これまで数回にわたってアパレル企業の最新決算をもとにした企業分析をおこなってきた。今回は再三再四、私の論考に登場するTOKYO BASEである。同社の戦略と財務を照らし合わせて、同社が規模が小さくとも、多くのアパレルが実行できない「日本でブランドを醸成して世界で稼ぐ」ことができているのか、詳しく見ていきたい。
交差比率さえ古い!アパレルの企業分析に、「一般論」は通用しない
アパレルの企業分析に、一般論は通用しない。例えば、すでにリテール企業の定番ともいえる交差比率でさえ、トレンド・ターンオーバー、プロダクト・ターンオーバー、キャッシュ・ターンオーバーがバラバラに動きだしている今、この指標は旧式化していることは述べた通りだ。
さらに、最近では、「GMROI 」 (商品投下資本粗利益率) を主要KPIに取り入れるべきだという論調もあるが、
さらに、そもそも、99%以上が非上場企業のアパレル企業にルールも何もあったものではないため、ライトオフルールは企業によってバラバラで、上場企業でも「儲かったら大催事で一括償却」という荒療治をしている企業を私はいくつも知っている。さらに、管理を厳密にしている企業でさえ、一定期間経った在庫は評価減をするため、売価だけでなく、在庫簿価そのものも変動することは常識だ。要は教科書通りの指標で「どれが使えるか」と探しても、蛇の道は蛇だというわけだ。指標というのは、その指標が大事なのではなく、その指標の持つ意味合いを理解し、特定の産業に当てはめたときにどうなるかということを理解すべきなのである。KPIに唯一解はない。KPIとは、その組織が持つ事業戦略と高い相関性を持っており、例えば小売企業とSPA、百貨店とECなどまるで違うのだ。
エリアポートフォリオで成長する
TOKYO BASEの戦略
さて、本連載で私はこの3年、「答えを探すな、答えにしてしまえ」と説いてきた。アパレルの企業分析をする場合、ドリルダウン法により、大づかみでその企業のフラッシュデータをつかみ、異常値、あるいは、経年で気になる箇所を細かくドリルダウンしながら、その実態を掴むというのがアパレルの、というより「分析」の基本である。最悪なのは、ただ数字を羅列だけし、その時々に仮説を出さず「細かく見ないと分からない」と、いきなり子細詳細に入るやり方だ。これは、単に有報(有価証券報告書)に書いてある数字を「コピペ」しているだけで、何の価値もない。
本稿では、まず、大きくTOKYO BASEとは何者で、どのような実態なのかを解説しよう。
まず、同社の決算説明資料を見てみよう。売上だけを見てみると、20年度(21年2月期)はコロナの影響もあり、売上は落ちているも、19年度→21年度はグロスで約150億円から一気に約180億円と、堅調な売上成長をしている(ように見える)が、その内訳を見てみると国内市場は横ばい。同社の成長のキー・ドライバー(重要な値)は、21年度の中国売上だ。ロックダウン下にも関わらず、7億円から、一年で一気に27億円に成長している。一方、私が「レッドオーシャンと化している市場」と定義している日本では、無敵のTOKYO BASEでも19年度、20年度はともに150億円となっており、販管費、原価などはエリア別に提示されていないものの、営業利益を見れば21年度の中国市場は1億4000万円の黒字を確保し営業利益率を5.4%に押し上げている。この構造は、複数のエリアを持ちながら「エリア・
販管費40%台はグローバル競争への仲間入りチケット
さらに、私は国内アパレルSPA企業(TOKYO BASEは約半分がセレクト業態であるが)、を比較したとき、「売上高販管費率50%台では話にならない、世界企業と伍して戦うためには40%台、無敵のユニクロ国内事業は驚愕の30%であることを別の論考で説明した。この分析は、あちこちから大きな反響を頂き、競合であるグローバル・コンサルファームからも「
販管費が多い=リストラは
頭が硬直化している証拠
「販管費比率が多い」から「人をリストラしなければならない」という化石化した発想をしたがる人が多い。私の教えているスクールでも、経営分析をやるが「販管費」までたどり着いた人は多いものの、直ぐに「リストラせよ」と解決案をだし、それでは、その販管費は何に使っているのかまで調べた人間はいなかった。従業員の立場から言わせてもらえば、「感覚経営」でクビを切られてはたまったものではない。
例えば、21年度 TOKYO BASEの販管費の内訳はこのようになっている。
真っ先に上がるのは、「地代家賃」で、21億円もある(20年度は17.3億円)。この「地代家賃」は、下にある「減価償却費」、新規出店に伴う店舗改装費などとシステム開発費とセットで考える必要があるが、ここは一足飛びにコストダウンすればよいというものではない。店舗は利益を生み出す源泉で、最低でも貢献利益ベースでプラスであれば、企業前提の固定費を減らす役割を果たすし、営業利益でプラスであればいくらコストがかかろうが、
今、分析・改善すべきは、
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アローズやSnidelがZARAの半分しか店舗がない必然
ブランドビジネスの本質とは
