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ポスト・コットンは「パイナップルの葉」? 沖縄発ベンチャーが挑む新天然繊維の可能性

沖縄県国頭郡大宜味村(くにがみぐんおおぎみそん)。沖縄本島の北部、名護市の北隣にあるこの小さな村で、静かにイノベーションの種が芽吹こうとしている。パイナップルを収穫した後に残る「葉っぱ」から新しい天然繊維を生み出す取り組みだ。バナナの茎も含め、未利用の農業資源を活用したフードリボン社製の天然繊維「FOOD REBORN FIBERは、天然繊維のグローバルスタンダードであるコットンに代替できるほどの大きなポテンシャルを秘めている。この新時代天然繊維プロジェクトの現在地と、これからの展望をキーパーソンに聞いた。

シルクの4分の1!「天然のマイクロファイバー」

フードリボン代表の宇田悦子氏

 5ミクロンという、シルクの4分の1に相当するマイクロファイバー並みの短繊維(1ミクロン=1000分の1ミリ)。なめらかで光沢があり、よじれのないストレートな繊維質。吸水性、撥水性にもすぐれ、最近のデータでは抗菌性の高さも証明されている。――こうして書き並べてみると“夢の繊維”のようだが、現実に存在する。原料は、なんとパイナップルの葉だ。

 パイナップルの葉やバナナの茎など、未利用の農業資源を活用した天然繊維「FOOD REBORN FIBER」。開発に取り組んでいるのは、沖縄県の大宜味村に本社を置くベンチャー企業「FOOD REBORN(フードリボン)」。収穫された農産物をできるだけ廃棄せず、最大限活用する食品加工事業に取り組んでいる。

 同社の取り組みの一つが、地元・大宜味村で収穫されたシークワーサーの果汁を100%使用したドリンクの販売。それだけでなく、果汁を絞った過程で生じる搾りかすも、果皮入りキャンディやエッセンシャルオイル、サプリメントなどへと社名どおり「REBORN(再生)」させる。自然の恵みを余すことなく価値ある製品に変え、廃棄量を減らす取り組みだ。

 このようなサステナビリティ事業を展開するフードリボンが、パイナップル葉繊維の取り組みに着手したのは、2018年。代表の宇田悦子氏が、大宜味村の隣にある東村の村長から声をかけられたのがきっかけだ。

 「うちの村で生産するパイナップルでも何かできないだろうか?」

 東村は、パイナップルの生産量で日本一を誇る「パイナップルの村」。果実を工場で缶詰やジュースに加工した後の残渣は、家畜の飼料やたい肥、バイオマスエネルギーの原料に活用していたが、収穫した後に大量に残る葉はほとんど活用されずに棄てられていた。

沖縄県国頭郡大宜味村のパイナップル農家

 「フィリピンではパイナップルの葉から繊維を取り出し、シルクと混紡して、高級な生地としてヨーロッパの王室に献上していた歴史があるという。それなら、この沖縄で採れたパイナップルの葉でも同じことができるのではないか、と考えた」

 それまで縁のあった専門家からアドバイスを得るため、段ボール箱いっぱいにパイナップルの葉を詰め郵送することから、宇田氏の繊維抽出への挑戦は始まった。

水で繊維を取り除く新技術を開発

水の高圧噴射で繊維を取り除くことができる機械を開発

 宇田氏がさらに調べを進めると、20年ほど前にはパイナップル繊維の開発に成功し、注目を集めていた時代もあった事実を知る。しかし、一般的に流通・活用できるレベルにはならず、一時期のブームで終わっていたこともわかった。

 というのも、当時の繊維抽出技術は手動の機械にパイナップルの葉をかけ、金属の刃でこそげ落としながら繊維を抽出するというもの。手間がかかるうえにピリング(けば立ち)が出る、染色したときに色ムラが生じる、強度が低いなど、品質にも問題があった。

 「品質を向上するには取り出した繊維に付着するリグニンの除去が必要であり、薬剤を使ったアルカリ処理はなるべくしたくないので酵素処理などいろいろ試してみたが、うまくいかなかった」

 2021年にはクラウドファンディングで資金調達し、新たな繊維抽出機械を開発。以前よりきれいに繊維を取り出すことには成功したものの、まだ手作業の工程が多く、生産性に課題を残した。

 その後も試行錯誤を繰り返す中で、フードリボンがたどり着いたのが、水の高圧噴射で繊維を取り除く技術だ。金属の刃も薬剤も使わないので、繊維を傷つけずに取り出せる。さらに、葉を機械に置くだけで連続的に繊維を取り出せるように工程を改良し、生産性も向上した。

 繊維抽出技術の開発だけでなく、宇田氏たちはこの機械を活用してパイナップル農家の所得向上につなげるビジネススキームを考案。機械を農家コミュニティに無償貸与し、農家が自ら現地で繊維化。フードリボンがその繊維を仕入れ、農家コミュニティに仕入れ代金を還元するというものだ。

