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クルマよりカバンを売る方が儲かる世の中で、ESG経営が行き詰まる明快な理由

2月21日付の『日経MJ』で、アパレル業界の競争軸にサステナビリティが浸透してきたと報じられ、業界専門紙である『繊研新聞』の2021年12月13日調査報告では、ファッション企業の97%が環境・社会に配慮した商品を販売し、70%の企業は、サステナブルコットンの導入を検討していることがわかった。しかし、メディアの報道とは裏腹に現場の声は冷ややかだ。要約すると「そんなものはマーケットではなんの競争力を持たない。むしろ、しっかりやれば管理コストがあがり収益を圧迫するだけでなく、サプライチェーンの柔軟性も奪われる」というものになる。
今日は、誰もが信じて疑わない「サステナブルファッション」と「ESG経営」のリアルを通し、あえてみなさんに「悪魔の提唱」(ディベートの手法。あえてマスで浸透している認識に反論を呈し、より本質に近づく手法)を投げかけたい。

metamorworks/istock

 

世の中はサステナ一色、しかし、早晩行き詰まる

最初に断っておくが、私は2015年国連で採択されたSDGsに異を唱える立場ではない。

しかし、職業柄か物事の本質から必然性を語らない、あやまった出発地点から考える、いや、考えもしないhow to論だけが流布する現代の潮流に対し「考え方のプロセス」が存在しない、キャッチコピーが流行っているだけで、どのような付加価値が創造されるかという本質論が置いてきぼりにされる状況に異を唱える立場だ。

大前提として考えて頂きたいことは、私たちは基本的にキャピタリズム(資本主義)の世界で経済を回しているが、そもそも論として、地球環境にとって最も優しいことは、これ以上必要以上の利便性や合理化を求める経済活動を止め「経済成長」に変わる、新たな競争に代わる共創・共走の軸を見いだすことである。これ以上自由に資本主義を謳歌すれば、地球はわれわれが生活できない環境になってしまうことは、昨年824日の論考(https://diamond-rm.net/management/91444/)に具体的被害事例などを提示した。環境との共生を優先すべきであり、そのための「ルール」を設定するのが最も重要なことであるというのが私の考えだ。

さて私は、この論考を書くために多くの書籍に目を通した。しかし、なぜか「サステナビリティ」の成功事例の話になると、例外なくプラダ、グッチ、アディダスなどスーパーブランドか、欧州ブランドの事例ばかりが紹介され、主たる消費者も富裕層ばかりだ。競争環境も文化も全く違うエリアの、そして、また企業側のコスト構造(ビジネスモデル)も全く違う状況で、ほとんどの日本アパレル企業にとって参考にならないものばかりである。

ちなみに日本の成功事例で紹介される企業は、(あえて名前はださないが)政府補助金でぬくぬくと生きている企業が出るのみ、読むに値しない記事である。

つまり、サステナブル・ファッションをブランド・エクイティに組み込む(収益化のエンジンにする)ことが可能なのは、一部の富裕層を相手にしているハイブランド、あるいはマーケットがSDGsを支持する文化背景をもったところだけ。あるいは、社会的影響力が大きい巨大ファッションブランドにいたっては、世界の「当局」に目を付けられ、後追いで追いかけている状況にしか見えない。

それ以外のほとんどのアパレル企業にとっては、単にコストプッシュ要因になる。

アパレル企業のほとんどが赤字に苦しみ、不況のトンネルを抜け出せない今、本当に、サステナブル・ファッションが企業収益を上げるのなら、この矛盾 (今の日本企業にとってSDGsはコストか収益エンジンか)が説明できなければ「サステナブーム」は必ず行き詰まるだろう。

 

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現場はコスト高とデフレで崩壊寸前
サステナファッションなど取り組む余裕はない

 

まず、現場の実態を解説しよう。日々多くのアパレル企業を回っていると、彼らの悩みはこの一点に尽きてくる。「モノが売れない」のだ。

「価格以外の改善変数が見当たらない」ため値引きをしたいのだが、昨今の円安と原料高でFOB (調達価格)10%もあがり、さりとて上代も上げられず企業収益が上がらないというジレンマに陥っている。

 「サステナ素材」は、通常のローカル素材(日本のアパレルは素材を工場任せに調達しているため、ローカル素材という)の3倍から5倍もする。円安と原料高に現場は悲鳴を上げ、通常のローカル素材の質さえ落として上代をキープしているのが実態だ。

「サステナ」とか、(上場企業に限って)「ESG経営」と言っているのは企業の広報室ぐらいで、経営トップが自社のビジネスモデルを変革してでも、「サステナブル x ESG経営」に移行する意思を持った動きは私には今のところ見えない。

 ファッショングッズを売る方がクルマを売るより儲かる衝撃

tupungato/istock

そんな折、ファッション業界で衝撃の事実が発表された。LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトングループ)は202112月期通期決算を発表。営業利益は22296億円で、営業利益が21977億円(2021年3月期)のトヨタ自動車*を抜いたのだ。つまり、やりかたによっては「カバンなどのファッショングッズを売った方が、ハイテクの塊である自動車を売るより儲かる」時代になったということだ。LVMHグループは、原料高をモノともせず、上代を上げていったが、売れるものはいくら値段を上げても売れる。同社の売上はむしろコロナ禍でも増えている。*22年3月期の業績予想は2兆8000億円<21年11月に上方修正後の数字> 

