[ロンドン 20日 ロイター] – 企業幹部は気をつけた方がいい。最高経営責任者(CEO)や経営幹部に注がれる観察の目はますます厳しいものになり、「舌は禍の根」になる可能性が高まっている。
投資家の間では、彼らの発言パターンや声の調子について人工知能(AI)による学習・分析を行う動きが注目を集めている。
音声パターン分析ソフトウェアの専門家であるイワン・シュニドマン氏によれば、2020年末、サプライチェーンの混乱についての見解を述べる中で、IT産業の経営幹部からは半導体不足に陥る可能性を低く見る発言が聞かれた。
「何も問題はない」と彼らは語っていた。
だが、発言に隠された手掛りを発見することを目的とするアルゴリズム分析によれば、そのトーンには高いレベルの不確実性が表われていた。
「IT産業幹部らの発言は、言葉の上では楽観的な見方を示していたが、そのトーンは内容と矛盾していた」とシュニドマン氏は言う。同氏はその分析を支えるフィンテック企業2社にアドバイスを提供している。
こうしたコメントから数カ月も経たないうちに、フォルクスワーゲンやフォードなどの企業が、深刻な半導体不足により生産に影響が出るとの警告を発するようになった。自動車メーカーや工業部門企業の株価は下落した。IT企業幹部は供給ひっ迫を口にするようになった。
コンピューター主導のクオンツファンドが、文面どおりの発言に対する評価ではなく発言のトーンに対する評価に着目していれば、産業界の混乱に先手を打って対応できただろうというのがシュニドマン氏の考えだ。
とはいえ、1つの例だけではスピーチ分析の精度を証明することはできない。IT企業の幹部らが当初は楽観的な態度を偽っていたのか、状況が変化する中で誠実に見解を変更したのかは分からないからだ。
それでも一部の投資家は、この「自然言語処理(NLP)」と呼ばれるテクノロジーがライバルに対して優位を築く新たなツールになると考えていることが、こうしたシステムを利用、あるいは試用しているファンドマネジャー11人に取材したところ、分かった。
最近では、伝統的な財務データや企業からの公式声明はあまりにも深く検証されているため、そこではほとんど差をつけられない、とファンドマネジャーらは言う。
「ひどく厄介だったもの」
NLPはAIの1分野で、機械学習によって自律的に言語を理解させ、クオンツファンドが取引に織り込めるよう数値化したシグナルを生み出す。
この分野で最も野心的なソフトウェアは、言葉遣いだけでなく、聴取可能なトーンやリズム、発音された言葉のアクセントまで分析することをめざしている。また、スピーチやインタビューの文字起こし原稿を、いっそう高度な手法で構文解析しようとするソフトウェアもある。
運用資産1350億ドル(15兆4000億円)の投資運用会社マン・グループの一部門であるマンAHLで機械学習分野を率いるスラビ・マリノフ氏は、ロイターの取材に対し、コンピューター主導のファンドであるマンAHLでも「(NLPは)注目している主要研究分野の1つ」だと語った。
「クオンツファンドにとって、これらのモデルは、ひどく厄介だったものを簡単に理解できるものに変えてくれる」とマリノフ氏は語る。
推進する側に言わせれば、NLPは、アナリストとの電話や台本のない質疑応答、メディアによるインタビューといった「非構造化データ」の世界から得られる知見という点で、手付かずの可能性を広げてくれる。
とはいえ、賛否が分かれる点はある。
まず、こうしたAIシステムの開発・運用には何百万ドルもの費用がかかる可能性があり、よほどの資金力があるかニッチ分野に特化しない限り、多くの投資家・開発者には手が届かない。また、システムによってはどちらかと言えば実験段階に留まっており、それを使用すれば利益が得られることを示す公開データが存在しない。ロイターが話を聞いたファンドは、営業秘密を理由に、NLPによって運用利益が増大するという証拠を示すことを拒否した。
とはいえ、こうした手法による運用パフォーマンスの改善を示唆する研究も複数ある。使う場所を賢明に選択することが条件だ。
野村証券のクオンツ戦略担当者が9月に行った分析によれば、業績発表の際の企業幹部の言葉遣いの分かりにくさと株価の間には相関関係があるとされている。2014年以降のデータでは、シンプルな表現を用いる経営者が率いる企業は、複雑な表現を使う経営者の企業に比べて、株価が年間で6%上回っていた。
バンクオブアメリカのアナリストは、業績発表で用いられる表現に基づいて社債のデフォルト率を予想するモデルを使っている。このモデルでは、「コスト削減」「キャッシュバーン(現金燃焼)」など数千もの表現を検証し、将来の社債デフォルトに関連している表現を見つけようとしている。過去のデータによる検証では、デフォルトの確率との間に高い相関関係が示されているとバンクオブアメリカでは説明している。
野村とバンクオブアメリカのシステムは、いずれも発言の書き起こしを分析するものだ。
企業文化の評価も
