メニュー

アマゾンが商品の選択肢を制限するのはなぜ? ECの「選択のパラドックス」を考える

新型コロナウイルス感染拡大によりECの需要が急速に伸び、国内食品小売においてもECやネットスーパーに注力する動きが活発化しています。本連載「食品小売業のためのEC運営のイロハ」では、北米を中心に16カ国で大手EC企業数百社のテクノロジーパートナーとして、数々のマーケティング課題解決に携わってきた企業、Rokt(ロクト)が、ECを運営する際に注意すべきポイントや顧客体験向上の手法などについて、さまざまな事例をまじえながら紹介します。第1回では、ECにおける「選択のパラドックス」について解説します。

「選択のパラドックス」とは?

 「消費者にとって、商品の選択肢は幅広いほうがよい」いう考えは広く根付いています。実際、世の中のほとんどの人は「選択肢は多いほどよい」と考え、ポジティブなものとして捉えています。しかし、実はECで無限のオプションを提供しようとすると、結果的にビジネスを妨げることになりかねない可能性があるのです。

 「選択のパラドックス」とは、2004年にアメリカの心理学者バリー・シュワルツ(Barry Schwartz)が著書『The Paradox of Choice(なぜ選ぶたびに後悔するのか)』で発表した学説です。

 選択肢を提供することは、悪いことではありません。しかし、選択肢と満足度には複雑な関係があり、選択肢を持つことが、効果の低減につながることも理解する必要があります。「選択する」という行為はそれなりに時間と労力を要するため、選択肢が増えれば増えるほど、不安や後悔、過度の期待、優柔不断、疲労感といった問題にもつながるのです。

選択肢が一定以上増えると顧客の満足度は下がる傾向にある

 アメリカの人気スーパーのトレーダー・ジョーズ(Trader Joe’s)は、競合のホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)と比べ、1平方フィートあたり2倍の売上を実現しています。その秘訣はまさに「選択のパラドックス」への理解と配慮にあります。「Business Insider」によると、トレーダー・ジョーズが取り扱うパスタソースの選択肢は平均14種類であるのに対し、ほかの競合店では144種類となっています。同社は選択肢を減らすことで、顧客の思考・集中力を意思決定ではなく、購買へと促しているのです。

 

ECにおける重要な3つのページ

2020年 ロイター/Mike Segar

 実店舗には店内の陳列棚という物理的な制約がありますが、スペース制限のないデジタル空間のECではその何十倍もの商品を陳列することができます。だからこそ、多くのECが「選択のパラドックス」に悩まされているのです。

 世界最大のECであるアマゾン(Amazon.com)も、「選択のパラドックス」を配慮した対策を行なっています。商品を各種条件で絞り込み、1ページに表示する選択肢を制限し、類似性の高い商品だけを提示することでページをすっきりとシンプルに保っています。これは、消費者が膨大な選択肢に圧倒されないようにするための、戦略的なテクニックなのです。

 ここからは、ECサイトにおいて「選択のパラドックス」による影響が懸念される、「ホームページ」「カート」「購入確認ページ」の3つの領域について、どのような対応が必要かについて具体的にご紹介します。

ホームページはシンプルに

 訪れた利用者のページ滞在時間を伸ばすため、ホームページにさまざまなボタンを備えたり、カラフルな画像やアニメーションを取り入れたりするECは少なくありません。しかし、メニューやボタンが多いと、ユーザーの心理的苦痛・混乱を引き起こします。写真や色、選択肢の過多により、目的に対するユーザーの集中力を低下させてしまうのです。これを防ぐためのポイントは以下の2つです。

 ①「シンプルさを重視」:視覚的に複雑なサイトは、シンプルなサイトに比べてその効果や美しさが劣ると評価されています。顧客体験(UX)をシンプルにすることで、利用者のサイト体験が大きく向上します。

 ②「CTAは少なめに」:CTAボタン(Call To Action:行動喚起)が多すぎると買物の妨げとなり、購入率の低下につながります。ECサイトではCTAの数を極力減らし、利用者に最適なCTAだけに絞り込むことをお勧めします。

 

顧客へのオファーはパーソナライズする

 カート(買い物カゴ)は、利用者に最も負担をかけたくないページです。このページに顧客がカゴに入れた商品の上位商品や会員プログラム、アプリのインストールキャンペーンなどを詰め込んでしまう小売企業のサイトも多いですが、これは逆効果。カゴ落ち(顧客がカートに商品を入れたものの、購入に至らずサイトを離れてしまうこと)の割合を一気に高める要因になります。

 とある調査(出典:2021 Baymard Institute)では、平均で69.57%の消費者がオンライン購入完了前にカゴ落ちしているという結果も出ており、さらに購入を検討中の利用者の39%が、購入手続きのプロセスを面倒に感じています。この原因となっているのは、ほかでもない「決定麻痺」です。これを予防するために必要なことは以下の2つです。

 ①「オファー・製品・サービスのパーソナライズ」:チェックアウト(購入手続き)では、パーソナライズされたオファー・製品・サービスのみを表示し、顧客体験を向上させるのがベストです。購入手続きページはシンプルかつ、消費者への関連性を保つことに注力してください。

 ②「購入・お支払いページはシンプルに」:購入手続きの際に利用者が気後れしてしまうと、カゴ落ちしがちです。これを回避するためには、無駄を抑え必要な情報だけを提供することが重要です。

 

購入確認で次回の利用につなげる

 一般に見過ごされがちですが、購入確認ページは消費者との今後の関係性が深まるかどうかを左右する重要なページです。当社の調査によると、消費者心理では購入確認ページでの満足度が最も高くなる傾向にあり、この段階で目にする関連オファーの効果は最大7倍になることがわかっています。

購入確認ページを活用できていないECは少なくない

 しかし、このページを活用しきれていない企業は多く、何も表示せずに機会損失したり、反対にいろいろと表示してユーザー離れを促してしまったり、もしくはパーソナライズせず、あまり関連性のない固定選択肢を表示してしまったりするようなECが多いのが現状です。購入確認ページでは、以下の2点に注意しましょう。

 ①「購入直後という満足度の高い瞬間を活用」:購入確認ページで顧客の動線を終わりにするのではなく、さらにタッチポイントをつくり、次の購入につなげられるステップを構築することが必要です。

 ②「パーソナライズされたメッセージやオファーを表示する」:個々の利用者に適切な選択肢を提示することで、効果を最大に高めることができます。たとえば、AIや機械学習を活用したRokt独自のソリューションでは、データに裏付けられたメッセージやオファーを表示し、顧客とのつながり強化や満足度の向上を実現し、ファンを長期的に獲得することが可能です。

 デジタルの世界では、リアル店舗と異なりスペースに際限がないため、商品の選択肢が無制限に膨らんでしまいがちです。しかし、選択のパラドックスを理解し、シンプルかつ消費者一人ひとりにパーソナライズしたアプローチを提供することで、顧客体験を向上させ、顧客との長期的な関係を築くことが可能になります。