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オオゼキはDXでどのように従業員満足度を高めているのか?

店舗サービス業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の在り方とこれからの店舗の在り方を店舗運営の業務効率化や従業員の体験価値向上の観点から考える連載「リアル店舗のDX革命」。今回は、東京都を中心に店舗を展開する食品スーパー(SM)オオゼキ(東京都/石原坂寿美江会長兼社長)の事例を解説します。

従業員による「楽しい買物体験の提供」

 新型コロナウイルス感染症に伴う規制が撤廃され、SM業界のいわゆるコロナ特需が落ち着きをみせたと同時に、円安による原材料や光熱費の高騰で、商品価格への転嫁が続いています。特売やチラシ販促による集客強化など、低価格を訴求するだけの戦略をとっても、中長期的には自社の利益を削ることになります。

 それよりも今必要なのは、商品の価格上昇を消費者に受け入れてもらうお店づくりで、消費者に「価格」以外の付加価値を届けることです。そのためには、店舗を常にお客さまとの関係性を高め続ける「メディア」であり、エンターテインメント空間と捉え、サービス業としての本質である「楽しい買物体験の提供」を従業員一人ひとりが意識することが必要です。

 今回はその一例として、東京都・神奈川県・千葉県に店舗展開する地域密着型SMのオオゼキをご紹介します。同社では、とくにチェッカー(レジ)部門の従業員(パート・アルバイト含む)の教育体制構築に注力しています。

 チェッカーは、消費者の購買体験のラストワンマイルを担い、その店舗や企業の顔となる重要な部門ですが、他部門と比較して抱える従業員数が多く、人の入れ替わりも激しいため、いわゆるオオゼキ基準の業務レベルを維持し続けることが非常に困難です。そのなかで、オオゼキは各従業員が順調にスキルアップを図れているか、モチベーション高く活き活きと働いてくれているかを管理者がモニタリングしながら、日常的なコミュニケーション接点が持てる環境をつくっています。

情報伝達の課題をアプリで解決

 これまで小売の現場のオペレーションは、本部担当者から店舗までの情報共有と、店長もしくは部門責任者のマンパワーによって支えられてきました。当社の調査によると、とくに実際に店舗で作業を行うアルバイト・パート社員への情報共有は「大学ノート」や「口頭」といった脆弱な手段のままで、それを補うツールは私用のプライベートチャットアプリなどでした(図1)。

図1:業務に必要な情報の入手方法

 オオゼキでも同じような状況で、業務連絡が一人ひとりにうまく伝わらない、伝わるのが遅い、伝わったとしても店舗によって浸透度にムラがあるなどの課題がありました。そこで取り組み始めたのが、業務用情報伝達アプリの活用です。個人の携帯端末にアプリをダウンロードしてもらい、本部や店長、部門責任者からの業務連絡はもちろん、従業員自身も、日常業務の出来事や工夫を投稿できる環境を整備しました。

 こうしたITツールの活用によって、店舗の従業員一人ひとりへの情報伝達の質や頻度を向上させることが可能になりました。とくに一連の購買体験の価値を最終的に印象付けるレジ部門においては、マニュアルではカバーし切れない細やかなコミュニケーションが求められます。コミュニケーションの質と頻度、スピードが向上し情報が行き届くことで、チェッカー一人ひとりが自信を持ってレジに立つことができます。その結果、各自の行動や姿勢が、いわば「メディア」となり、顧客のファン化やリピートを生んでいるのです。

従業員のモチベーションアップ効果も

 そのなかで、お店の顔と言うべきチェッカー部門のスタッフが笑顔で働けるかどうかは、本人のモチベーションによるところも大きいのが現実です。オオゼキではDXツールを通じてスタッフ一人ひとりといつでもコミュニケーションが取れる状態にし、研修担当者が研修時だけでなく、店舗の巡回時や直接指導できない時でもスタッフの仕事ぶりに対するフィードバックをするなどの環境を整えています。

「星を贈る」という機能では、従業員同士で感謝を伝えることができる

 また、オオゼキが使用しているツールには、感謝を伝える「星を贈る」という機能があります。この機能を積極的に活用することで、スタッフ側にも「見られている」「評価されている」という意識が働き、スタッフたちの「働きがい」や「モチベーションアップ」につながっています。

 管理者側もまた、さりげない労いの言葉の積み重ねが、スタッフの業務に対するポジティブな姿勢に繋がっていると日々実感することで活力が生まれ、結果として組織力が向上します。管理者ひいては経営層は、戦略的な売場づくりや金銭的な報酬制度の整備だけではなく、自社のいちばんのメディアと位置付けられる従業員一人ひとりの働きぶりや状態を認識し、評価していくことが、消費者へ楽しい買物体験を提供する近道と捉えることもできるでしょう。

 このように、店舗を本質的な意味でDXするには、現場で働く従業員一人ひとりの「働きやすさ、働きがい向上」まで想定して設計し推進すべきでしょう。それはまさに「CS(顧客満足度)」の前に「ES(従業員満足度)」の向上という店舗経営の根幹とも言える思想への回帰になります。消費者を魅了する売場にアップデートし続け、消費者への提供価値を最大化するためにはDXによるESの向上が必要不可欠であり、近い将来スタンダードな姿になっていくでしょう。

 

プロフィール

染谷 剛史 (そめや たけし)

1976年、茨城県生まれ。大学卒業後リクルートグループに入社。アルバイト・パートの求人広告営業を経て、営業企画・商品開発を担当。2003年、株式会社リンクアンドモチベーションに入社し、サービス業の採用・組織コンサルティングに従事。2012年に同社の執行役員に就任し、新規事業開発やカンパニー長を歴任した後、2017年にナレッジ・マーチャントワークス(現HataLuck and Person)を設立。「はたLuck」サイトはこちら