売るために値下げの手段を一生懸命考える日本のファッション産業と、いくらでも値上げが可能な彼の地のファッション産業との決定的な違いは何か。いうまでもなく、「ブランド」である。私は、こうなることを10年前に予想し、『ブランドで競争する技術』という本を書き、欧州のブランドの考え方、日本でブランド化に成功した事例などをあげ、産業界に是非を問うた。しかし、この書籍は多くの経営者に「斜め読み」されて静かに葬られ、売れたのはむしろ海外だった。

 

ESG経営」に取り組み時価総額が上がったアパレルはゼロ

Maria Korneeva/istock

私たちは、何も考えず「世の中に、良いことは良いのだ、未就学児童に働かせるアジアのかわいそうな人を放っておくのか!ESG経営、いいじゃないか。これからは企業もそうあらねばない」という風にSDGsESG経営を理解している。

誰も論理的判断ができず、「右向け右」となる風潮は私は非常に怖いと思う。無謀な戦争に突入した時と同じではないか。

チェルノブイリ、フクシマの惨劇を見て「原発反対!」と、これまた心情的に反対するのも同じだ。それでは原発惨劇は、原発が持つ十字架(防げないもの)なのか、それとも人災(防げたもの)なのか。そこについても誰も建設的に議論しようとしていない。

日本の電源構成比は約80%が火力などの化石燃料で原子力は5%程度だ。例えばフランスのマクロン大統領は222月、新たに原発を増設することを発表した。フランスは元々、原発依存率が高い国ではあるが、「カーボンニュートラル」を具体的に目指すのであれば、最もエネルギー効率が高い原子力の可能性を再度見直すということは、ある意味理にかなっていると私は思う。

日本は「カーボンニュートラルを目指す」と言いながら、原発に対する国民的議論を避け、エネルギー効率の低い再生エネルギーの普及に頼ることで都合の良い数字だけ作って、あとは問題を先送りしようとしている。「怖いから」と何もせず、「いつか吹く神風」を期待しているのだ。はるかにフランスの方が現実的で論理的だ。 

同様に、私たちは「ESG経営」にも、その意義を再検証する必要があると私は思う。私たちは、なんの根拠もなく、「これから株価を上げるためにはESG経営が必要」と信じているが、今のところアパレル業界で「ESG経営」に取り組み、株価を上げた企業はゼロとのことだ。これは、ある証券会社のアナリスト達と議論をしたとき調査部から出た事実だ。

このことは何を意味するか?

論理的に以下の3つのいずれかとなる。

1)企業がやっている「ESG経営は偽物」(正しいやり方をすれば上がるかもしれない)
2)「ESG経営をやっても株価に反映されない」(株価とESG経営に因果関係はない)
3)「まだ株式市場が成熟しておらずESG経営と企業の将来収益との関係が見えない」(株価とESG経営の因果関係はあるかもしれないし、ないかもしれない)

しかし、このどれなのかを突き詰めて考えている人は誰もいない。だから、企業はIRに押しつけ株主対応をさせるか、企業イメージ向上の一環としてESG経営を利用するかのどちらかだ。誰も本質を考えようとしていないのだ。

さらにフィナンシャルタイムズが21年に報じたことによると、いくつかの有力企業が「ESG経営が収益にネガティブインパクトを与える」ことを明らかにし始めているようだ。

なぜ今SDGsなのか。なぜ、ESG経営なのかを語れるか?

表面的な「サステナファッション」で盛り上がるアパレル産業に問いたいのは、本当に素材を自然由来にして、余った在庫を回収すれば、企業の抱える課題を解決できるのかという本質的な問いだ。私は、過去の連載で絶望的な日本市場の未来について語り、多くの取り組みは、ほとんどが企業視点で消費者側のメリットが何も見えないと言い続けた。「時既に遅し」となる前に以下の3点をすぐに実行に移すべきだとも述べた

  1. 消費者にとってメリットが見えない形だけのD2C /OMOでなく、明確にこれまでと違う価値が提供できる衣料品・ブランドを実現するD2C / OEMとは何か。
  2. 日本市場は今後縮小しかなく、これからの10年、日本の人口の1/365歳となり、さらに、労働人口、消費人口は7%落ち、期待の「Z世代」は総人口の15%しかいないし、彼らは古着を買うし無駄な消費はしない。一人あたりGDP30位まで落ち、実質賃金は横ばいで非正規社員が増加。一刻も早く海外にでること
  3. これまでの乱脈経営のツケ(流動資産に隠された腐った在庫)を市中に出し、バランスシートを健全にする、また、そのような戦略・MDしか組めなかった責任者を明確にして総入れ替えする。純血主義を辞める。あるいは若手を英才教育し全く違うビジネスモデルを行う

 ターンアラウンドの鉄則は、臭いものに蓋をすることを絶対に避け、すべてをさらけ出すことだ。また、都合の悪いことを先送りせず、思い切って膿は出すべきだ。

今、多くのアパレルは補助金狙いしか生き残る道はないほど産業界は悪化し、もはやどうしようもないところまで来ている。

産業が衰退し、イノベーションが生まれなくなるときは、国民が考える力・批判する力を失い、ポピュリズム政治が広まって「何も考えることなく、あとをついてゆく」ようになったときだ。「サステイナブル・ファッション」、「ESG経営」について、今一度その意味や因果関係を考えてみていただきたい。

 

 

プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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