新型コロナウイルスの蔓延によって、店頭での接客が難しくなった流通各社は、デジタルシフトを加速させている。とりわけ、顧客と流通業をつなぐ新たなメディアとして注目されているのがSNSだ。そんな中、三越伊勢丹(東京都/代表執行役社長 細谷敏幸)は、SNSを介したコーディネート提案、社員のアカウントからの情報発信を強化している。従来から顧客とのワン・トゥー・ワンのコミュニケーションを重視してきた百貨店にとって、SNSは好適なデジタルツールなのかもしれない。
ECでもコーディネート提案が可能
コロナ禍を契機として、デジタルシフトが加速している。とりわけ、インターネットを介したコミュニケーションでは、SNSの普及に伴って、TVや雑誌など従来型のマスメディアとは違った、情報の「発信者」と「受信者」という「個人と個人の結びつき」が強まっている。流通業界も無論、そうした流れと無縁ではない。
百貨店大手の三越伊勢丹は、マーケティングや販売といったさまざまなビジネスシーンで、SNSを積極的に活用する戦略に乗り出した。
リアル店舗を主力としていた百貨店は、コロナ禍でビジネスモデルの一大転換を迫られている。だが、もともと“対面販売”がメーンなので、SNSを介したスタッフと顧客とのワン・トゥー・ワンのコミュニケーションは、親和性が高いと言えるかもしれない。
同社はECの拡大に伴って、デジタル環境でコーディネート提案などのオンライン接客が展開しやすいECアプリケーションシステム「スナップ(スナップ投稿)」を2021年4月から導入。婦人ファッション・紳士ファッション・インテリアを対象に、オンラインでのコーディネート提案をスタートした。
ECサイトの登録商品数は婦人・紳士で7万6000型、リビング1万2000型。8月までにスナップを利用して商品を購入した顧客は、約6300人に達するという。
同社MD統括部 オンラインクリエイショングループ メディア運営部の田代径大氏は、「ECでは、リアル店舗のようにスタイリングできる機能がなかったので、服を実際に着た感じがわからないと、お客さまの不満が高まっていたからです」と説明する。
例えば、伊勢丹新宿店本館3階には、国内外からセレクトした最先端の婦人ファッションを紹介する「リ・スタイル」という自主編集売り場があるのだが、「最先端のエッジの効いたデザインの服をECで購入されたお客さまが、自分には合わないと返品されるケースがありました。しかしスナップ導入後は、事前に着た感じを想像できるため、そうしたケースが減ってきています」と、田代氏は明かす。
三越伊勢丹ならではの2つの特徴とは
オンラインでのコーディネート提案は、ほかの流通各社も取り入れているが、三越伊勢丹ならではの特徴が二つあると、田代氏は強調する。
一つは、カテゴリーをまたいだり、ブランドの垣根を越えたコーディネートも可能であること。
例えば、婦人ファッションであれば、洋服の全身コーディネートはもちろん、バッグやシューズ、アクセサリーといった服飾雑貨まで合わせてみることもできる。「ブランドショップであれば、同じショップのアイテムしか合わせられませんが、場合によっては、ほかのブランドショップからも選べるのが、百貨店の強みですね」(同)。
インテリアではダイニングテーブルと食器などの組み合わせを紹介しているが、「高価格帯の家具や食器については、オンラインでコーディネート提案をしているのは非常にめずらしいです」と、田代氏は続ける。
「リアル店舗と違って、表現できるネット上のスペースには制約があります。アイテムの使い方やシーン別のイメージを、お客さまに理解してもらうのがスナップの役割です」(同)。
リアルとECのシナジーを追求するOMO
もう一つの特徴は、三越伊勢丹のリアル店舗とECのシナジーを追求するOMO(オンラインとオフラインの融合)が挙げられる。田代氏は、「スナップで見つけた商品をリアル店舗で試着してみるといった、お客さまのニーズに応じた利用ができます」と説明する。
スナップ閲覧後、同社のオンライン用接客アプリ「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」のオンライン接客機能を通じて、スナップのコーディネート提案で気になった商品について、相談したりすることも可能だ。