 「大型の工場で集中的に処理する方法もあるが、葉の約6割は水分なので運搬にエネルギーもコストも余計にかかってしまう。そうではなく、農家コミュニティの中に生産拠点を分散させることで、生産効率を高めるとともに運搬コストを減らすことができる。さらに農家の所得向上も期待できる」

アパレル業界からも「援軍」が現れる

TSIホールディングス コーポレート本部 SDGs推進室長の山田耕平氏
 FOOD REBORN FIBERの実現にチャレンジする宇田氏に、アパレル業界から強力な「援軍」が現れる。1社は、アパレル大手のTSIホールディングス(東京都/下地毅社長)だ。

 持続可能な循環型社会の実現をファッション業界から発信する目的で2022年に発足した「天然繊維循環国際協会」の理事に、同社の元会長の三宅正彦氏(現・名誉顧問)が就任し、同じく副理事長に就任した宇田氏と知り合う。その縁で宇田氏の取り組みを知った同社コーポレート本部 SDGs推進室長の山田耕平氏は、次のように語る。

 「当社としても、メーカーの立場でただ生地を仕入れるだけでなく、新しい技術開発に主体的に取り組む必要性を感じていた。そのタイミングでフードリボンの取り組みを聞き、宇田さんが技術面の課題をクリアしていたこともあって、支援を決定した」

 もう1社が、大手繊維商社の豊島(愛知県/豊島半七社長)だ。同社ではCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を通じて、アパレル業界の課題解決に取り組むベンチャーなどに出資を行っている。「その一環でフードリボンの存在を知り、興味を持った」と、取締役営業企画室長の溝口量久氏は語る。

 「当社でも綿花を補完する天然繊維の確保は急務だと考え、さまざまな技術を見てきた。その中でフードリボンのFOOD REBORN FIBERは、世界的に見てもコットンに比肩するだけの量が確保できる素材であると可能性を感じた」

豊島 取締役営業企画室長の溝口量久氏

 溝口氏が話すように、このパイナップル葉、さらにバナナの茎も含めた未利用の農業資源から生まれる天然繊維の生産量は、全世界で3200万トンと推計される。あくまで理論値だが、コットンの生産量(約2600万トン)を超える生産量を確保できるのだ。

 一過性のファッションに終わらず、コットンに代替、あるいは補完できるだけのインパクトをFOOD REBORN FIBERはもたらしうる――TSIホールディングス、豊島の2社はこの点に意義を感じたという。その結果、20231月より、フードリボンは両社から資本提携を受けることになった。

グローバルサウスとの連携が量産化のカギ

繊維化にも携わる沖縄の農家

 新たな繊維抽出技術の確立に加え、大手企業との資本提携によって「ようやく、FOOD REBORN FIBERの量産化に向けたスタートラインに立てた」と宇田氏は語る。目下、繊維抽出の機械を携え、台湾、インドネシア、タイ、フィリピンなどの各国の要人にプレゼンテーションをしているところだ。

 「現地での反応はとてもよい」と宇田氏は手ごたえを口にする。台湾はもともと日本と友好関係にあり、さらに沖縄のパイナップルは台湾から伝来したという縁もある。機能性繊維における高い技術力もプラス要素だ。

 インドネシアは、世界第4位の人口ボリュームがあり、「伝統衣装の『バティック』を自国のパイナップル葉由来の天然繊維で作れれば一大産業になる」と政府関係者も関心を示しているという。

 量産化に向けて、上々のスタートを切ったフードリボンのFOOD REBORN FIBERのチャレンジ。TSIホールディングス、豊島の両社も、志をともにするパートナーとして意気込みを語る。

 「まずは、早く目に見える形にしていきたい。また、単なるコットンの代替品という位置づけで市場に出すのではなく、トレーサビリティや農家の所得向上などのストーリーも付加価値として、消費者の共感が得られるような打ち出し方をしていきたい」(山田氏)

 「これまでのサステナビリティ製品のような高級ラインではなく、コットンに補完できる商材の一つとして、世の中に広く普及させていくことが大事。はじめはコットンなどと混紡し、量産化しながら、現実的な価格を実現できるようにしていきたい」(溝口氏)

 宇田氏も「このFOOD REBORN FIBERを、社会変革をする素材として着実に広げていきたい」と前を見据える。

パイナップル繊維

 「いくら農家の所得向上やトレーサビリティをうたっても、少量しか流通しないのでは社会変革といえるほどのインパクトにはならない。当面のマイルストーンとしては、コットンの5%分を目指したい。5%とはいえ大きな数字だが、これから沖縄をハブにして、グローバルサウスとの連携を広げていけば、達成は可能だと信じている」