DX(デジタルトランスフォーメーション)は単にデジタル技術に投資することではない。組織づくりを始めとし、社内文化を変革する必要がある。流通業でDXを成功させるためには何が必要なのか。カインズ(埼玉県/高家正行社長)やビックカメラ(東京都/秋保徹社長)でDXを推進してきた野原昌崇氏に話を聞いた。
情報システムの守備範囲が変わった
経済産業省ではDXを次のように定義している。
「データとデジタル技術を活用して、製品、サービス、ビジネスモデル変革するだけでなく、業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革する。結果、競争優位性を確立する」
しかし、国をあげてDXを推進しているにもかかわらず、現実の市場でDXはなかなか進まないし、進んでいない。
カインズ、ビックカメラでDXの推進役として実績をあげてきた野原昌崇氏はその要因について「実は、多くの企業がデータやデジタル技術を活用できる体制になっていない。そんな状況でいくらデータを活用しよう、デジタル技術を使おうと言っても、何も起こらないのは当然。そもそも、経済産業省の定義は因果関係が逆で、現状の業務プロセスが変わらない限り、データやデジタル技術を活用することはできない」と話す。
では、DXを進めたい企業はどうすればいいのか。
野原氏は「組織とシステムを変える必要がある」と言う。
組織を変えるとはどういうことか。
たとえば流通小売業であれば、EC(ネット通販)やオンライン・オフラインをまたがる顧客接点づくりなどは、いまや事業の運営に不可欠のものとなっているが、それらはシステムの上で成り立っている。つまりシステムがビジネスの要の存在となっているのだ。
一方で組織を見ると、そうした状態からはほど遠い。システムを主導すべき情報システム部門の位置づけが、いまだ前線にはないという小売が多いのが現状だ。
小売の情報システムの歴史をひもとくと、昔は電算室と呼ばれ、経理や内部統制の部門から「この支払いに正当性はあるのか。エビデンスを出してほしい」と言われれば、それらを証明するデータを出すという立ち位置だった。情報システム(あるいは電算室)が第一線に出て何かをする、あるいは何かを期待されることはなかった。つまり、こと小売業においては明らかに補欠、ベンチメンバーのような存在だった。しかしビジネスの仕組みが変わりつつあるなか、担うべき役割も違ってきているはずだ。
野原氏は情報システムの守備範囲を変えるべきだと言う。サッカーのポジションにたとえて、情報システムはボランチであるべきだと。
営業部門、販売や仕入れがフォワードだとすれば、マーケティングの部門はトップ下のオフェンシブハーフ、ゴールを決めることもあれば、キラーパスを出す。そしてそのひとつ下がボランチの情報システム。ピッチの中央で、攻めに守りに、縦横無尽な動きが求められている。
しかし、現実にはそうした変化に追いつけていない小売業が多い。「最近、小売業の人と話をするなかでびっくりするのは、役割の変化を意識できていない情報システムが多いというだけでなく、いまだ事業部門から依頼されたことを請け負い仕事としてこなしているところが少なくないということだ」(同)
とはいえ、これまでベンチの控えでしかなかった情報システム部門がいきなりレギュラーとして、しかもど真ん中のボランチに抜擢されるというのは、他の部門からすればなかなか受け入れがたいのも事実だ。それを乗り越えるのは経営の判断。情報システムの守備範囲、活動範囲と言ったほうがよいかもしれないが、それを変えるべく組織も変えていく必要がある。
すべて内製化は不可能、企画を内製化する
次にシステムについてだが、カギになるのが“システム内製化”だ。
今までITベンダーに盲目的に巨額な投資を続けてきた大企業でも、システムの内製化に強い関心をもつようになっている。
「新規システムの開発に数年もかかる従来の方式では、できあがったときには“時代遅れ”“時代錯誤”になる。自前でエンジニアをどんどん確保しないと変化に対応できない」と語る経営者も少なくない。
しかし野原氏が重要視する“システム内製化”は、よく言われるような内製開発のこととイコールではない。
「なんでもかんでも、すべてを内製開発することではない。あくまでもシステム企画の内製化。自分たちがリードしてシステムの開発を進めていくが、開発そのものはベンダーを併用するという考え方だ」(同)
ではシステム企画とは具体的に何をすることか。
たとえば事業部門から「これもシステム化したい」と言われたときに、「いや、それ、システム化する必要ないよね」「その業務、もうやめてしまっていいんじゃないか」「(わざわざシステムにするよりも)業務のやり方で変えればいいのでは」とか、「言われたとおりに全部つくると10億円かかる」「もし5000万円でやるということなら、こういうところを割り切ってくれないか」といった話ができるというイメージだ。
言い方を変えると、「“ やりたいこと”と“やれること”の調整」をするのがシステム企画だ。
事業部から「在庫情報は正確にしたい」「価格情報を全部」「在庫ナシ連絡はシステムで」といった要件定義があがってきたときに、さまざまな制約条件を踏まえてそれぞれ「システム制約で1時間バッチ」「予算制約で標準価格のみ表示」「まず人的対応」に調整をすることだ。
サイクルを回す人材が必要
組織を変え、システム開発へのアプローチも変えた。果たしてそれでDXが推進され、経済産業省が意図する競争優位の確立につながっていくのだろうか。
答えは「否」だ。
変革をした組織、システム開発をきっちり回していく人材が必要になるからだ。DX人材とでも呼べばいいのだろうか。
こうした場合、業務やビジネスのことをよく知る人材がいいのか、それともシステムを理解する人材がいいのか、ということで議論になることが多い。
しかし、ことDX人材に関しては、明らかにシステムをよく知る人材でなければならない。野原氏はそう断言する。
それは、これからのビジネスの起点になるEC、CRMなどの顧客接点はシステムがベースにあるものだからという。いまや、従来のように、既存のビジネススタイルを無理やりシステムに落とすという時代ではないからだ。
野原氏が理想とするDX人材はどういう人か。
「ビジネス・業務・システムの中心に立ち、デジタルで利益を上げるサイクルを回すことができる人材」(同)
ビジネスデザイナー(ビジネスでどう利益をあげるかを考える)でありながら、プロダクトオーナー(システム仕様を策定する)になりながら、プロジェクトマネジャー(システム開発を成功させる)になることができる人材だという。
アフターDXを見据えた組織づくり
もちろんこれだけのスキルをもった人材はなかなかいないだろうし、内部で育成しようとしてもモデルになる存在がなければうまくいかないのは明白だ。
そこで野原氏はそこに導くひとつの解として次のようなアドバイスを送っている。「内製化を視点に考えると、ベンダーでプロジェクトマネジャーとして活躍している人を社内の環境を整えて迎え入れる、ということを考えてもいいのでは。実際の開発現場でフロントに立っている一流のSIerの人材はビジネスのこともよく理解している」
またシステム開発側の人材としても「初期稼働のシステムをつくるのはSIerだが、事業会社に入れば初期稼働したものをブラッシュアップさせて事業をつくっていくことになる。それだけ自身のキャリアの可能性が広がる」と考える傾向が出てきているという。
最後にDXが進み出してから注意すべき点として野原氏はこう付け加えている。
「DXはあくまでも過渡期。アフターDXをめざすことを忘れてはならない」
アフターDXとは、事業メンバーとシステムメンバーが融合して組織を運営し、事業拡張のスピードに対応できるシステムへの継続的なリプレイスを計画できる状態をいう。