勝負事は、あきらめないのが大事だと言われる。
テニスの試合をしていると身にしみてわかる。
届かないと思われるボールを追い、食らいついていくと、拾えることがあり、それが大逆転のポイントにつながることがあるからだ。
こんな時には、「あきらめないでよかった」と思わず口をついて出てくる。
ただ一方では、勝負事はあきらめることも大事だと思う。
同じくテニスで全てのボールを追いかけることは、虚弱な中年プレイヤーにとって体力の著しい消耗に直結する。気合や根性を見せたとしても、次のプレー分のエネルギーが残っていなければ、それは敗北と同義である。
だから、無理だと思ったボールについては、あきらめることが肝心だ。
私にとっての問題は、どこまで追えばいいのか、どこから先が向こう見ずなのか、その分岐となる《あきらめのポイント》が分からないという点である。
きっと強いプレイヤーは、《あきらめのポイント》を熟知した上で試合に臨んでいるに違いない。
やはり孫子の言うとおり、百戦を危うからず、にするためには、己を知ることが必要条件になるのだろう。