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第7回 店のスタッフ、医師、管理栄養士…「専門家の声」で購買の後押しをする方法とは

ショッパーやコンシューマーのインサイトを見つけるために、企業は多くの時間や費用を掛けてそれらに取り組む。しかし、せっかく見つけたインサイトを企業の求める効果としてつなげることができなければ、そこに価値を見出すことは難しい。実際、マーケターやプランナーがインサイトを見つけることや掘り下げることに夢中になり、最適な展開や効果につながっていない活動やケースが散見される。インサイトを見つけることで、企業は実際にどのような効果を生むことができるのか?そのために何を意識してとらえるのか、また何をどのように伝えていけば良いのか?ここでは3つの企業(アサヒビール、菊正宗酒造、旭化成ホームプロダクツ)の取り組み事例を紐解きながら、そのポイントを伝えい。

インサイトを意識することで展開の効果が期待できる

 インサイトを見つけるためのフローが図1である(本連載第2回でも使用している)。小売業でもメーカー企業でもインサイトの抽出の際、多くの部門を跨ぐ作業や検討のための時間・コストを要する。関連するデータの収集や現場の課題の把握、それぞれの考えを「見える化」して進めるなど、何層かの手順(ステップを踏んで)やワークショップなどを交えながら取り組むことになる。こうした労力を掛けて見つけたインサイトを、より効果的な展開につなげるために「インサイトを意識して、その展開から効果が期待できると感じられる企業の取り組み事例」(アウトプットの表現や方法を含めて)を参考にしながら進めたい。

図1

 そうすることで、

  1. インサイトを見つけることだけに注力しない。
  2. インサイトを見つけるための切り口(視点)を多く持つ。
  3. 手法や表現方法の事例を知ることでインサイトを活用する際の幅を知る。
  4. インサイトの活用による効果や可能性を常に意識しながら進める。

 これらを業務に関わるスタッフと共有することで、アウトプットまでの意識や精度を高めることができる。2021年の企業の取り組みの中から、以下の3つのケースを取り上げる。展開の「場」は実店舗・オンライン・マス媒体(新聞広告+オンライン)と異なるが、それぞれにおいて「誰のどの様なインサイト」を捉えて、それが「企業においてどう言った効果につながりそうか?」を中心に解説したい。

ショッパーや小売業のインサイトを捉えたアサヒオフの企画

 筆者は企業とショッパーインサイトを題材にワークショップを行う際に「インサイトを見つけて売場や売り方の展開を行う上で、お客さまに商品を手に取って買ってもらうためには、『どんな人』の言葉や説明があればいいか?」と言う投げ掛けをする。この購買の後押しをしてくれる「人」のことを私は「購買を応援してくれる人」と呼んでいるのだが、これは、時にお医者さんだったり、専門家だったり、主婦の皆さんだったりとさまざまなケースがある。インサイトが「人が行動をするためのスイッチ」だとしたら、この応援をしてくれる人の存在はスイッチを押す上でも大きな後押しや決め手となる。最近、各種書籍で『行動経済学』が話題だが、その1つに「人はお墨付きがあると意思決定や行動が早くなる」というものがある。お客が店頭で買うべきか買うべきでないか、あるいは何を買うか迷っている時、こうした権威や専門的な知識を持った人の声やお薦めがあると決断が早まるのである。

 ここで紹介する「アサヒオフ」はプリン体ゼロ、糖質ゼロ、人工甘味料ゼロ、カロリー最少級(22Kcal/100mlあたり)の新ジャンル商品だ。プリン体や糖質ゼロから健康によさそうな印象を持つが、ショッパーに「この商品を訴求する上で、応援をしてくれる人」として、管理栄養士を起用した。この商品の特徴であるさまざまな「成分ゼロ」を伝える以上に、資格を持ち健康に関する専門知識を有する“管理栄養士によるお墨付き”がショッパーの買い物行動を変える効果が期待できるからだ。

 そこで現役の管理栄養士263人にサンプリング・アンケートを実施。「食事について専門家のアドバイスを必要としている(生活習慣病や高血圧・高脂血症・高尿酸血症などへの対策・予防される方などを想定)アルコールユーザーにお薦めしたいと思いますか?」と質問したところ、100人以上(237人)が「薦めたい」と答えていることから、「管理栄養士100人が推奨する新ジャンル」としてPOP等に活用している。このPOPの店頭における設置率も、10店舗を視察した中で9店舗に設置されているなど、非常に高い結果を示していた。

 なお、以前ショッパーに対して「買い物をする際に、誰の声や意見を参考にしますか?」と尋ねたところ1位は「親しい知人や友人の声」、2位「お店で働くスタッフや店員さんの声」、3位「専門的な知識を持つ人の声」となった。これは、機能性商品に関して全般的に言える傾向と合致しており、ビールや発泡酒、そして新ジャンル商品において健康を意識するショッパーのインサイトを追求すると、似通った内容にたどり着くことが想像できる。

 このうち1位と2位からは明確な根拠を得にくいため、商談や広告に活用できるかは未知数である。そうなると3位の「専門的な知識を持つ人の声」を活用し、大抵はエビデンスに頼り「数値・データ」やそれを導いた「開発」「技術力」にフォーカスをしがちだが、ショッパー視点からそれらを見ると分かり難く「私にはピンとこない」「伝わり難い」と言う結末に至ることが多い。

 これは同時に小売業のバイヤーや販売促進担当者からも、同様の反応をされてしまう危険性がある。その点、「インサイトを見つけて、それを分かり易く応援してくれる人の存在や起用」があれば、そうした課題(伝わり難さや分かり難さ)を解消してくれる可能性があるだろう。

 管理栄養士、料理研究家、医師、研究家や大学教授や各種専門家を起用することは、ショッパーに伝える方法や表現を工夫するうえで効果が高まるだろう。

日本酒好きなショッパーのインサイトと〈釣り〉をつないだ展開

 皆さんは日本酒の売場を思い浮かべる時に、どのようなイメージや売り方が頭に浮かぶだろうか?

