メニュー

急拡大するネットスーパー選択肢は多彩 自社にあった戦略の見つけ方とは

ネットスーパー新時代

積極的な投資で、受注キャパシティを拡大へ

 食品小売業各社がこれからのニーズへの対応策に挙げるネットスーパー。この市場開拓レースが、今新しいステージに突入しつつある。

 契機となったのは、やはり新型コロナウイルス(コロナ)感染拡大だ。非接触ニーズの高まりにより、これまであまり進んでこなかった食品の領域においてもECで買物を済ませる消費行動が加速した。経済産業省によると、2020年度の「食品、飲料、酒類」分野のB to C(企業から個人向け)のEC市場規模は、対前年度比21.1%増の2兆2086億円。EC化率は同0.4ポイント増の3.3%とまだ低いものの、市場規模自体は大きく伸長した。

 これによって食品小売業各社のネットスーパーの利用も増加した。コロナ感染拡大直後の20年度はもちろん、21年度に入ってからもコロナ前と比較すれば売上高が2~3割高い水準で推移している企業が多い。

 こうしたなか一気に進んでいるのが、大手企業による積極的な設備投資だ。イオン(千葉県)は、19年11月に英ネットスーパー専業企業のオカド(Ocado Group)との提携を発表し、「次世代ネットスーパー」を開始するべく、23年に建築面積約3万3600㎡の「顧客フルフィルメントセンター(CFC)」を千葉県千葉市で稼働させる。セブン&アイ・ホールディングス(東京都)も神奈川県横浜市に、23年春の稼働をめざし「イトーヨーカドーネットスーパー新横浜センター(仮称)」を建設中だ。

大手食品小売業は今後のネットスーパー市場の拡大を見込み、最先端の技術を導入した大型物流センターの建設を進める。写真はイオンが23年に千葉県千葉市で稼働予定の「誉田(ほんだ)CFC」。CFC内のロボットは50点の商品を約6分間で処理することが可能だという

 この2大流通グループに先手を打つのが「楽天西友ネットスーパー」を展開する西友(東京都)と楽天グループ(東京都)だ。既存の千葉県柏市にある大型物流センターに加え、21年1月~23年上期にかけて、神奈川県、大阪府、千葉県の順に計3カ所、大規模物流拠点を開設する。市場のさらなる拡大を見込み、先行的な投資で受注キャパシティを高め、顧客を囲い込むねらいだ。

 センター出荷型だけでなく、店舗出荷型方式をとるネットスーパー事業者も拠点店舗を広げている。たとえば、イオンリテール(千葉県)は出荷拠点店舗を現在226店まで広げており、22年度には新たに約30店を追加する。同じく店舗出荷型のライフコーポレーション(大阪府:以下、ライフ)については、受注可能件数を拡大させるべく、店舗併設型のダークストアの設置にも乗り出している。

大手ECと提携、Qコマース…新規プレーヤーも続々

 大手プラットフォームと手を組みネットスーパーを展開する企業も増えている。

 ライフは、19年9月から提携するアマゾンジャパン(東京都:以下、アマゾン)の配送網によって、注文後最短2時間での配送を可能にするネットスーパーサービスの事業エリアを急速に広げている。すでに首都圏・近畿圏の広範囲をカバーし、21年2月期のネットスーパー売上高は53億円を達成。30年には1000億円をめざす目標も打ち出している。そのほか東海地方ではバローホールディングス(岐阜県)もアマゾンと提携し21年6月から愛知県の一部エリアで最短2時間配送を開始している。

 また22年1月からは楽天グループが、「楽天西友ネットスーパー」で得たノウハウを提供する、ネットスーパー事業者向けのプラットフォーム「楽天全国スーパー」の提供を開始。すでにベイシア(群馬県)が同サービスを通じて「ベイシアネットスーパー」を開始している。

 もう1つ現在のネットスーパー市場で見過ごせない動きが、新たなプレーヤーの存在だ。コロナ禍で一気に勢力を拡大した「Uber Eats(ウーバーイーツ)」やフィンランド発の「Wolt(ウォルト)」などのフードデリバリー各社が、食品スーパー(SM)やコンビニエンスストア(CVS)などの食品小売業と提携し、店頭の食材を数十分ほどで届けるクイックコマース(Qコマース)サービスが台頭。また、国内スタートアップ企業のOniGO(東京都)のように、自前でダークストアを設けて半径1~2㎞を対象に10分程度で商品を届けるサービスまで登場している。

 このようにコロナ禍での需要拡大によって、各社がネットスーパーの本格展開に乗り出し、さらには新規プレーヤーも登場したことで、事業の展開方法が多岐にわたり、まさに百花繚乱の様相を呈しているといえる。

