的にはFC社員に教育を行っていくことも求められる。
第三、徹底した情報開示は、FC本部も行うが、FC加盟企業にも求められる。さらにコミュニケーションに支障を来さないためのクイックレスポンスも必要になる。
日々の売上高、原価率、人件費、坪当たり売上高、席数当たり売上高、人時生産性、平日・週末別の売上高などすべてが、直営店、FC加盟店の区別なく、順位とともに開示される。そうすることで、店舗ごとの改善すべきポイントも明確になり、改善に向けた取り組みも進みやすい。
特徴的な動きが「減卓投資」だ。わざわざお金をかけて卓数・席数を減らす投資を行うことで、効率性が増すことによって経費の削減につながる一方、売上はほとんど落ちないか、場合によって上がることもあるといった、効果が確認できている。直営店から始めたものだが、すでにFC焼肉店2店舗でも実施されている。店舗の改善に関しては、優れたFC店舗に学んで、それを事業部全体の参考にしていくこともある。
FC加盟企業数に目標を設定することはない。増やすことを目標にすると、FC事業の考え方にも反するため、バランスをとりながらむしろ数を抑制している。
その結果が、直営290店舗、FC223店舗(2019年11月末)というバランスになっているのだろう。
実績の公表は、FCシステムが回っている証
同社ではFC加盟企業について詳細を明らかにすることはないが、加盟企業のほうから実績を公表することもある。
紳士服販売チェーン大手の青山商事は、「洋服の青山」の店舗敷地内の余剰地を有効活用するために、2011年に100%連結子会社としてglobを設立。物語コーポレーションのFCとして、「焼き肉きんぐ」(19年10月末時点35店舗)、「ゆず庵」(同、11店舗)を展開していることを明らかにしている。
決算説明資料においても、19年3月期の既存店実績は「前期比0.8%増」だったこと、20年3月期上期では「既存店の上期実績は0.8%増。下期は1.4%増を計画し、通期1.1%増を見込んでいること。好調な焼肉きんぐを主体に出店を拡大し、売上100億円をめざす」としている。そもそも、上場企業として、連結子会社のここまでの情報を開示する必要はないが、それだけ業績の進捗に手ごたえを感じているということだろう。
もちろん、この事例のみで断定はできない。しかし、物語コーポレーションのFCシステムが、「フランチャイザー(運営本部)」、「フランチャイジー(加盟店)」のいずれにおいても、うまく機能している証と言ってもさしつかえないだろう。
物語コーポレーションの2020年6月期は、売上高前期比12.6%増の663億円、営業利益は同28.8%増の50億円、経常利益は同8.8%増の51億円を見込み、15期連続増収増益を計画する。また、新・中期経営計画「ビジョン2025」においては、2025年6月期の連結売上高1000億円、FC店舗を含めたグループ店舗売上高1500億円、20期連続の増収増益を目標としている。