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実録!働かせ方改革(4)「退職強要」事件を教訓に、変われたメーカーのここがスゴい!

働き方改革が進み、残業時間削減や有休休暇促進、在宅勤務などに踏み込む会社が増えてきた。それにともない、働きやすい職場があらためて注目されている。本シリーズでは、部下の上手な教育を実施したりして働きがいのある職場をつくり、業績を改善する、“働かせ方改革”に成功しつつある具体的な事例を紹介する。
いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。諸事情あって特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に「ここがよかった」というポイントを取り上げ、解説を加えた。
今回は、中堅の自動車部品メーカーで起きた労働事件を紹介しよう。会社の対応は、なかなかできないはずだ。働き方改革が進み、労使関係が大きく変わろうとしているからこそ、ぜひ、参考にしていただきたい。

Photo by valentinrussanov


第4回の舞台:中堅の自動車部品メーカー

(正社員700人、非正規社員1200人)

 

自社の退職強要問題を封印せず、風土改革を断行した英断

 ここは、自治体の労政事務所。いわゆる出先機関で、職員たちの大半は労働経済局に籍を置く地方公務員だ。企業で起きた解雇や退職勧奨、パワハラ、いじめ、セクハラ、賃金未払いなどの事件について、労働者もしくは事業主(経営側)の申し出を受けて、解決に向けて調停、あっせんをする。

 たとえば、労働者から「辞めろと突然、上司から言われた」などと職員に申告があったとしよう。その際に、本人に代わって職員が会社の総務などに電話するなどして事情を確認する。その後、数回の面談をして解決の糸口を探る。

 最終的には「円満解決した」と言われることが多いが、これはあくまでも表向き。実際は、「金銭解決」が半数以上を占めると職員たちは私のヒアリングに答える。つまり、会社が一定の範囲で非を認め、基本給の数か月から半年分と退職金を本人に支払い、その代わりに退職するというものだ。形式上は、解雇ではなく、本人の意志で辞めたこと(依願退職)になるケースが多い。解雇では再就職に不利に働く場合がありうるからだという。

 1年半前、あるメーカーに勤務する30代前半の男性が「(上司である)副部長から退職を強く迫られた」として労政事務所へ駆け込んだ。職員から連絡を受けた総務部長は、担当役員と顧問弁護士に相談しつつも、パニック状態に陥った。結局、副部長の行為は「退職強要」(本人の意志に反して、強引に辞めさせようとすること。民法の損害賠償の請求対象行為で、不当な行為)であることを会社は認め、職員の立ち合いのもと、総務部長が本人に謝罪をした。

 本人は解決後に退職し、副部長は1年後に他部署へ異動した。この結末はよく見られるものだが、他の会社に比べて優れていたのが、一連の事件をいわゆる「封印」しなかったことである。総務の担当役員が「本人とは話し合いのうえ、金銭解決をした。副部長に落ち度があり、会社としてそれを認めた」と役員会や管理職会議で詳細に説明をした。さらには、年に2回実施する全社員が参加する集会や新入社員研修でも、一連の事件の顛末と教訓を繰り返し説いた。社内イントラネットにも、詳細にアナウンスをした。

 こういうケースは、私がヒアリングをしているとごく稀である。通常は、組織的にかん口令をしいて隠すものだ。社長や総務担当役員が一般職の頃、労働組合の熱心な役員であり、この類の問題には敏感に反応する傾向があったこと。さらに、現在も労働組合が盛んに活動をしていて、事件を放置しておくと社内に波及する恐れがあったことが噂も含め、ささやかれている。

社内に包み隠さず公表 公平、正義という価値観が醸成される

 その後、社内世論や雰囲気が大きく変わったとは聞かない。それでも、私は好感を持ってこの会社を見ている。「労働者に弱い会社」と突き放せるかもしれないが、今後の労使関係のあるべき姿の1つなのではないだろうか。この事例から私が導いた教訓を述べたい。

①ここがよかった
一定の範囲で非を認めた

 通常、会社を辞めるか否かは、社員が自らの意志で決めるものだ。会社として辞めさせるならば、退職を勧める「退職勧奨」をすることがまず必要。本人がそれを拒む場合、次のステップとして「解雇」になる。その場合、常識的には、解雇の種類(普通解雇、整理解雇、懲戒解雇がある)と理由、日付などを文書に記載のうえ、会社の印鑑を押して本人に渡すという流れとなる。

 つまり、社員を辞めさせるためには、法律の範囲できちんとした手続きを得て、社会常識を踏まえることが大前提になる。これらが1つでも欠けているならば、批判、非難を受けても仕方がないのではないだろうか。少なくとも、マトモな会社としては認められないだろう。労政事務所などの調停、あっせんを受けるのはある意味で当然であり、大いに反省すべきことだ。それでも、一定の範囲で非を認め、謝罪した点でこの企業の姿勢は評価できる。

②ここがよかった
社内に包み隠さず公表した

  社内に一連の事件を説明したことも大きい。これは、なかなかできることではない。役員会や管理職会議ならばともかく、社内のイントラネットにてアナウンスをする企業は極めて少ない。これが、社内に「公平」「正義」といった価値感を植え付けていく。この風土や文化があるからこそ、働き方改革も進んでいくのである。

 従来の労使関係を変えることなく、残業時間を減らしたり、在宅勤務を認めるぐらいでは結局はさほど変わらないだろう。問題の本質は、労使関係にあることを忘れないようにしたい。そこにメスを入れない限り、労働生産性なども上がらないのだから。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

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