メニュー

第8回 部長と課長の「無責任な板挟み」に潰された一般社員

このシリーズは、部下を育成していると信じ込みながら、結局、潰してしまう上司を具体的な事例をもとに紹介する。いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に、「こうすれば解決できた」という教訓も取り上げた。今回は、極端に仲が悪く、無責任極まりない部長と課長が30代の男性社員を破滅に追いやるケースを取り上げた。

 

第8回の舞台:飲料水メーカー

飲料水メーカー(社員数210人)。創業40年前後で、業績は10年近くにわたり、横ばい状態。

 

部長と課長が犬猿の仲 板挟みになった結果……

 開発部の男性社員・吉永(33歳)からメールが届いた。

 「お世話になりました。今月末で退職します。疲れました。いろいろとありがとうございました」

 営業課長の野田(41歳)は、返信をしなかった。いや、できなかった。ここ数年間、吉永から相談を受けた内容を思い起こしたからだ。

 吉永は、直属上司である女性課長の平間(51歳)とその直属の上司である男性部長の黒沼(48歳)との間で苦しみぬいた。吉永が平間に報告をすると、黒沼が怪訝そうになる。そして、「俺に報告をしないとだめだろう!?」と叱る。吉永はふてくさる。黒沼が畳みかける。「君ねぇ、そんな態度をするのは幼稚じゃないか… 失礼だよ」。パソコンに向かう平間は、素知らぬ顔だ。

 このような場合、まずは、吉永が課長である平間に報告する。平間は必要があれば、黒沼に伝える。黒沼がそのことについて報告を求めるならば、平間に聞かないといけない。日本企業でも一般的なヒエラルキー型組織の場合、一般職→課長→部長というヒエラルキーに従うことで指揮命令系統が明確化される。

 ところが、2人は社内でも有名な犬猿の仲。仕事をめぐり、深い会話はまずしない。挨拶すらしない日もある。平間は、年下の上司の黒沼を決して認めようとしない。そのことに面と向かって平間に言えない黒沼は、部内でたったひとりの男性社員で、しかも中堅の吉永に言う。表向きは、「君に期待しているからだ…」と繰り返す。実は、良いように利用しているだけだ。

 部員は6人で、ほかは20代の女性たちだ。黒沼は、平間を警戒している。女性社員30∼40人を束ねるボスであるからだ。「徒党を組まれると、俺は困る」「女性たちから反感を買われ、社内で孤立する」と平間がいないところでぼやく。平間は20∼40代前半までは労働組合の闘志で、役員を歴任してきた。特に「女性差別」には敏感だ。男性には、強力なライバル意識を持っており、時折見境がなくなるほどだ。20代の女性たちの中には冷めた目で平間を見るものもいるが、決して彼女に逆らえない。

 吉永は、平間と黒沼の2人に報告をしていた。双方の自席の間は、約5メートル。毎回、その間を行ったり来たりと往復する。2人に判断を仰ぐと、指示はまったく違う。平間の指示に従い、処理すると、黒沼は「このような指示はしていない!勝手に動かないでよ~~」と小ばかにしながら、叱る。

 こんなペースで1日に数回、繰り返されると、仕事が異様に増えていく。1時間で終えるべきものが、3∼4時間に及ぶ。残業は部内で最も多く、月に平均70時間近い。総務部長から「吉永君はなぜ、こんな多いの?」と聞かれると、黒沼は「彼は、まだ力量が低い」と説明する。それが、やがて吉永の耳に入る。総務部内でも、「仕事の要領や段取りが悪い」とささやかれる。そして、社内にその噂が広まる。

 吉永は、同じ大学出身である野田に愚痴をこぼし続けた。

 「あの2人の間にいると、気がおかしくなる…」

 野田は、精神的に疲れ切って朦朧とする吉永の表情を思い起こしていた。

次のページは
こうすればよかった!解決策

指揮命令系統を守り、時には上司が部下を配置換えすることも必要

 吉永は、無責任な管理職たちの犠牲になったとも言えよう。新天地での活躍を祈りたい。私は、次のような教訓を導いた。

こうすればよかった①
部長は、言うことを聞かない課長を他部署へ出すべきだった

 部長の黒沼は迷うまでもなく、課長・平間を異動させるべきだった。俗に言う「追い出し」である。どちらも無責任ではあるが、職位は黒沼が上である。平間の思いもわからないでもないが、やはり、課長は部長に従うべきだった。それをいつまでもしようとしないならば、とりあえずは他部署へ移らせるしかないだろう。

 ところが、黒沼はビビり、ひるんでしまい、言いやすい吉永に文句を言うことしか言えなかった。ここが、諸悪の原因ではないか。部長とは何ぞや、という意識がまるでなかったのだ。

こうすればよかった②
指揮命令系統を破たんさせてはいけない

 2人が壊したのは、部下だけではない。会社の生命線とも言える指揮命令系統もである。会社が会社であるのは、ヒエラルキーがあるからだ。本来は、社長や役員は、その根幹を成す生命線が破壊された事態を深刻に受け止め、双方に何らかのペナルティを与えるべきだったのではないか。そうしないと、組織が成立しないだろう。しかし、お咎めは何らない。ここに、この会社が伸び悩む一因があるように見える。厳しさがまるでないのだ。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

当連載の過去記事はこちら