ドイツ・ミュンヘンにて来年開催されるパンの世界大会「ibaカップ」の日本代表に選ばれたパン職人が、茨城県水戸市内に革新的なベーカリー店をオープンした。マーケットインではなくプロダクトアウトの発想で、消費者が食べたことのないパンを追求する攻めの姿勢が人気につながっている。
今までにない価値を提供するパン屋
ibaカップ日本代表の栗原淳平氏が今年6月にオープンした「La Maison du Pain KURIHARA(ラ・メゾン・デュ・パン・クリハラ)」(以下、パン・クリハラ)は、カフェスペース約20席を併設したベーカリー店だ。栗原氏が出店したベーカリー店としては3号店となる。
1号店は、2011年にひたちなか市内にオープンした「パン工房ぐるぐる」。同店で販売する「奥久慈卵のとろ~りクリームパン」が2016年にテレビで紹介されると、1日3400個も売れる人気商品となり、またたく間に人気ベーカリー店となった。
パン・クリハラは、パン工房ぐるぐるとは異なる価値を提供したい思いで、あえてブランドを分けたのだと栗原氏は説明する。
「パン工房ぐるぐるは、老若男女に愛されるパン屋をめざして“お客さまが想像する味のワンランク上のパン”を提供するお店。一方、パン・クリハラでは、お客さまの想像を超えるようなパン、たとえば栄養価が高いパンや減塩のパンなど、普通のベーカリー店ではできないパンの提供をめざしています」(栗原氏)
栗原氏は続ける。「パン工房ぐるぐるの商品開発の考え方が『マーケットイン』であるのに対し、パン・クリハラは『プロダクトアウト』。今までにない価値を持った商品を提供して、その価値がお客さまに浸透していけば、5~10年後には業界の先頭を走る店になっているかもしれません。そうしたブランディングを実現するために、パン・クリハラを開業しました」
「発酵×熟成」と「茨城×世界」
栗原氏によればパン・クリハラのコンセプトには、「発酵×熟成」と「茨城×世界」という2つのテーマがあるのだという。
「小麦は茨城県産を使用し、その大部分を農家である弟から仕入れて、ドイツ製の製粉機で挽いています。ミキサーでパン生地をこねると香りが飛んでいくので、余計な負荷をかけない手ごねにこだわっているのもポイントです。そうしてできた生地を20時間かけて発酵することで、素材の旨味を引き出しています」(栗原氏)
そのほかパン・クリハラでは、香りのいい挽き立ての小麦からバゲットやマフィン、なめらかな味わいで知られるフランス・イズニー社の「AOPバター」を組み合わせたクロワッサンも作っている。「挽き立ての小麦を使った店は珍しく、ほとんどの方が食べたことがない味わいだと思います」と栗原氏は自信を見せる。
そのほかの素材では、ベーコンやハムは茨城県産の豚のなかでもとくに質のよいものを厳選している。仕入れ価格は、食品スーパーで売っているグレードの高いベーコンのおおよそ倍だという。
取り扱う素材について栗原氏は「約5kgの豚バラ肉を2、3週間タレに漬け込んでからスモークをかけています。スライスすると香りが飛んでいくので、できるだけブロックの状態で保管して、使うぶんだけカットして使用しています。あとはチーズもすべてナチュラルチーズなので、お客さまには香りの違いに驚いてもらっていますね」と述べる。
マーケットにない商品の生み出し方
「私にとって大切なのは、この茨城県内でベーカリーを営むことです。地元の素材を仕入れて、地元にお金を落とし、地元の経済を回す。店舗の建設においても、使用しているのは地元産の建材です。地域活性化に貢献することで応援をいただき、地域とともに歩むことでお店は地域に浸透していきます」(栗原氏)
商品開発にあたっても、“農業大国・茨城県の特産品のおいしさを届けられるパン”を追求することで、結果的にマーケットにない商品を生み出すことができているという。栗原氏は、
「素材と素材を合わせておいしくなるパンにこそ価値があるというのが私の考えで、別々に食べたほうがおいしいと感じる素材を使うことはありません。繊細な素材の味を生かすためのパン生地とは何かを考えることが私のパンづくりのベースとなっています」と語る。
パン・クリハラのパンが塩分控えめな理由も、素材を生かすためだと栗原氏は説明する。
「ダシが十分に取れている味噌汁は塩分が少なくてもおいしいですよね。同じように、パンも塩分控えめのほうが素材の味を生かせます。看板商品の1つである食パンは砂糖を使っていません。とにかく無駄なものを削ぎ落とすことで、素材を十分に生かした新しい価値のあるパンができあがるんです」
インストアベーカリーに伸びしろあり
さて、食品スーパーのインストアベーカリーは、絶大な集客力効果を発揮する一方で、部門単体では赤字になる場合が多く、ロスリーダー的な役割を担っている一面もある。そうした食品スーパーのインストアベーカリーの現状について栗原氏は、
「冷凍技術の発達によって、最近は冷凍生地でつくったパンもだいぶおいしくなったと感じています。やり方によってはもっとレベルを上げることは可能でしょう」と話す。
「業界では最近、イタリア・ミラノの銘菓『パネットーネ』がトレンドになりそうな兆候があります。ただ、本来は自家培養酵母でつくられ、時間が経つにつれて味わい深くなるパネットーネですが、簡易的につくるために市販のパン酵母を用いてしまうとパサパサし、あまりおいしくありません。それらをきちんとつくりきるには高い技術力が必要ですが、ぜひ挑戦していただきたいですね」(栗原氏)