自社にとってネットスーパーが本当に必要かを考える

 このように各社がネットスーパー事業に注力するなか、あらためて考えたいのは、「なんのためにネットスーパーに参入するのか」だ。すなわち、自社の戦略を描き、「提供価値」を整理したうえで、その価値はネットスーパーを行わなければ顧客に正しく届かないのかどうかを明らかにするべきということである。単に「他社がやっているから」「やらなければそのぶんの売上を失うから」程度の理由で手掛けられるほど、ネットスーパーは簡単なものではない。その難易度の高さは一部企業を除きほとんどの企業で、ネットスーパー事業は赤字だということからも明らかだ。

 そもそもネットスーパー市場が急拡大しているといっても、既述のとおり食のEC化率は約3%と低く、生鮮など日持ちのしないものに限ればさらに低い。本特集でネットスーパーの利用実態をつかむべく実施した消費者調査でも、ふだん使いの生活必需品の購入にネットスーパーを利用している人は、生協宅配を含めても全体の3割未満といまだ少数派であることもわかった。

 無論、これから認知度が高まるにつれて利用が定着していくことも十分考えられる。

 しかし、日本は国土面積が狭いうえに、欧米や中国と比べてもすでにある程度細かな店舗網が構築されている。とりわけネットスーパーの需要が高いとされる都心部では、SMだけでなく小型SM、CVSなどさまざまな業態が至るところで店を構えている。配送で差別化を図るにしても、とくに都市部で勢力を広げるQコマースには、商品を手元に届けるまでのスピードの面では劣ってしまう。さらにオイシックス・ラ・大地(東京都)や、生協宅配のように、こだわりの産直野菜など商品やサービスに独自性があり、利用者の高い支持を得ている定期食品宅配サービスも存在する。こうしたなかで、「あなたの会社」のネットスーパー事業はどれだけ利用者を増やしていけるだろうか。これは、すでに戦略の根幹にネットスーパーを位置づけ、先行している有力他社ではなく、自社はどうなのかということだ。

 ほとんどの参入企業がいまだ赤字と書いたように、ネットスーパーは収益化が難しい。セルフサービスの店舗事業と比べて、商品のピッキング、梱包、配送、さらにはマーケティングコストと、事業者側にさまざまな負担がかかる。たとえマーケットが拡大し利用者が増えたとしても、自社では、十分な収益性を確保できる将来の柱となる事業にまで発展させることは可能なのだろうか。

 大手小売や物流企業で経営やマーケティング、サプライチェーン改革の重責を担ってきたNice Ezeの松浦学氏は「今後人口減で国内市場が縮小し業態を越えた戦いが激化する。5年、10年後に自社はどのような価値を提供して生き残っていくのか。そうしたなかでネットスーパー事業は本当に必要なのか。今こそ各社は見つめ直すとき」と指摘する。

自社で“選択する”時代へ、割り切り型の手法も登場

 このようにネットスーパー市場の事業環境やその特性がかつてよりも具体的に見えるようになり、単純に「まずは参入しよう」と考えるような初期の時代は終わった。今は想定される競争環境のなかから自社にとってのネットスーパーの必要性を見極め、さまざまな選択肢のなかから各自に合った方法を選び事業を展開していく、新しい時代に突入しつつあるといえる。

 こうしたなか、すでに独自の事業展開を進めている企業もある。たとえば楽天グループとの協業によって「OMO(オンラインとオフラインの融合)リテーラー」をめざす西友は、物流センターを続々と稼働させるなかでも、センター出荷型だけでなく、顧客との“接点”である店舗からの出荷方式も引き続き重視し、並行して運営する考えだ。

 三重県で13店を展開するローカルチェーンのスーパーサンシは、大手企業との差別化策として40年以上前から食品宅配サービスを開始。ネットスーパーの運営ノウハウを積み重ねて、店舗事業より収益性が高く、全体売上高の2割近くを稼げる事業にまで育成している。

 そのほかオーケー(神奈川県)は21年10月、想定利用者を「熱烈なオーケーファンのお客さま」に設定し、最低注文金額は1万円(税抜)以上、さらに配送料も徴収するという異例のネットスーパーを開始している。同社のように自社へのロイヤルティの高い顧客層向けのサービスとして、割り切ったかたちでネットスーパーを展開する企業も出てきている。

 「今後ネットスーパーをどのように展開していくか──」

 ここまでの流れから、それはまさに中長期的な自社のあり方、将来生き残るための戦略を考えることであることがわかる。ネットスーパー新時代の号砲が鳴った今、各社が回答を迫られている問いだといえよう。

次項以降は有料会員「DCSオンライン+」限定記事となります。ご登録はこちらから!