「ナノ・ユニバース」ブランドを中心に、自社ECを強化してきたTSIホールディングス(東京都/下地毅CEO)。コロナ禍を背景としたデジタルシフトの加速も相まって現在、売上に占めるEC比率は約3割に達している。しかし、リアル店舗も重要な経営資源と位置づけ、ECとリアル店舗を融合し、シナジーを追求する「ユニファイドコマース戦略*」を掲げる。ECとリアル店舗を併用すれば、顧客の買い上げ金額は4~7倍増加も可能だという。*ユニファイドは統合された、の意
ECならシーズン前の予約販売もできる
東京スタイルとサンエー・インターナショナルという有力なファッション事業会社を経営統合したTSIホールディングスは、両傘下にあった「ナノ・ユニバース」「マーガレット・ハウエル」「ステューシー」などを含む55のブランドを抱える。デジタルシフトの加速やコロナ禍にも対応、ECにも力を入れてきた。
グループのIT戦略を統括する同社(正社員約180人で構成)の越智将平氏は、「当社のナノ・ユニバースは、数あるセレクトショップの中でも、ECへの取り組みが早かったと言えます」と胸を張る。
ナノ・ユニバースは2003年、ECモールの「ZOZOTOWN」にいち早く出店、ECのノウハウ獲得に努める一方、2013年以降は自社ECプラットフォームの構築も着々と進めてきた。
EC向けの自社ITシステム導入に際しては、システム開発・運用やウェブデザインなどが内製化できるように、既存スタッフの教育・研修や中途採用などによって、デジタル人材の獲得・育成も図ってきた。
ECに注力したのは、ターゲットである若年層がECチャネルに流れたり、米国を中心にファッションビジネスのオムニチャネル化が進んでいたりした背景もあるが、今までになかったECならではのメリットが大きかったからだと、越智氏は振り返る。
「例えば、リアルがベースの従来型ビジネスでは、シーズン前にサンプルを用意してメディアへの露出などでPRし、市場の反応を見ながら商材を仕込むといった流れでしたが、ECでは、サンプルデータをサイトにアップすれば、シーズン前でもダイレクトに予約注文を取れるので、ビジネスサイクルの効率化、発注精度のアップが図れるのです」
自社サイトであれば、固定客の獲得やブランディングにも役立つ。顧客情報を細大漏らさず、手に入れられるのも大きい。
TSIグループのECの売上構成比は、2013年2月期には約7%だったが、2015年2月期に10%を超え、現在では約30%にまで達している。
中でも、ナノ・ユニバースのEC化が先行していて、グループ内の他ブランドを牽引した。「ECは、店頭とは違った在庫管理やサービスも求められるので、一朝一夕には進められません。その点、TSIにはナノ・ユニバースという成功事例があったので、グループに水平展開することで、スムーズにECが拡大できたんです」と、越智氏は強調する。
EC向けのビジュアルマーチャンダイジング(VMD)一つ取っても、さまざまな創意工夫が必要で、「マネキンに着せていた服をスタッフが着用するようにして、撮影方法も変えたら、売れ行きが100倍くらいに上がったこともありました」(越智氏)。
コーディネートでもアイテムが検索可能
では、これまでの知見を生かして、同社のECはどのように進化しているのだろうか。越智氏は、自社サイトのEC向けモバイルアプリの例を紹介してくれた。
一般に、ファッションのECサイトは、トップページからアイテムのカテゴリーを検索し、テイストや価格帯で選択肢を絞り込んでいくパターンが多い。しかし、同社のアプリでは、コーディネートからもアイテムを探せるようにした。「手持ちのワードローブに基づいて、アイテムを決めるお客さまが多いと想定されるからです」と、越智氏は説明する。
また、顧客がアプリで見つけた商品をリアル店舗に探しに来る場合、商品画像を「スクリーンショット」で保存して、スタッフに「この商品が見たいんですけど」と尋ねるパターンが多いそうだ。ところが、スクリーンショットの画像情報では品番がすぐに特定できず、スタッフも商品を探すのに手間取り、顧客を長時間待たせてしまいがちだという。
そこで、「画面を工夫して、欲しい商品があれば、画像を“お気に入り”に登録してもらうように誘導しています。品番情報も同時に登録できるからです」(越智氏)。
さらに、ECは、ワン・ツー・ワンのコミュニケーションが取りにくいのがネックだが、商品についてチャットでスタッフとやり取りしたり、コールセンターに質問・相談したりできる仕組みも取り入れた。
ネット予約した試着で、8割が商品購入
ところで、同社は、ECチャネルを拡大する半面、リアル店舗の販路を縮小している。コロナ禍でオフライン営業が難しくなっているのもあって、2021年2月期には、全国のグループ店舗数が1000店舗を下回ってしまったという。越智氏は、「今後もリアル店舗のウエートは低下するでしょう」と見る。
とはいえ、リアル店舗がECに置き換わってしまうわけではない。EC単独よりも、リアル店舗との二刀流のほうが、販売効率がはるかに高いからだ。
例えば、同社のECサイトにアクセスした顧客のうち、商品購入する割合はわずか1%。不特定多数の顧客にリーチできる半面、販売効率は高くない。それに対して、リアル店舗の場合、多額の運営コストがかかるものの、来店客数に占める購入客数の割合は、平均6~7%にも達する。
越智氏は、「ナノ・ユニバースの場合、ECとリアル店舗を併用するお客さまの年間購入金額は、ECのみご利用のお客さまの約4倍にもなります。グループ内では、7倍に上るブランドもあります」と明かす。リアル店舗の強みや価値については、こう説明する。
「お客さまの中では、ECとリアル店舗を併用するのが圧倒的な多数派。とりわけ、収入が少ない若年層は、商品購入に慎重で、ネットで詳しく調べてからリアル店舗で商品を確かめて、お買い上げになるケースが少なくありません。女性のお客さまも、実際のコーディネートを試したいというニーズが根強いんですね。ITがどんなに発達しても、リアルの試着に代替するのは難しいでしょう。それに、リアル店舗の最大の売りはサービスです。スタッフによるライブの接客、コミュニケーションは、ECでは味わえません」。
そこで、同社が打ち出しているのが「ユニファイドコマース戦略」だ。ネット派、リアル店舗派、ネット+リアル店舗派の顧客が混在し、カスタマージャーニーが複雑化する中で、「オンラインでも、オフラインでも同じブランド体験ができるような、サービスを提供する取り組みです」(同)。
その一環として、2021年3月から、ウェブの試着予約サービスをスタートした。予め試したいアイテム(複数も可)と店舗、日時を指定する。アテンドするスタッフ(パーソナルスタイリスト)を指名することもできるという。「自分のファッションの好みを把握している、なじみのスタッフの接客を要望されるお客さまが多いので、好評です」(同)。
試着予約サービスを申し込み、実際に受けた顧客は55%、そのうち、試着後に購入した顧客は80%に達したという。
越智さんは、「デジタルが浸透すれば、お客さまは、リアル店舗のスタッフと時には店頭で、時にはSNSで、ご自分の都合に合わせて、自由にコミュニケーションを楽しめるようになるでしょう」と、ユニファイドコマースの進化形を語ってくれた。