売上800億円を突破しているのではないかといわれているマッシュスタイルホールディングスの基幹ブランド「Snidel」、ユナイテッドアローズが展開する「United Arrows」の店舗は日本に約40店舗しかないという事実をご存じだろうか。ZARAの店舗が70店舗程度なので、極論をいえば人気ブランドSnidelやUA (United Arrows)は、ZARAの半数強しかない。おそらく、逆のイメージをもっていた方も多いかと思うが、「ブランドビジネス」というのは希少性が重要で、百貨店アパレルのように数千店舗などというのは多すぎで、在庫効率の悪化を招くだけだ。また、
出店は両刃の剣である。出せば売上は上がるが、ある臨界点を過ぎると、それ以上にコストもかかる。さらに、その売場が営業利益ベースで収益を生み出さない場合、店舗閉鎖をして縮小均衡施策に出た方が企業収益は上がることもあ
売上と聞けば日本の最南端でも出店し、いざ換金となればブランド毀損より換金率を優先すればブランドは育たない。日本のブランドが海外ブランドに勝てない明確な理由はここにあり
その点、TOKYO BASEの出店は、谷正人CEO自らが説明しているように、「日本では、東京、大阪、名古屋の三大都市を中心に、そして、中国ではいたずらに二級都市*に出店しない」というのも、同社の出店戦略の一つである。
*あるいは二線都市。中国では 一級都市に分類される北京、上海、深セン、広州の四大都市から、新一級都市<あるいは1.5級都市>、二級、三級、四級都市と人口や経済により階層化している
TOKYO BASEの21年度の国内EC化率は35%(国内EC売上50.25億円、国内店舗売上高93.67億円、決算説明資料より)、マッシュスタイルホールディングスは30%*(21年度2月 fashion snapより)と他のアパレル企業を圧倒的に引き離している。ここからも「店舗とはかくあるべし」という明確な輪郭とブランド力の関係性について正しい理解をしているものと思われる。ついでにいえば、Snidelは、ファッションビルやショッピングセンターにもあれば百貨店にもある。今時、「百貨店アパレル」などというセグメントはないと思った方が良く、どこが最もブランド力を維持できるかという視座から店舗を選んでいることが、両社に共通のユニークネスなのである。
KPIは結果指標!目的にあるべからず
最近、「いかなるKPIが妥当か?」という質問をよく耳にする。しかし、ひそひそ話で現場や取引先の商社などに聞くと、「KPIより前に売れるものを作れ。企画力が弱すぎるし時代に合っていないんだ」という声が圧倒的なのだ。私は、コンサルタントという立場上、こうしたVOC (Voice of customer 顧客の声:企業組織内部顧客にも使う)を、最近すぐに口に出してしまい、時に経営者の反感を頂くことも増えてきたが、私の中には将来から逆算した今、クライアントが何をすべきか、というコンサルタント固有の思考である、積み上げ式でない、積み崩し式思考でものごとを考える癖がついた。そして、先日お話ししたような世界の潮流の現場に入るほど、もはや時間が無いどころかタイムアウト。奇跡を狙うのなら、今すぐ実行して欲しいという焦りもあり、少々気が短くなってきたようだ。
「服とは我々にとっていかなるものか」
ファーストリテイリングは、こうした禅問答のような質問からライフウエアという自らの立ち位置を明確化させたようだ。もちろん、世界経済の停滞や日本という国の貧困化、SDGsによる地球温暖化などベーシックで質が良くコスパが高い商品を長く着る、ということになるとユニクロ一択になるのはわかる。しかし、同時に、売上で170億円しかないTOKYO BASEがプライム市場(4月以前の一部上場企業に相当)にあり、この規模で積極果敢に海外に出ているのは、ユニクロにはないTokyo contemporary mode とよばれる、世界で唯一のスタイル、そして、Made in Japanという(単なる日本製ありきではない)ものづくりを差別化の真ん中に置いているからだ。流石の私も、TOKYO BASEの服はモードすぎて着られないなと思っていたところ、THE TOKYO という、50歳までをターゲットにした服が出たと聞いて、早速大枚をはたいて物色しに行った。
なるほど、間違いなく差別化が難しいと言われるファッションビジネスで、このTOKYO BASEは確固たる世界観を持っており、それが海外でも高い評価をされているのだということがよくわかった。私は、今一度、日本の全てのアパレル企業に、「みなさんにとって服とは何か」という問いを投げかけ、自らのDon’t (絶対やってはならないこと)を決めてもらいたい。KPIとは、そうした市場からの引きがあってはじめてパフォーマンスを測定できるツールなのであり、私の専門であるデジタル戦略もまたしかりだ。
- 販管費比率が売上比で40%
台に生産性向上とデジタル化を効果的に活用すること - 日本だけでなく、
世界からマネタイズする複数の財布を持っていること - EC化率が既に30%を超え、店舗は「売場」
から次のステージへ再定義されていること
プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/