リアル店舗では、顧客一人ひとりに合わせた①カラー診断、②骨格診断、③マッチパレット(3次元計測で可視化した体型データをもとに、最適な洋服サイズをコンサルティングする接客)というサービスを実施しているが、そうしたサービスでの登録情報をもとに、ネット上でも個別のスタイリング相談に応じてもらえるという。
21年8月末現在、約220人のスタッフがスナップを活用、コーディネート提案の画像を投稿している。ファッションでは、スタッフ自身がモデルになるケースも多い。スナップは、SNSの個人アカウントとつなぐこともできるので、顧客が贔屓にしているスタイリストについては、「お気に入り機能を使って、“推しスタッフ”を決めていただくシステムも予定しています」(同)。
スタッフは、コーディネート提案した商品の売れ行きを、アプリを通じて逐一チェックできる。そのため、さまざまなコーディネートを試しながら、売れる成功モデルを見出しやすいという。「スナップは、自分のスタイリングが売上に直結していることが実感しやすいと、スタッフにも好評です」(同)。
社員をメディアにして情報を拡散
三越伊勢丹では、さらに、社員によるSNSでの情報発信にも力を入れている。
同社MD統括部 オンラインクリエイショングループ メディア運営部 SNS推進の小川澄見子氏は、「SNSによる個人発の情報伝達が重みを増しているので、例えば、商品情報を店舗が直接発信するよりも、店舗のスタッフという“メディア”を介して発信したほうが、拡散しやすくなったと考えているからです」と説明する。
21年現在、同社が運用している店舗・ショップ等の公式アカウントは約270、社員の公認個人アカウントは約85、個人アカウントの全フォロワー数は約7万7000人まで拡大している。1000人以上のフォロワーがいるアカウントは約20で、中には、1万人以上のフォロワーを獲得しているスタイリストもいるという。
同部では、社員個人のプライベートな既存アカウントから公認アカウントを公募しているほか、アカウントの立ち上げなども支援しているが、運用方針は、会社として運用ガイドラインを設けるとともに、アカウントの持ち主である社員の自由裁量の幅を増やしている。
公認コインアカウント約85の内訳として、伊勢丹新宿店の婦人・紳士ファッションの担当社員によるものが多いが、銀座三越には食の情報を発信している社員もいる。発信する情報も、店舗や商品に関するものに限らず、プライベートや趣味の蘊蓄といった話題でもOKだという。仕事に関する情報は、就業時間内に投稿しなければならないが、オフの時間に自分の趣味などの情報を投稿してもよい。休日にオフのコーディネートなどをアップする社員もいるという。
また、「1ショップ1アカウント」といった決まりもなく、さまざまな切り口なら、複数のアカウントが同じブランドの同じ商品を取り上げるのも容認される。「三越伊勢丹のショップに関心があるお客さまだけでなく、取り扱うブランドやアイテムそのものに関心のあるSNSユーザーもいらっしゃるはず。いろいろなブランドをタグ検索したのがきっかけで、三越伊勢丹のショップを知るケースもあるからです」(同)。各アカウントのフォロワー数は少なくても、接点となるアカウント数が多くあったほうがいいという考えだ。
とはいえ、公認アカウントのルールがないわけではない。同部ではガイドラインを設けて、例えば、社員の個人情報保護や安全確保の観点から、自宅が特定できる情報を掲載することを禁じている。一方で、社員には本名を名乗る必要はないが、“三越伊勢丹社員”であることを明示するように義務付けている。情報のリテラシーやセキュリティに関する講習会を開いたり、ガイドラインに関する質問を受け付けたりもしている。
さらに、公認個人アカウント運用者の上司には半期に1回、エンゲージメントについての独自に策定した指標に基づく行動実績表を送付。顧客エンゲージメントの向上を実現した社員は毎年3月に表彰する仕組みにして、社員のモチベーションアップを図っている。
「SNSを見にくるのは、当社のお客さまとは限りません。大勢の人に興味を持ってもらえる公認アカウントを増やし、フォロワー数を伸ばすことが先決ですね。フォローしてくれた人に、だんだん当社のファンになってもらえばいいわけです。売上が本当についてくるのは、その後ですね」と、小川氏はそのステップ感を語る。