[シアトル/パリ 17日 ロイター] – 未来のボーイングの工場では、没入型の3Dエンジニアリング設計と、互いにコミュニケーションをとる能力を持つロボットたちが導入され、さらに世界各地のメカニックが1台3500ドル(約40万円)のマイクロソフト製ヘッドセット「ホロレンズ」を介して繋がることになる――。
この未来像は、広範囲に散らばった設計・生産・航空機運用を最短2年で単一のデジタル・エコシステムに統合しようという、ボーイングの野心的な戦略だ。
ボーイングはこれまでデジタル革命について似たような大胆な宣言を繰り返してきたが、その結果は芳しくないという批判もある。だが内情に詳しい関係者によれば、多くの脅威に取り組む同社にとって、品質と安全性の改善という目標の緊急性・重要性はますます高まっているという。
ボーイングの2022年の目標は、737MAXの相次ぐ事故で危うくなったエンジニアリング面での優位を取り戻すこと、そして今後10年間にわたる将来の航空機開発計画の基礎を築くことだ。これは150億ドル(約1兆7000億円)を賭けた闘いになる。また、この1年間787ドリームライナーの足を引っ張った構造的な欠陥のような問題が生じることを予防する狙いもある。
「要するに、エンジニアリングの強化だ」と語るのは、ボーイングのチーフエンジニアを務めるグレッグ・ハイスロップ氏。2年近くを隔てて、久々にロイターの取材に応じた。「全社的に仕事のやり方を変えようと話し合っている」
ボーイングは長年、エアバスと激しい市場競争を続けてきたが、今度は膨れ上がった航空機需要に応じるため、製造現場という舞台で新たな戦端が開かれた。
かつては自動車メーカーの研究開発部門を率いたエアバスのギヨーム・フォーリー最高経営責任者(CEO)は、エアバスの工業体制を最適化するために「新たな製造システムを発明し、データの力を活用する」と宣言している。
ボーイングがこれまで採ってきたアプローチは、現在のハイスロップ氏による取組みの特徴であるシステム全体にわたる刷新というより、むしろ個々のジェット機開発プログラムや加工手法を少しずつ進歩させていくという面が顕著だった。
航空機大手の両社が進める取組みは、グローバル規模で広がっているデジタル革命を象徴している。フォードなどの自動車メーカーやフェイスブックの親会社メタ・プラットフォームズなどソーシャルメディア企業も、仕事や娯楽を、時に「メタバース」と呼ばれる没入性の高い仮想世界へとシフトさせつつある。
では航空機製造の場合、このメタバース――多くはインターネット経由でVR(仮想現実)やAR(拡張現実)を利用する、共有されたデジタル空間――を、どのように活用するのだろうか。
エアバスと同様、ボーイングが次の新型機で目指すのは、バーチャルの世界で新型機の3D「デジタル・ツイン(双子)」と呼べるレプリカを構築してリンクさせ、シミュレーションを走らせることだ。
デジタル上での実物大モデルを支えるのは「デジタルスレッド」だ。製造のごく初期段階から、当該の機体に関するあらゆる情報を結び合わせる。例えば航空会社からの要求事項や、数百万点におよぶ部品、数千ページもの認証関連書類、さらにはサプライチェーンの奥深くに至るまでの細かい情報が記録される。
時代遅れとなった紙ベースの慣行を刷新すれば、力強い変革がもたらされる可能性はある。
ハイスロップ氏は、ボーイングにおける品質トラブルの70%以上は、何らかの設計上の問題に由来していると語る。同社では、新型機を開発開始から最短4─5年で市場に投入するためには、こういったツールが柱となると考えている。
「スピードアップと品質の改善、コミュニケーションの向上、そして何か問題が生じた場合の反応の速さが実現するだろう」
「サプライベースにおける品質が向上し、航空機製造がもっとスムーズに統合され、工程のやり直しを最小限に抑えられれば、それにつれて財務パフォーマンスも上がっていく」
課題は山積
だが、こうした計画は膨大な課題を抱えている。
懐疑的な人々は、ボーイングがデジタルツールを用いて開発したミニジャンボ機777Xと軍用ジェット練習機T-7Aレッドホークの技術的問題を指摘する。
また、航空宇宙・防衛産業の調査会社ティールグループのアナリスト、リチャード・アブラフィア氏は、これまでのボーイングは株主利益偏重のあまりエンジニアリング面での優位を犠牲にしており、研究開発費の削減も続いていると話す。
「取り組む価値があるだろうか。もちろんイエスだ。だが、それがボーイングの問題をすべて解決するかというと、答えはノーだ」
航空機部品メーカーのスプリント・エアロシステムズのような大企業は、すでにデジタル開発技術への投資を進めている。大手航空機メーカーは、フランスのソフトウェア開発企業ダッソー・システムズと提携関係にある。だが、世界全体に広がる数百社もの小規模なサプライヤーには、一気にデジタル化を進める資本も人材も揃っていない。
多くのサプライヤーは、この10年にわたりボーイングやエアバスからのコスト削減圧力を受けた末に、737MAXと新型コロナウイルスによる危機に見舞われ、弱体化してしまった。
「どのようなハードウェアを買えばいいかを指示してくるだけでなく、見栄えだけはするデジタル・ガラクタまで押し付けられるのか」とは、某サプライヤー企業幹部の言葉だ。
「長い道のり」
ボーイング自身も、デジタル技術だけでは特効薬にならないことを理解しつつある。複数の業界関係者は、ボーイングは企業全体として組織的・文化的な改革を実現しなければならないだろうと語る。
ボーイングは先日、「デジタル・トランスフォーメーション」の仕切り役として経験豊富なエンジニアであるリンダ・ハップグッド氏を抜擢した。ある業界関係者によれば、100人以上のエンジニアが名を連ねるプロジェクトだという。
ハップグッド氏の実績として有名なのは、白黒・紙ベースだった767タンカーの配線図を3Dに変換し、メカニックたちにタブレットとARヘッドセット「ホロレンズ」を配布した件だ。ある関係者によれば、この改革によって品質は90%改善したという。
ハップグッド氏は新たな任務に当たって、開発が放棄されてしまった次期中距離機(NMA)の「デジタル・ツイン」に取り組んでいたエンジニアたちを登用した。
また同氏は、無人空中給油機MQ-25やT-7Aレッドホークから得られた教訓も肝に銘じている。
ボーイングでは、T-7Aの開発にあたって、模型ベースでの設計に続いて1号機をシミュレーター上で「製造」した。T-7Aはわずか36カ月の開発期間を経て市場に投入された。
それでも、T-7Aの製造計画は部品不足や設計の遅延、追加試験の要請などに悩まされている。
ボーイングは、777Xの主翼を生産するワシントン州の工場でデジタル開発を試験的に開始しており、レイアウトやロボットの最適化をデジタル的な手法で進めた。だが777X全体の計画は予定より何年も遅れており、認証上の課題にも悩まされている。
「長い道のりになる」とハイスロップ氏は語る。「これまでの取組みは、それぞれ問題の部分部分に対応してきた。だが、私たちにいま望んでいるのは、端から端まで新しい方法でやることだ」