世界中で一大ムーブメント「メタバース」とは何か
今や世界的なムーブメントとなり、ビジネス系のメディアだけでなく、TVなどでも紹介されることも多くなった「メタバース」。なぜ、メタバースがこれほどまでに注目されているのか。
火付け役となったのは米IT大手のフェイスブック(Facebook)だ。同社は2021年10月に社名をメタ(Meta Platforms)に変更し、「Facebook」「Instagram」などSNS中心だった事業戦略を転換し、仮想空間でのビジネスに注力する方針を打ち出した。
これに呼応するように、NIKE(ナイキ)やadidas(アディダス)などのスポーツブランドから、GUCCI(グッチ)やLOUIS VUITTON(ルイヴィトン)といったラグジュアリーブランドまで、アパレルを中心に多くの海外小売がメタバースに参入。食品小売でも世界最大手のウォルマート(Walmart)がメタバース上で事業展開する計画を発表するなど、まさに一大ムーブメントとなっている。
そもそも、メタバースとは何か。
メタバースは「メタ(Meta:超越した)」と「ユニバース(Universe:宇宙)」からなる造語で、米SF作家のニール・スティーヴンスン氏が自著の中で使ったのが初出とされる。ただ、現在広く使われているメタバースについては、実のところ、共通の定義は定まっていない。
IT関連アドバイザリー企業のガートナーは、メタバースを「仮想的に拡張された物理的現実とデジタル化された現実の融合によって創り出される集合的な仮想共有空間」と定義する。企業へのメタバース支援を手がけるSynamonの武井勇輝COOは、「3DCG技術でバーチャルな世界を構築し、人々の交流や経済活動を含めたさまざまな活動ができる仕組み」と説明する。
これだけではイメージしづらいので、メタバースの例とされるサービスを挙げてみると、代表的なものでは米オンラインゲームプラットフォーム「Roblox(ロブロックス)」、米エピックゲームズが運営するオンラインゲーム「Fortnite(フォートナイト)」などがある。任天堂のNintendo Switch用ゲームソフト「あつまれ どうぶつの森」であれば耳にしたことがある人も多いだろう。メタバースと聞くと、メタが開発・販売する「Meta Quest2(メタクエスト2:旧Oculus Quest2)」のようなVR(仮想現実)ヘッドセットを使うものを思い浮かべがちだが、これらサービスはPC、スマートフォン、コンシューマ向けゲーム機などのデバイスでアクセス可能であり、すでに多くの人に利用されている。
大胆に噛み砕いてしまうと、22年時点では、メタバースは「複数のユーザーが集まっており、アバターを通じてコミュニケーションが取れる3次元の仮想空間」ととらえてよさそうだ。細田守氏の09年公開のアニメ映画『サマーウォーズ』の世界といえばよりわかりやすいかもしれない。
人が集まることで「消費」が生まれる!
では、メタバースは何をする、何ができる空間なのか。
例として取り上げたサービスはいずれもオンラインゲームであり、各ユーザーは当然、ゲームをプレーするためにそれぞれのプラットフォームに集まっている。重要なのは、この「多くの人が集まっている」という点だ。人が集まることでコミュニケーションが生まれ、その次の段階として「消費」が生まれるのである。
「フォートナイト」の例で見てみよう。フォートナイトは1つのステージ(空間)に最大100人が集まり、生き残りをめざして対戦するゲームである。注目すべきは、フォートナイトのユーザーの多くが、ゲーム内で自身を強くするための「武器」ではなく、「スキン(アバターに着せる服やアクセサリーなど、アバター自体の見た目を変更するもの)」を購入しているという点だ。スキンはゲームの“強さ”には関係せず、リアル世界の衣服と同じように「着飾る」ことを楽しむものとなっている。
なぜ、ユーザーはお金を払って「アバターの服」を購入するのか。若者の消費動向に詳しい博報堂若者研究所の瀧﨑絵里香氏は、「仮想空間上でコミュニケーションが発生し、『他者から見られる』という要素が生まれることで消費につながっていく」と指摘する。フォートナイトは“リアルのどこよりも服を売っている場”と一部ではいわれており、マーケットの大きさが窺い知れる。
22年現在、メタバースの主役はオンラインゲームプラットフォームとなっているが、米国では「VRChat」をはじめとした、「仮想空間」と「SNS」が融合したソーシャルVRプラットフォームがすでに一定の基盤を築いている。ガートナーは「26年までに人々の4分の1が、1日1時間以上をメタバースで過ごすようになる」との予測を発表している。これが実現するとなると、消費者の生活は様変わりするはずだ。
NIKEやGUCCIも参入
「食」の領域でも活用始まる
そうした流れを察知してか、先進的な小売業は続々とメタバースでの事業展開をスタートさせている。冒頭で取り上げたナイキやグッチは、「ロブロックス」内に自社のブランドの世界観を表現したバーチャル空間を展開。グッチはそのバーチャル空間で、アバターに着せることができる限定デジタルアイテムも販売している。
そのほかにも米国のメキシコ料理レストランチェーン「チポレ(Chipotle)」が、同じくロブロックス内にバーチャルレストランを出店。リアル店舗と連動したクーポン販促を展開するなど、メタバース上での顧客経験の再現が困難とされる「食」の領域でもメタバース活用はすでに始まっている。
ここまでは海外の事例だが、国内小売によるメタバースの取り組みも進んでいる。その代表格が、三越伊勢丹(東京都/細谷敏幸社長)が開発・運営する「REV WORLDS(レヴ ワールズ)」だ。「仮想都市」を標榜するレヴ ワールズでは、東京の「新宿」駅前をバーチャル空間上に再現しており、その中に“バーチャル伊勢丹”も登場する。“バーチャル伊勢丹”では、自社・外部企業のECサイトに誘導するかたちで、アパレルや化粧品、生活雑貨のほか生鮮食品を含んだ食品も販売している。
ただ、メタバースの導入・活用により、リアル店舗、あるいは自社ECの売上がアップするかというのは未知数だ。現状、小売業によるメタバースの取り組みの多くは、自社のブランドの世界をより具体的なイメージをもって表現する、あるいはオンラインゲームのメーンユーザーである若年層の取り込みをねらったものが多い。ブランディングか新規層の取り込みか、それともデジタルアイテムの販売か。デジタル活用全般に言えることだが、先進技術導入を検討するうえでは、「メタバースを通じて何を実現するのか」を明確化するのが重要であることは間違いない。
メタバース導入には、コストの問題も立ちはだかる。たとえば、仮想空間上に「バーチャルストア」を展開するとして、膨大な量の商品を扱う小売業は、商品の一つひとつを「3DCG化」していく必要がある。一般的な食品スーパーが1万SKU以上を取り扱うことを考えると、作業量も膨大になり、そのぶんコストも高くなる。三越伊勢丹はそれらの作業を内製化することで自社運営を実現しているが、新たなメタバースプラットフォームの登場を待つという手もあるだろう。
「3次元のインターネット」ともいわれるメタバース。インターネットの普及により、お客の購買行動、顧客データに対する考え方、マーケティング方法など、かつての小売業の常識、定石は一変してしまった。メタバースがインターネットの登場に匹敵するインパクトをもたらすものであるならば、今のうちからキャッチアップしておくのがよいはずだ。
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