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職人レシピを著作権に!無人AIバウムクーヘン焼成機が解消する3つのこととは

労働人口の減少が進み職業の選択肢が増える中、さまざまな業界で職人の技を次世代にどう継承していくかが課題だ。バウムクーヘンを販売しているユーハイム(兵庫県)において、その一翼を担うのが、同社が開発したバウムクーヘンAI職人の「THEO(テオ)」だ。THEOは同社のバウムクーヘン職人の技を習得し、職人がいなくてもおいしいバウムクーヘンを焼くことができる焼成機だ。しかし、THEOが開発されたはじまりは、技術の伝承ではなく意外なものだった。THEOの開発経緯、今後の展望について、ユーハイムの子会社であるフードテックマイスター(兵庫県)の常務取締役 山田健一氏に話を聞いた。

南アフリカの子どもたちに、おいしいバウムクーヘンを食べさせたい

 AIを活用した無人バウムクーヘン焼成機「THEO」は全国のホテルや小売店などで稼働している。使うときはユーハイムの職人が監修したレシピを基に生地を混ぜ合わせて焼成機にセットし、ボタンを押すだけだ。どこでも手軽にバウムクーヘンを作れるTHEOは、どのような経緯で開発されたのだろうか。

 「THEOが開発されたきっかけは、社長の河本が南アフリカに行き、スラム街で見かけた子供たちにバウムクーヘンを食べさせたいと思ったことが始まりだ」と山田氏は語る。

 河本社長は南アフリカにバウムクーヘンを焼く焼成機を持っていこうと考え、ベテラン職人と設備技術のスタッフと機械の開発を始めた。AIを活用するというアイデアははじめからあったわけではなかったのだ。ユーハイムの自社工場でバウムクーヘンを焼き上げる焼成機はガスを使用している。ガスが燃焼すると水蒸気が出るため、しっとりと焼き上げることができるのだ。しかし、ガスの場合は設置場所を選ぶ。そのため、電気を熱源とした焼成機の製作に取り組むことになった。

 電力会社やロボット工学の教授、機械設備の企業など外部の有識者がプロジェクトに参加し、電気式の焼成機の開発が進んだ。しかし、問題となったのはバウムクーヘンの焼き加減を調整できる職人が海外にいないことだった。

 「バウムクーヘンは卵やバターなどの原料を使用していて、それらは季節によって味や状態が違う。自社工場では職人が室温や湿度などを加味して生地をつくり、実際に焼き色を確認しながら焼き時間を調整する。焼き色がついたら芯棒を取り出し、また生地をつけて焼成機に戻す。こうした工程を十数回繰り返すことでバウムクーヘンが焼き上がる」

 現地に職人がいなくてもバウムクーヘンをおいしく焼く方法を考えた結果、焼成機をインターネットに接続し、遠隔で職人が指導するというアイデアが生まれた。カメラや温度センサーやモニターを機械につけて遠隔で指示を出すのだ。2019年には試作機が完成し、イギリスのロンドンにあるお菓子屋さんに協力してもらい実証実験を行った。一定の成果は出たが、海外とは時差があるためやり取りに遅延が発生し、現実的な運用ではないという結論になった。

 次に取り組んだのは、機械をプログラムで自動制御する自動支援機能をつけることだ。はじめに生地をつけた芯棒を差してボタンを押すだけで、自動でバウムクーヘンが焼き上がるものを作ろうと考えた。

 自動支援機能を開発し実験したものの、生地がうまく芯棒につかなかったり、焼いているときに生地が膨らみすぎ、次の生地をつけると自重に耐えかねて落ちてしまったりした。その後も、生地のふくらみを調整するロボットアームをつけるなど、さまざまな取り組みを行ったが満足のいく結果にはならなかった。

技術伝承とレシピの著作権化が進む

学習中のTHEO

 プロジェクトが行き詰った際に、その運命を決めたのは「AIを活用するのはどうか」という外部の関係者のアイデアだった。

 そのアイデアは以下の通りだ。ベテラン職人がバウムクーヘンを焼いた時の焼き色データを取得し、そのデータを使用して機械学習させ、学習したAIを機器に搭載する。機械につけた視覚カメラと温度センサーのデータをもとに、AIが焼き加減を判定するのだ。

 プロジェクト開始から2年以上が経過していたが、開発の方向性はAI活用へと大きく変わった。そこで、機械学習による像認識技術を開発する企業に協力を仰いだ。

 機械学習に必要なデータは、ベテランの職人にTHEOを使って理想となるバウムクーヘンを何度も焼いてもらった。こうしてバウムクーヘン作りに特化したTHEOが完成したのだ。

 本プロジェクトにおいて大変だったのは、「ベテラン職人の協力を得ることだった」と山田氏は語る。機械学習のために職人に協力してもらったが、最初のうちは「人に教えるのも大変なのに、俺の焼きの技術を機械が覚えられるのか?」とぼやいていたという。

 「代表の河本が、THEOは社外でのみ使うこと、自社工場でのバウムクーヘンはこれまで通り職人が焼くことをきちんと説明した。すると職人も理解してくれるようになり、今では職人がTHEOを『自分の弟子だ』と紹介するようになった」

 また、洋菓子店にとってレシピは秘伝である。隠しておきたいという気持ちをもつのが自然な気もするが、河本社長は「私たちの業界がよくなっていくのに必要なのは職人の地位向上だ。音楽の世界では曲に著作権があり、優れた人を発掘していく仕組みがある。洋菓子業界でもレシピの著作権があっていいのではないか。モノづくりができる才能のある職人のレシピをTHEOに覚えさせ、世の中に広めていくことが業界全体の底上げに繋がると考えている」と展望を話す。

 THEOに優れたレシピを覚えさせれば、職人の技術をデータ化でき著作権のような状態が作れる。現在、THEOは焼いたバウムクーヘンの数に応じて、費用を請求している。今後はTHEOに登録したレシピが使われたときに、レシピの考案者に利益を還元していく仕組みも作りたいと考えているという。さらに、THEOがレシピを覚えることは職人の技術を後世に伝えることにもつながっていくだろう。最後に今後の展望について山田氏は語る。

 つまりTHEOにより、職人の技術伝承が行われ、職人が新たに収入を得る方法が確立されることが職人不足問題の解決の一助となり、さらには人手不足で悩むホテルや小売店などでは人員を増やすことなく出来立てのバウムクーヘンを提供できるという「3つの課題」が解消されるわけだ。

 「THEOが生まれてから3年が経ち、現在の導入店舗は19店舗になった。こちらで一方的に展望を描くより、ラブコールをくれた顧客と取り組むことで好循環が生まれたと感じている。当初の目的だった南アフリカにまだ納入ができていないが、最終目標として掲げている」