 他のアルコール飲料に比べて情報(商品の種類・カテゴリーなどのサインくらい)は少なく、年間を通じて売場の変化も乏しい。そう考える人も少なくないだろう。以前スーパーマーケットの酒売場のバイヤーにこうした話をしたところ「日本酒は銘柄の指名買いが多く、販促や情報訴求をしても効果が期待できない」という回答があった。確かに日本酒は他の商材に比べて、ブランドスイッチがし難く、立ち寄り時間や立ち寄り率は高くないと言った事実がある。

 そうしたなか、菊正宗酒造が2021年8月~10月に「釣り自慢」を対象にした「釣り人自慢の魚料理 Twitterフォトコンテスト」を実施して話題を集めた。この企画、幅広い層における釣り人気の高まりを捉えて、日本酒と相性の良い“魚料理”を軸としたもので、「釣った魚で作った料理と菊正宗のお酒が一緒に写った写真に、指定のハッシュタグ#サカナのサカナとキクマサを付けて応募するフォトコンテスト」と言った内容だった。当時同社のウェブサイトを見ると、魚料理を通じて菊正宗をより身近に感じて欲しいことや、コロナ禍による外出自粛などの閉塞感から抜け出して、自然の中で密を避けながら楽しめる“釣り”をきっかけに、少しでもお客さまにリフレッシュをして頂きたいとの意図も記載されていた。

 酒の肴として“魚料理”を捉える事は長年酒造メーカーが取り組んでいたことだが、釣り人気やコロナ禍におけるショッパーのインサイトから「自分が釣った魚で作った料理」を日本酒の販促の着火点につないだ点が、この企画の効果を高めたポイントと言える。

 ショッパーのインサイトには時代の空気や潮流と言うものが影響して、それを楽しさや明るい方へと導く仕組みは企画を成功させる上で重要なことが分かる。

 この企画を図1の内容(フレームワーク)に書き込んでみた。インサイトを掘り下げて行こうとする際の流れやモノの捉え方のヒントになればと思う。

日常の料理や料理をする人の中にあるインサイト

 最後に取り上げるのは旭化成ホームプロダクツが展開した「#真実のレシピ」。食品売場では、季節(旬)や歳時や平日・週末と言った様々な切り口によるメニュー提案がされている。最近ではクックパッドの様に軽快な音楽をBGMにして数分で料理動画を端末で紹介するケースも珍しくなくなった。コロナ禍による在宅時間の増加から、店頭の端末に限らずにパソコンや自分の携帯端末などを使用して料理動画やレシピを参考にしている人も急激に増えていると報道されていた。

 そうした中、サランラップやクックパーなどの家庭日用品を多く扱う旭化成ホームプロダクツがレシピの「行間」に隠れた真実に光を当てた「#真実のレシピ」を企画した。
(以下は旭化成ホームプロダクツのウェブサイトに掲載の内容から)

 当プロジェクトでは、週に5回以上料理を行う20歳以上の300名を対象にした「#真実のレシピ」調査を実施したところ、約9割が「調理時間以外の準備も含めて料理だと思う」と回答。また、「献立を考える」や「後かたづけ」を含めると合計料理時間の平均は133分。その料理時間の64%は、調理以外の時間だと判明。

 忙しなく、ドタバタと家事に向き合う現代の人々。特に、料理には、レシピに書かれることのない「行間」が多数存在する。調理時間以外にも、買い出しから食材の選別、後かたづけまで。その間にも様々なハプニングが発生する。そういった、忙しない日常に隠された愛を表現したいと考えた時に、国民的キャラクターである「サザエさん」の生きる姿勢には、現代人とも共通する点があると考えた。

 サザエさんは、家事をこなしながら弟妹の面倒を見たり、タラちゃんの世話をしたり。お買い物に行く途中で財布を忘れたことに気づいて取りに帰る。そんなあわただしくも一生懸命な姿は、現代の家事と向き合う人とも共通する「愛」の部分なのではないだろうか。

 また、WEBにおいても3つの異なる家庭を舞台に、「#真実のレシピ」を映像で再現した90秒のCMを公開している。「料理をしている途中で子どもに呼び出されて料理を中断」「給食とメニューが被っていることに気づいて急遽メニュー変更」「食材の買い出しで食材が売り切れだと気づく」など、調査を通して実際に寄せられた声も参考に制作。料理する本人でさえ見過ごしがちなレシピの「行間」に隠れた愛や想いを映像で表現する。

 1つの家庭にフォーカスした30秒バージョンも併せて公開。料理のレシピの行間に注目したこれらの取り組みは、日々仕事や家事に忙しい中で料理をする人のインサイトをキチンと捉えている。CMはまだWEBで見ることができる。

 商品やサービスの開発、売上アップにつなげるためのコンシューマーやショッパーのインサイトを見つけるには大変な手間や相応の時間を要する。インサイトを導く知識やスキルの習得にも準備や経験が必要なことから、進め方のフレームワークの活用や異なる企業がインサイトを捉えた上質な展開を共有することは、それらのスピードや精度を上げることに大きく役立つだろう。