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「デジタル化と小売業の未来」#5 “EC大国”の中国でリアル店舗の出店ブームが起こる理由

新型コロナウイルスの影響で小売業界にイノベーションが起きるなか、これまで当たり前のように利用されてきた店舗の在り方にも変化が求められています。以前からECの成長を背景に、リアル店舗の大量閉店が世界中で起こっていますが、中国ではその流れとは対照的にリアル店舗の出店ブームが起こっています。今回は、世界的な大量閉店時代になぜ中国でリアル店舗の出店が増加しているのか、その理由を紐解きます。

EC化の進行がリアル店舗の大量閉店に歯止めをかける?

 世界中でECが成長し、客足が遠のいてしまったリアル店舗。大量閉店がニュースで取り上げられるなか、実は店舗もその存在意義を大きくアピールすることで、まだまだ成長できる可能性を残しています。そのヒントを知るためには、“EC大国”である中国の動きを掴んでおく必要があるでしょう。

 中国を見ると、日本とは比べ物にならないくらい大きな成長を遂げていることが分かります。経済産業省が発表した「令和元年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)」によると、中国のEC市場規模は世界第1位の19348億ドル。日本の1154億ドルに対して、その差は16倍以上となっています。

日中のEC市場規模とEC化率

 中国の小売におけるECの売上比率(EC化率)を見ても、2019年度の36.6%から23年度には63.9%になると予想されており、買物全体の半分以上がECで行われるようになる見込みです。日本のEC化率は19年度で6.7%なので、現時点で中国とは約6倍の差があることになります。しかし、これほどECが普及している中国では今、むしろ実店舗の出店ブームが起こっているのです。

 

出店ブームの背景にある“体験価値”の重要性

 たとえば、中国雑貨大手の名創優品産業は、リアル店舗の「名創優品」を年間で600店舗、わずか5年で世界中に3200店舗以上をオープンしました(同社公式サイトより)。

 普通に考えると、これだけECが進んでいる中国で実店舗の出店は意味がないのではないかと思われがちですが、そんな中国だからこそ店舗での体験価値が重視されているのです。消費者は来店前にあらかじめインターネットやSNSなどで商品情報を調べ、決済手段はキャッシュレス化が進むなど、買物を行う際の「店舗での買物プロセス」はどんどん省略可されています。買物行動の無駄を省いたぶん、実店舗での体験価値に重きを置くようになり、それが中国での出店ブームにつながっています。

買物プロセスにおいて、「体験価値」の重要性は高まっている

 実際に商品を見る・使う・触るといった体験のほか、中国ではSNSを活用したライブ配信を行っている店舗も多く、「情報をシェアする体験そのもの」を楽しむ傾向もみられています。実店舗があることで、デジタルだけではできない体験が提供可能なのです。

 このような状況の背景として、とくに中国のECは競合他社との差別化が難しくなっており、ウェブでの顧客獲得競争が極端に加熱していることが挙げられます。そのため、高騰するウェブでの顧客獲得コストに投資するより、いったん実店舗に投資して顧客を獲得するほうが効率がよくなっているのです。実際、消費者は購入しかできないECよりも、商品に触れたり試したりできるリアル店舗に再び価値を感じる現象が起き始めています。

日本も再びリアル店舗の時代に?

 前述した経済産業省の電子商取引に関する市場調査によると、令和元年の日本国内のBtoC-EC(消費者向け電子商取引)市場規模は、19.4兆円(前年18.0兆円、対前年比7.65%増)と中国には及ばないものの大きく拡大しています。今後中国のようにウェブでの顧客獲得が激しさを増すようになれば、日本でもいずれは店舗閉鎖の波が引き、再び実店舗の時代が来るでしょう。

 ただし、大型スーパーや大型量販店のように、数万点単位の商品を並べて選べるようにするという従来型の店舗はその価値をどんどん失います。商品数では、Amazonなど大型量販ECに圧倒的優位性があります。これからは、ネットで見つけて興味を持ったり、ほしいと思ったりした人が来店して商品を触ることを前提とした店舗づくりが必要です。

単に大量の商品を取り扱うだけのリアル店舗はECには勝てない

 世界では、ナイキやアップルなどがすでにこういった体験型の店舗を開発しており、なかには販売を一切行わず、体験するためだけの店舗も出始めています。日本でも資生堂やオルビスなどがデジタルをうまく活用した体験型の店舗を拡大しており、こうした動きはまだまだ広がるとみられています。さまざまな事例をキャッチして、出遅れないようにしっかりチェックしておきましょう。

 

プロフィール

望月智之(もちづき・ともゆき)

1977年生まれ。株式会社いつも 取締役副社長。東証1 部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつもを共同創業。同社はD2C・ECコンサルティング会社として、数多くのメーカー企業にデジタルマーケティング支援を提供している。自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。デジタル消費トレンドの専門家として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、デジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。
ニッポン放送でナビゲーターをつとめる「望月智之 イノベーターズ・クロス」他、「J-WAVE」「東洋経済オンライン」等メディアへの出演・寄稿やセミナー登壇など多数。