前回は、DX推進のために必要不可欠な”DX人材”を採用、あるいは社内で登用する際の注意点について解説しました。しかし、そもそもDX人材の定義とは何なのでしょうか。そこを理解していなければ、DXは一向に進みません。今回はDX人材という言葉の定義について深掘りして考えていきたいと思います。
そもそもDX人材とはどんな人材か?
最近ではDX人材という言葉が一般化してきましたが、そもそもどのような定義で語られているのでしょうか。私としてはDX人材とはつまり「DXを推進する人材」、もっと詳しくいうと「デジタルを活用した企業変革を推進できる人材」となります。しかし、多くの企業では、DX人材というとITやマーケティングに関する知識がある人材と考えてしまっています。これは大きな間違いだと、前回までに何度か触れてきました。
では、DX人材において一番大事なスキルは何か。それは、「変革するスキル」です。ここでいう変革とは、企業変革のことであり、従来のビジネスの在り方をすべてリセットしてゼロから未来のマーケットを想像し、めざすべきビジネス像を設定し、そこに向かって一歩一歩近づいていくための行動を取ることです。そう考えた場合、DX人材をさらに明確に定義すると「デジタル知識を持った変革者」といってもよいと思います。
変革者とはどんな人材なのか
では次に、変革者とはどんな人材なのでしょうか。変革者とは「時代の流行に流されるのではなく、時代の本質的な変化を見抜き、自らの意思で変化を創りだす人」です。変革者は時代の節目に求められ、登場してきます。日本の歴史を振り返ってみても、戦国時代の織田信長や幕末の坂本龍馬など、近代の経済界では戦後の製造業を牽引した松下幸之助氏や本田宗一郎氏、バブル崩壊後の流通業を引っ張った私の父でもある鈴木敏文や、柳井正氏、そして今世紀に入ってからはネット業界を牽引した孫正義氏、三木谷浩史氏など時代の節目には必ず変革者が現れました。
これら変革者には共通しているものがあります。それは、既存の政治や経営の常識にとらわれることなく、ゼロから新しいものを創りだしてきたことです。過去を否定し、未来を見据え、自らの意思で行動し、新しい事業を創ってきました。これらのことから、変革者に求められるのは、起業家思考(スタートアップ思考)であることがわかります。
日本にDX人材が少ないと言える理由
DX人材を求める企業が増えるなかにあって、残念ながら国内に該当する人材は少ないというのが現実です。そうお話しすると必ず、「日本は技術大国だ」「ITにおいても先進国になれる」とおっしゃる方々がいます。私は、ある意味それは正解だと思います。”デジタル後進国”と言われだした日本ですが、世界有数の技術力を持つ多くの技術者がいることは事実でしょう。
では、なぜDX人材が少ないと言えるのか。それは“X(=トランスフォーメーション)”である変革ができる人が少ないからです。日本は、世界でもトップクラスに倒産件数と失業率が低い国です。これは日本企業が終身雇用を前提とした、組織に忠実な専門家を多く輩出する人材育成を行ってきた結果です。この安全で効率的な経営を“日本型経営”として、20世紀後半には世界がお手本とする結果を残してきました。しかし、同時に、倒産件数や失業率の低さは、起業の機会を減らしてしまっています。
こうした背景のなか、安定した会社が増え、社員は組織の枠をはみ出すことを許されず、ゼロから新しいものを生みだす機会を与えられず育つことになりました。結果として、ゼロから新しいものを生みだす変革者が生まれにくい環境となってしまったのです。これにより、国内では、“X”のスキルを持った人間が少なく、DX人材が少ない状況になってしまったのです。
DX人材を育成するための2つの方法
DX人材を育てていくためには、2つの方法があります。
1つは、「D(デジタル)人材に対し、X(変革)スキルを身につけさせる」というものです。この方法は、すでにデジタルスキルを持つ人材に、”X”すなわち変革スキルを学ばせるという方法です。具体的には、デジタルスキルを持つ人材を採用し、自社の業務を理解させた上で、変革スキルを身につけさせるのです。
もっとも、これはかなりリスクの高い方法でもあります。なぜなら、業務はある程度の時間を要すれば理解はできますが、変革とはゼロから新しいものを生みだすことですから、ある程度の個人の素養とスタートアップスキルをじっくりと身につけさせなければいけないからです。
対して、もう1つはその逆、「X人材に対し、Dスキルを身につけさせる」方法です。これは、変革スキルを持つ人材に、”D”すなわちデジタルスキルを学ばせるというものです。具体的には、社内から業務をすでに理解し、スタートアップの素養がある人材を選び、そこからデジタルスキルを身につけさせる方法です。社内の人材を対象にしますので、業務知識・個人の素養などはある程度知っているなかから人材を選び、デジタルスキルを身につけさせるだけですので、リスクが少なく確実な方法と言えます。
DX人材育成は企業の命運を決める
これから、すべての企業に変革が求められます。コロナ禍の2020年末にマーケティングの一人者のフィリップ・コトラー博士は「これから5年間、まったく同じ事業をやり続けた企業は、5年後に生き残っていることはないだろう」と世界中の企業に警鐘を鳴らしました。これから世の中が大きく変わるなか、企業は積極的にデジタルを活用して、変革を起こしていかなければ生き残れません。その推進に重要な役割を果たすのがDX人材です。
そうしたなかでは、DXを推進できる人材を社内に有しているか否かが、企業の将来を決める大きな要素となってきます。そして、人材がまだ少ない現状において現実的な解決策は、DX人材を自社内で育成するほかありません。
本連載第1回から今回までは、DX人材の定義、何をする人材なのかについて解説してきました。次回からは、より具体的にDX人材の育成手法、フローについてお話ししていきます。
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