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コラム:「年初の円高」は繰り返すか、日米交渉も要警戒=内田稔氏

12月26日、三菱UFJ銀行のチーフアナリスト内田稔氏は、2019年の為替相場はドル安/円高が見込まれ、とりわけ第1・四半期のドル円続落には最大限の警戒が必要だと指摘。写真は100ドル紙幣と1万円札。2011年に撮影(2018年 ロイター/Yuriko Nakao)

 

内田稔 三菱UFJ銀行 チーフアナリスト

 

[東京 26日] – 2018年はドル円の値幅が9円99銭にとどまり、1973年に変動相場制へ移行して以降、過去最小の年間値幅記録を更新する見込みだ。

 

リスク回避局面におけるドル安/円高が限定的だったこともあり、市場での円高警戒も和らいでいる。株式市場の下落基調が続く足元も、110円近辺で下げ止まるとの漠然とした期待が強いようだ。

 

しかし、ドル円の動きと日米金利差は全くと言っていいほど相関を失っており、金利差拡大が円安につながるという羅針盤は全く当てにならない。今年の値幅が狭いのも、ドルに一歩も譲らず円が強かったからにほかならない。円が年初来、対ドルで上昇した唯一の通貨であることはあまり報じられていない。

 

その中で注目すべきは、過去3年間、ドル円が第1・四半期に大幅に下落するパターンを繰り返していることだ。16年第1・四半期の安値は110円67銭で、前四半期の高値123円76銭から大きく下落し、同じく17年第1・四半期も安値が110円11銭と前四半期の高値118円66銭から落ち込み、18年の第1・四半期の安値も104円56銭と、前期の高値114円73銭から大きく値を下げている。

 

前年第・4四半期の高値と翌年第1・四半期の安値の落差は、平均すると10円60銭。18年第4・四半期の高値はこれまでのところ114円55銭(10月14日)であり、もし季節性が繰り返されれば、ドル円は19年3月末までに103円95銭へ続落する計算になる。

 

<規制強化がもたらしたドル不足>

 

実際にドル安/円高がそこまで進むかどうかは別として、重要なのは、こうした季節性が単なる偶然なのか、それとも何らかの因果関係があるのかどうかだ。筆者は以下の通り、因果関係はあるとみており、19年も第1・四半期のドル円続落に警戒が必要と考える。

 

ドル円が上昇から下落に転じる季節性の要因として考えられるのは、金融規制が相次ぎ強化されたことだ。バーゼル銀行監督委員会は、銀行経営のさらなる健全化を求める「バーゼルⅢ」で、レバレッジ比率規制や安定調達比率規制の適用を決定した。特に大手米銀は、米金融規制改革法(ドット・フランク法)でさらに厳しいレバレッジ比率規制を課せられている。金融機関の自己勘定取引を原則禁じるボルカールールも、15年7月から適用が始まった。

 

米ドル資金の主な出し手である大手米銀の間では、収益性の低いレポ(現金担保付債券貸借取引)を縮小するインセンティブが強く働き、ドル供給の急減をもたらしている。

 

また、08年の金融危機時に解約が殺到したことを踏まえ、米証券取引委員会(SEC)がMMF(マネーマネージメントファンド)の規制強化に踏み切った。16年10月から投資家に流動性手数料を課したり、解約一時停止条項を付すようになった。規制対象外のガバメントMMFに約1兆ドルの資金がシフトして、ドルの供給源として機能するはずのプライムMMFの残高が急減、年末のドル不足を助長している。

 

この結果、特に9月末ごろから年末越えのドル資金の需給がひっ迫し、ドルの調達コストが上昇するようになった。為替のスポット市場でも、年末にかけてドル高が進みやすくなったと考えられる。

 

一方、ドルに対するこうした「特需」は11月下旬の米感謝祭前後にピークを迎え、ドル高は次第に和らいでいく。その後は日本勢が会計年度末の3月に向け、配当金などの円転需要を高めていく。年末まで上昇した反動と相まって、ドル円には一転して強い下落圧力が加わる。

 

<為替条項以上の脅威>

 

19年第1・四半期はこうした季節性に加え、米国が日本との通商協議に強硬な姿勢で臨んでくる可能性にも要注意だ。米通商代表部(USTR)は21日、日本に対する22の要求項目を発表した。中国、メキシコに次ぐ第3位の貿易赤字相手国である日本に対し、米国は物品貿易だけでなく、サービス貿易と為替も含む幅広い分野を議論しようと考えているようだ。約7兆円の対日貿易赤字(17年実績)の削減に向け、2020年の再選を狙うトランプ大統領の鼻息は荒そうだ。

 

このうち為替は、北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる米国、メキシコ、カナダの新たな協定同様、為替操作を禁じる為替条項が協定本体に盛り込まれる可能性が高い。日本は12年以降、為替介入を行っておらず、影響は限られるが、円高局面で日本の通貨政策の機動性を縛る懸念があり、留意が必要だ。

 

しかし、より脅威なのは米国が日本の対米自動車輸出の抑制を狙い、関税引き上げや数量削減を交渉カードとして持ち出すことだろう。実際、その危険性は低くないと言える。

 

日本が米国から輸入している品目のうち、最大の食料品でさえ1.4兆円にとどまり、肉類や穀物類はそれぞれ0.4兆円に過ぎない。米国が日本に市場開放を求め、輸出倍増に成功したところで、貿易不均衡の是正は限定的だ。

 

一方、日本からの対米輸出は最大品目の輸送用機器が約6.1兆円に上る。ここを削減すれば、不均衡の是正に直結する規模感だ。米国での現地生産や現地雇用の拡大にも道筋をつけることができれば、大統領選における格好のアピール材料になると、トランプ大統領が踏んでいても不思議ではない。

 

対米輸出の減少は日本の貿易収支の悪化につながり、教科書どおりなら円高圧力の緩和を招く。しかし、日本の経常黒字はここ数年、企業の海外事業がもたらす第一次所得収支が多くを占めており、貿易収支悪化の影響は限定的とみられる。

 

一方、円の名目実効相場と、名目金利からインフレ期待を差し引いた日本の実質金利は、一定の相関を保っている。もし対米自動車輸出の減少が現実となれば、世界的な景気減速や消費増税後の需要減に対する懸念と相まって、日本のインフレ期待が萎縮しかねない。これが実質金利の上昇を通じ、円高圧力となる可能性が高い。米国の利上げ休止観測も強まっており、19年のドルは18年ほど強くなさそうだ。

 

19年の為替相場はドル安/円高が見込まれる。とりわけ、第1・四半期のドル円続落には最大限の警戒が必要だ。

 

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:久保信博)

 

*内田稔氏は、三菱UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。一貫して外国為替業務に携わり、2012年より現職。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から18年まで個人ランキング1位。

 

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