金融分野における言語処理で主役になっていたのは、以前はニュースやソーシャルメディアの投稿内容を「感情」によってランク付けするという、広く普及した基本的なソフトウェアだった。だが、テクノロジーの進歩とクラウドコンピューティングのコスト下落を追い風にNLPモデルはますます高度になっており、こうした基本的なソフトの価値は失われつつある。
画期的な変化が起きたのは2018年だ。この年、開発者らはNLPの「転移学習(transfer learning)」を実現するソースコードを発表した。転移学習によって、NLPモデルは単語で構成された1つのデータ群について事前学習を行ってから別のデータ群の処理に移れるようになり、時間と費用の節約に繋がる。
その後グーグルのAI開発チームは、どんどん規模を拡大するデータ群に対して事前学習を行う最先端のモデルを実現するソースコードを発表した。
開発者らによれば、現行のシステムは一瞬で数万語を取り込んでパターンを抽出し、それらのパターンが、ユーザーの設定する「シード(種)」、つまり一定の重要な単語、表現、概念とどの程度関連しているかを数値化する。
マンAHLのマリノフ氏はトーン分析にはメリットがあると見ているが、まだ使ってはいない。今のところは、文字起こしされたテキストに潜む手掛りに集中している。
たとえば年次報告書を時系列的に比較して、読者が気づきにくい微妙な変化を探す、あるいは企業文化のような無形の要素を数値化するなど、いろいろな試みがありうる。
これまでに、企業文化を本格的に「測定」しようと試みた投資家はほとんどいない。話題となっているESG(環境、社会、ガバナンス)投資の分野を中心に、長期的なパフォーマンスにとっては企業文化が死活的に重要であるにもかかわらず、だ。
マンAHLのモデルでは、経営幹部のコメントをスキャンして、「ゴール主導型」文化を実証するような単語や表現を見つけることができる。キャリア支援ウェブサイト「グラスドア」上での従業員の評価を検索することも可能だ。
ヘッジファンドのスパークライン・キャピタル創業者であるカイ・ウー氏は、一定の文化的価値へのこだわりを測定するため、企業の「パーソナリティ・プロファイル」を考案した。
ウー氏はまず、そうした価値観を反映すると思われる単語を「シード」として選ぶ。そしてNLPモデルが、膨大な量の単語を、似たような意味を持つ少数の単語へと絞り込み、結果を数値として出力する。
ウー氏によれば、経営陣のコメントや従業員の評価を対象にこのNLPモデルを用いてみたところ、優れた業績を示すのは、アップル、サウスウェスト航空、シスコなど「特異な」文化を持つ企業であることが分かった。
逆に、従業員が「(排他的な)仲良しクラブ」や「食うか食われるか」といった特有のイディオムを使うような「毒性」を示す米国企業は、ひどく業績が振るわなかったという。
「決まったルールは存在しない」
独自のNLPツールを構築するためにデータサイエンティストを雇用するほどの余裕がないファンドは、外部企業から分析を購入することもできる。たとえば、シュニドマン氏がアドバイスを提供しているフィンテック企業のアイエラや、トーン分析を提供するヘリオス・ライフ・エンタープライジズなどだ。こうした企業はヘッジファンドなどのクライアント企業にサービスを販売している。
だが、スパークラインのウー氏の考えでは、ファンドはNLP由来のデータを「可能な限り未加工の状態で」入手すべきであり、社内モデルを使うことが望ましいという。
NLPというテクノロジーには他にも課題があり、適切に活用するには時間がかかる。
オランダの資産運用会社NNインベストメント・パートナーズ(NNIP)では、外部によるデータと自社のモデルを併用している。自社モデルの一部はまだ研究段階だ。
NNIPで投資サイエンス部門を率いるセバスティアン・レンダース氏によれば、プロジェクトの1つは、社債のデフォルト率を予測する単語を見つけるようモデルを訓練するものだ。だがこうした訓練のためには、最初にポートフォリオマネジャーが長大な表現リストを検証して、手作業で「ポジティブ」「ネガティブ」のラベル付けを行う必要があった。
大半のモデルは英語に特化しており、他の言語を話す異なる文化の人々の感情を正確に読み取るよう調整するのは、困難な作業になる可能性がある。
企業幹部らもこうした動きに気づきつつある。
米国を本拠とするパンアゴラ・アセットマネジメントで最高投資責任者を務めるジョージ・ムッサーリ氏が、あるバイオテクノロジー企業の経営者に会い、自ファンドのAIに企業幹部のコメントをスキャンさせてキーワードを見つけていることを話すと、その経営者は、自分の企業が高い評価を得られるよう、キーワードのリストをもらえないかと頼んできたという。
ムッサーリ氏はその依頼を断ったが、業績発表の台本などの文書は、ますます「よく練り上げられた」ものになっており、その分、価値が損なわれているという。
だがマンAHLのマリノフ氏は、企業幹部がいくら工夫しようと、データの増大に合わせて改善されていくAIには結局のところ太刀打ちできないと考えている。
「走れば走るだけ学んでいく自動運転車と同じで、決まったルールが存在するわけではない」とマリノフ氏は説明する。「だから、企業幹部にキーワードのリストを渡すようなことさえ不可能な場合が多い」