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コロナに負けない!地元飲食店のテイクアウトを応援する地方百貨店の「真価」

コロナ禍による外出自粛が長引く中、とりわけ大打撃を受けているのが飲食店だ。生き残りをかけ、テイクアウトを試みる居酒屋やレストランが増えている。課題はそのメニューをいかにお客に知ってもらい、手に取ってもらうかだ。消費者から見れば、ファストフードやピザ宅配はともかく、日ごろ目にする店がテイクアウトを始めたことすらわからない。そうした課題を踏まえ、長野県松本市の井上百貨店は地元百貨店の業態の強みと人脈をいかし、飲食店のテイクアウトを応援する取り組みを始めている。

井上百貨店が始めた地元飲食店のテイクアウト支援。百貨店がもつ「デパ地下」の業態が生かされている(写真提供:井上百貨店)

 長野県松本市に本店がある井上百貨店は、長引くコロナ禍に危機感を覚え急遽店内のイベントスペースに応援コーナーをしつらえた。地元の飲食店経営者に広く呼びかけ、飲食店が新たに始めたテイクアウトメニューを並べた。人が密集しがちな松本駅前の本店ではなく、来店客が密集しないようコントロール可能な郊外型ショッピングセンター業態のアイシティ21店での展開だ。ここでも百貨店棟は425日以降休業しているが、食品売場がある1階は生活必需品を供給する社会インフラとして営業を継続している(5月8日以降段階的に営業再開)。

 日々拡大する応援の輪

  411日に始めた応援プロジェクトは日々拡大している。4月末時点での参加先は約30店舗で、この3週間で約3倍に増えた。元々このプロジェクトは、元々地元のカレー店が参加する松本カリー推進委員会とのコラボ企画から始まった。推進委員会の加盟店舗のうち7店舗が入れ替わりで常時45店舗出店し、テイクアウト仕様のカレー弁当を特設売場に並べた。

 16日から「松本山賊焼応援団」とのコラボ企画も立ち上がった。山賊焼(さんぞくやき)とは鶏の一枚肉をたれに漬け込んで揚げた松本の郷土料理である。地元のB級グルメとして盛り上げようと山賊焼を出す飲食店や市民有志が応援団を結成したものだ。ゴールデンウイーク前の企画として「ご自宅で楽しむ松本の名店シリーズ~弁当・惣菜編~」を打ち出し、居酒屋手製の松本山賊焼はじめ、中華料理店の麻婆カリー弁当など5店舗が弁当を並べた。

 23日からは「城町バルTOGO」のテイクアウトメニューが並んだ。「城町バルTOGO」とは、コロナ禍を機に立ち上げた、松本市内でテイクアウト可能な飲食店を一覧したポータルサイトだ。15枚つづりのチケットで街なかの飲食店を食べ歩き、飲み歩きするイベント「城町バル」が母体である。「城町バルTOGO」の参入でポルトガル料理店、フランス料理店など6店舗が新たに参加しメニューの幅が拡大した。

 事実上のステイホーム週間となったゴールデンウイーク。井上百貨店の井上博文常務執行役員は「外食を控えなければいけない中、せめてたまには自宅でもちょっとした贅沢をしたい」というニーズを意識したという。

 429日に始まった「松本山賊焼応援団」とのコラボ企画第2弾は「Online飲み会で楽しむ松本名店の味シリーズ」という。新たに3店舗が参加し、オードブル風に盛りつけたメニューを加えた。ゴールデンウイーク期間中は松本ホテル旅館協同組合も加わった。「ご自宅で楽しむ松本の名店シリーズ~ホテル・旅館編~」として、地元のホテル・旅館の料理長が腕をふるった懐石弁当が並んだ。

「デパ地下」をもつ百貨店の強み生きる

 応援プロジェクトを即座に立ち上げられたのも地方百貨店の信頼があってのことだ。そもそものきっかけとなった松本カリー推進委員会は松本カリーラリーを主催している。松本カリーラリーは松本市内のカレー店をスタンプラリー形式で巡る冬のイベント。松本のカリー文化を全国に広めるのが狙いである。6回目となる今年は90店舗が参加した。昨年、クラウドファンディングで資金を募り、4店舗の名物カリーを再現したレトルト商品を開発した。商品開発に協力したのが井上百貨店だ。レトルトカリーは井上百貨店の店頭でも販売している。

 井上百貨店にとって地元応援は今に始まった話ではない。百貨店の「目利き力」を生かし地域の異才を発掘し、商品化から販路拡大まで幅広く支援してきた。目利きした松本の逸品を全国に知らしめるため、首都圏戦略の一環として、横浜市の京急百貨店の大信州展に「井上百貨店」のブースを立ち上げ、コラボ消費を陳列するなどしていた。いわゆる「百貨店in百貨店」である。

 コラボ商品と言えば地元の信州蜂蜜本舗と共同で立ち上げた「松本みつばちプロジェクト」が地元で有名だ。百貨店の屋上の養蜂場で採取したはちみつを精製し、「城町はちみつ」として販売。そのはちみつを材料に、地元業者と提携してカステラなど様々なオリジナル商品を開発してきた。期間限定も多いが、「信州はちみつキャンディ」のように定番化したものもある。

テイクアウト提供とあわせて参加している飲食店の紹介もしている(写真提供:井上百貨店)

 井上百貨店のテイクアウト応援プロジェクトは消費構造の変化にあえぐ地方百貨店のビジネスのヒントになる。まずは「デパ地下」を持つ百貨店の強みが生きている。厳密に言えば郊外型店舗のアイシティ21の食品売り場は地下ではないが、デパ地下と同じく商品の価格帯が広い。大衆的な居酒屋から高級レストランの総菜まで幅広く扱うことができた。前述の「ちょっと贅沢」も百貨店の得意分野だ。

 応援プロジェクトとはいえそれだけでお客は商品を手に取ってくれない。「足繁く来店下さるお客様が毎回楽しんで頂けるよう、参加店舗のラインナップを替え、店舗によってはメニュー変更をお願いしたりして“飽きさせない”工夫を意識しています」と井上常務執行役員は言う。こうした努力が奏功して売れ行きも好調。ゴールデンウィーク企画ではラインナップを大幅に増やしたにもかかわらず連日完売となった。

 聞けば今回参加した地元飲食店で従来から井上百貨店と取引があったのは少数だという。ほとんどは今回の応援プロジェクトをきっかけに取引が始まった。松本山賊焼応援団、城町バルなど地域活性化に情熱を傾ける団塊ジュニア、経営者にしては若手層とのつながりができた。コロナ禍の収束後、松本カリーラリーと取り組んだレトルト商品の開発のような地方百貨店ならではの支援ができるのではないかと井上常務執行役員は考えている。

 百貨店自身がさまざまな生き残り先を模索する中、井上百貨店の地元企業を育成するビジネスモデルは有望な選択肢のひとつだ。地方創生が求められる中、奇しくもコロナ禍によってその真価が試されたかたちだ。