5回連続で、部下を次々と潰す上司を具体的な事例をもとに紹介したい。いずれも、私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で、クライアントである小売業や外食、サービス企業で見聞きしたものである。取引先の会社であるので、特定できないように一部を加工した。事例の後に、そこから導くことができる教訓を取り上げた。今回は健康飲料水店を営む夫婦が、アルバイトの主婦たちを次々と潰していく様子を紹介したい。私が20年ほど前から時折、行く店でもある。
第3回の舞台:健康飲料水店
都内の健康飲料水店。店舗数は1。70代半ばの夫婦が経営し、アルバイトは約5人。
お客の前でアルバイトの悪口
ここは、首都圏の私鉄沿線の駅。徒歩5分のところに、健康飲料水を製造販売する店がある。20年ほど前に大手メーカーで技師をしていた男性が50代半ばで退職し、妻の力を借りてオープンした。北陸や東北の農家と提携し、農作物を購入し、店内で高価なミキサーを使い、健康ジュースをつくる。
開店時からコップ1杯450~500円で、1日平均70人のお客さんが立ち寄る。ほぼ年中無休。売上は、店主である男性いわく「(売上と経費が)トントン」だという。それでも、2人の息子を私立大学に入学させたり、都内の自宅の大規模な増改築をしたりした。
店は、アルバイトの店員の出入りが激しい。ほぼ全員が、20~40代の主婦である。店主は「1年で平均15人が入り、10人が数か月~半年で辞めていく」と淡々と語る。
「アルバイトの勤務は週平均2∼3日で、1日2∼5時間。勤務シフトは、本人たちの希望を最大限尊重しているんだけどね…」
店主はボヤキながらも、妻については触れない。妻は愛想がよく、お客さんから人気がある。一方で、アルバイトである主婦には厳しい。お客さんの前で、独り言のようにつぶやく。
「あの人はお嬢様タイプだけど、時間にルーズ。やんなっちゃう…」
「彼女はねぇ、〇〇大学を卒業しているんだけど、計算ができないの。いつも、レジ打ちを間違えてばかり」
「きれいだけど、いい加減な人なのよ」
これが早いうちに、本人の耳に入る。そして、静かに辞めていく。先日、背中が丸くなってきた妻が話していた。
「今度は、どんな人がアルバイトで来てくれるんだろうね…」
夫は、無言でミキサーからジュースをコップに注いでいた。
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今回の問題点と解決策!
従業員を店のコミュニティに入れれば解決できる
小さな店では従業員の出入りは激しいもの、と言えばそれまでかもしれないが、この事例は会社員にとっても参考になるのではないだろうか。私は、次のような教訓を導いた。
こうすればよかった①
職場での「言葉」には細心の注意を
夫婦は、人を雇うことの自覚に欠しいという批判は免れえないだろう。小さな店であれ、本格的な大企業であれ、職場で口にした言葉はどこかのタイミングで本人の耳に入る可能性がある。特に管理職はそこまで念頭に置いて話すべきだろう。逆に言えば、部下を機会あるごとに「いい仕事をしている」「ひたむきだ」などと持ち上げておくと、本人がそれを知るときがやがてくる。おそらく、上司には好印象を持つのではないか。この積み重ねで、部下の心を掌握できうる。今回は、それとは真逆なのだ。
こうすればよかった②
コミュニティーに部下を入れる
なぜ、妻はアルバイトのことを次々と語ってしまうのか。おそらく、お客さんたちの間には、独特のコミュニティーがあるはずなのだ。つまりは、店舗内で連日、井戸端会議を行い、その話題の1つにアルバイトの「仕事ぶり」がある。この会議を無くしてしまうと、お客さんは少なくなる。売り上げにも影響があるはずだ。
会社でもこれに似た構図はないだろうか。独特のコミュニティーがあるがゆえに、その部署が成り立ち、業務がスムーズに進む。このようなときは、新参者のアルバイトはなじめない。だから、定着率は低い。次々と辞めていくから、特定の人、この事例では夫婦に仕事やそれに付随する情報が集中する。夫婦はある意味で「ハブ」のような存在となり、コミュニティーを一段と強化し、毎日の井戸端会議を盛り上げる。そこにアルバイトはもう、入れない。ここにも、気がつかないうちに部下を潰す構図がある。
コミュニティーを破壊することは不可能であろうし、それは事業の「死」を意味する。ならば、発想を変えて、可能な限り、その輪の中にアルバイトを入れるように試みたい。全員は無理だろうが、1∼2人でも入るようになれば、夫婦も仕事の負担が減るのでないだろうか。
神南文弥 (じんなん ぶんや)
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。