日本の空の玄関口・羽田空港。新型コロナウイルス禍で大幅に減少した旅客数も少しずつ回復し、活気が戻りつつある。加えて、近年では空港としての利用にとどまらず、ショッピングやアートイベントなどを楽しめるカルチャースポットとして進化しつつある。羽田空港の旅客ターミナルの建設、管理・運営を担う日本空港ビルデングが2018年に創設したシンクタンク 羽田未来総合研究所(未来総研)が、その仕掛け人だ。
その未来総研を率いるのが、三越伊勢丹から日本空港ビルデングに転じた大西洋氏。コロナ禍での取り組みや、これからのHANEDAが目指すビジョンについて聞いた。
「飛行機に乗らなくても、わざわざ来てくれるスポット」へ
約1668億円――日本空港ビルグループが管理する羽田空港ターミナル(第1~第3)の、物販販売・飲食の合計額(2020年3月連結決算)だ。
この売上規模は日本のショッピングセンターとしては最大級、百貨店と比べても売上で5本の指に入る巨艦店なのである。
大西洋氏は2018年に日本空港ビルデングの副社長に就任。以来、世界中から人々が訪れる羽田空港の持つポテンシャルを活かした魅力創出・発信に力を入れてきた。その中心的な役割を担っているのが、大西氏が社長を務めるシンクタンク 未来総研だ。
2020年3月29日、第2ターミナルに増設した国際線がオープンしたものの、新型コロナウイルスの感染拡大を受けすぐに閉鎖されてしまった。しかし、その広大なスペースに着目し、これまでドラマ、ビデオクリップ、YouTube動画などの撮影が行われ、それらを誘致してきた。
TOKYO CREATIVE SALON 2023に初参加!
日本空港ビルデングのグループ会社である未来総研は、地方創生やアート、ファッション、デザインなどを通して、羽田空港に新しい価値を創造している。目指すのは「飛行機に乗らなくても、わざわざ来ていただけるスポット」へと羽田空港をアップデートすることだ。
そのために、未来総研では、コロナ禍が落ち着きを見せた2022年頃からさまざまなアート・ファッションのイベントを矢継ぎ早に企画・誘致している。
2022年2月、アンディ・ウォーホルなど国内外の有名作品が出品された保税アートオークションを日本で初めて開催。同年12月には韓国の世界的アイドルグループ・BTSなどKポップを代表するアーティストたちの写真・映像展「D’FESTA TOKYO II」を開催した。
2023年3月に開催された東京のファッション & デザインの祭典「TOKYO CREATIVE SALON (東京クリエイティブサロン)」では、銀座、渋谷、原宿など東京の主要会場の一つに「羽田」が新たに加わった。
「海外からの旅行客が最初に訪れる場所が、この羽田空港。その立地ポテンシャルを活かし、従来の空港にはない企画を打ち出すことで、東京のアミューズメントスポットの一つとしても認知してもらえるようその価値向上に取り組んでいる」
インバウンド消費のカギを握る地方創生
未来総研では、空港内のみならず外部へのコンサルティングも展開している。EC展開事業の受託や、全国の地方自治体と提携した物産のブランディング、地方の魅力を紹介する店舗なども手がけている。
2022年12月には、鹿児島県と包括連携協定を締結。県産品のPRや販路拡大に向けた取り組みの一例として、同県内の原生林で育てた日本ミツバチのハチミツをプロデュースした。希少品種ゆえに120グラムで1万円と高価だが、5つ星ホテル(※フォーブス・トラベルガイドより)でも展開されている。
国内線が発着するターミナルとしての機能を活かし、「ここでしか買えない全国各地の物産が集う場所にしていきたい」と大西氏は意気込む。
「コロナ前には最高で約4.8兆円のインバウンド消費があった。各地方の厳選したものを、日本を訪れる世界中の方々に紹介することで、約4.8兆円を10兆、20兆にするのも不可能ではない。輸出産業を育てるミッションがあると感じている。私たちが地方創生に取り組んでいるのにはそういった理由がある」
(※次ページからは大西氏へのインタビューをお届けする)
CRMのカギを握るのはEC事業
――MDやマーケティングを担う部署も新設したとのことですが、目下、どのように政策を進めていますか。
大西 その前に、前提として各種の政策を推進するうえで必要な顧客データが不足している、という大きな問題課題があります。羽田空港の搭乗券の情報は各航空会社が保有しており、個人情報保護の観点からその情報を共有できないためです。
8500万人分の旅客者の情報がリテール活用できないのは非常に手痛いところです。しかし、できないことを嘆いても仕方がない。当社でできる限りのCRM(顧客関係管理)は進めていく必要があります。
――ECサイト「HANEDA shopping」などの直営事業は、顧客情報を集約する貴重なチャネルですね。
大西 おっしゃるとおりです。しかし、現状のEC化率は売上全体の1%弱なので、今後の大きな事業の柱に育てていきたいです。5%~10%を1年でも早く達成することで世の中のトレンドに追いついていきたいと思います。
価格に「ウィル」を込めるのが小売の基本
――2023年はどんな一年になるとみていますか。
大西 コロナ前は、インバウンドの来日観光客が約3千万人いて、その経済効果は 約4.8兆円ありました。
しかし、これから3千万人まで回復するかというと、それは難しいとみています。観光客の4割、約1千万人を占めていたのは中国人ですが、2022年には中国・海南島に広大な免税店がオープンしていますし。
ただ、観光客一人当たりの経済効果が15万円だとすると、それを30万円にすることは可能だと思います。一泊200万円も300万円もする外資系の高級ホテルも満室と聞いています。富裕層に対してどうアプローチするかが、インバウンド回復のポイントになりますね。
――今の日本の小売業全体についての所感はありますか。
大西 昨今の円安や原材料価格の高騰を受け、「コストが価格に転嫁され物価が上がった」という論調がメディアで報道されています。しかし、私は「価格転嫁」という言葉自体に違和感を持っています。
未来総研の地方創生プロジェクトの一環で、鹿児島の日本ミツバチのハチミツを120グラム1万円で販売していますが、これまでに2022年度分の在庫が完売しました。そうそうたる料理人やパティシエもそろって「今まで食べたことがない」と絶賛してくれました。「原価の価格転嫁」の発想では、1万円という価格は付けられません。
「いいものを、ちゃんとした価格で売る」。前職からずっと言い続けてきたことです。いかに価格に「ウィル(意志)」を込めるか。これが小売業にとって最も大事なことではないでしょうか。