SAPジャパン株式会社
インダストリーバリューエンジニアリング インダストリープリンシパル(小売)
土屋 貴広 氏
ハイブリスジャパン株式会社
代表取締役社長
堀 裕 氏
「オムニチャネルの潮流 ~オムニチャネルで実践すべきIT戦略とは~」
株式会社NTTデータ
ビジネスソリューション事業本部 クラウドコンピューティング事業部 課長
風間 昭男 氏
「リアルを起点とした生活者中心の循環型マーケテイング戦略について」
株式会社マツモトキヨシ
常務取締役
松本 貴志 氏
ダイヤモンド リテール・カンファレンス 2014開催レポート
小売業に問われるデジタル・シフトとは
(企業戦略における)ユーザーエクスペリエンス向上と
ROIのバランスがオムニチャネル化推進のカギ
小売業変革のキーワードの1つが「オムニチャネル」。このオムニチャネル化は、既存の小売業の仕組みに大きなインパクトを与える。そこで重要になるのは消費者側の変革スピードに追随するための、小売(供給)側のデジタル・シフトだ。SAPは小売業向けソリューションベンダーのハイブリスを傘下に収めオムニチャネル・コマースを強化し、その機動力をSAP HANAをベースにしたリアルタイム・リテーリングソリューションで補完し、従来提供して来た基幹パッケージ機能と組合せることで小売業の変革をサポートしている。
オムニチャネル化で小売業が抱えるジレンマ
デジタル化の推進に対し多くの小売企業は、「消費者側の変化は無視できなくなっており」「それらの施策は先行者優位性があることを理解し」「これらをやり続けるには既存業務・ビジネスのやり方を変化させなければならない」という認識を持っている。ただ、この認識とは異なり、いざ施策となるとそう簡単には推進できないのが実態。つまり、各企業はこれらの施策を推進するためのジレンマを抱えており、それを紐解かないと具体的な施策には至れないのが現状ではないか。
まずデジタル化の変化で挙げられるのは、消費行動が多様化したことに加えて、ECサイトなど競合が確実に増えていることが挙げられる。多くの企業では個店別にマーチャンダイジングを推進され、出店地域における消費者需要に確実にミートさせている。ただ、皆が同様の施策を推進するため、価格以外で差別化する要素を各社が模索している状況だ。
「顧客主義」は今に始まったことではない。現在に置き直すと、そこには確実にジレンマが存在する。品揃えを増やすだけでは在庫リスクが高まる、接客による差別化には教育等の時間を要する、価格・ロイヤルティプログラムだけではマージンが減る、店舗やITで利便性を高めれば投資コストが跳ね上がる…つまり、ユーザーエクスペリエンス(顧客経験価値)と経済性はトレードオフの関係にあり、この2つのバランスが難しいわけだ。
全てのタッチポイントでのユーザーエクスペリエンスを向上
究極の目標は「消費者ニーズを的確に捉えチャンスロスを最小化する」ということ。オムニチャネルということは消費者との複数のタッチポイントを有効に使うということだ。そしてぞれぞれのタッチポイントでユーザーエクスペリエンスを高めなければならないが、そこで重要なのは量ではなくタイミングだ。例えばスマホを持った顧客にどのタイミングで情報を提供するのか。感度が高い顧客ならば、それが不適切なタイミングだと(スマホから)アプリを削除され二度とアプローチできないかもしれない。この様に企業とのタッチポイントの選択権は消費者側に移っている今、そのタイミングが重要だ。
もうひとつ無視できないジレンマがある。既存ITとどう融合させるかだ。オムニチャネル化は既存の仕組みに大きなインパクトを与えている。それを考慮すると複雑性が増す傾向にある。しかもこれまで投資し作り上げてきた仕組みを変革するのには明確な理由が必要。つまり、企業には明らかな制約条件が存在しその中で変革せざるを得ない。
企業ごとに異なるチェンジドライバーを考慮すべき
SAPのビジョンは業界に参入した17年前から「小売業のビジネストランスフォーメーションを迅速に実現できるか」という点。小売企業のデジタル化は、①チャネル効率を上げる②インサイト力を上げる③マーケティング効率を上げる④既存ビジネスを合理化する、の4つのチャレンジに分類できる。ただ、企業毎に既存顧客や規模、取扱い商材と既存資産も異なるため、つまりチェンジドライバー(変革する理由)が異なる。そのため、優先すべきチャレンジも異なることになる。普遍的な点は、それがどのチャレンジに関連することであっても、その改善サイクルを着実に回さないと、(継続的に)ユーザーエクスペリエンスと経済性を両立させる事が難しい。そのため、SAPは企業のチェンジドライバーに応じたロードマップを描き、それらを短サイクルで実現し続けることが重要だと考えている。これが、SAPが小売業向けのEnd-to-Endソリューションを提供し続けている本質的な理由であった。
ハイブリスは真のオムニチャネル化を実現するプラットフォーム
ハイブリスジャパンは流通業を筆頭に様々な業種向けにECシステムやオムニチャネル・コマースのソリューションを提供している。ちょうど1年前の13年8月にSAPの傘下に入った。我々のソリューションは、規模を問わず、B2C、B2Bならびにあらゆる仕組みを組み合わせたハイブリッドなコマースを実現する。これまで採用実績の半数以上は小売・流通業であることから見ても、変革の多い業界で支持されていることがわかる。また、全体実績の4割は、SAPのソリューションを活用しており、SAPとの親和性の高さも特徴として挙げられるだろう。
常に進化・変化し続ける運用環境に対して、様々なタッチポイントでの利用を可能とし(先進性)、個社固有施策に対する柔軟性と即時性、既存システムとの連携を含めた開発フレームワークを提供することで実現スピードを確保できる(包括性)ことが最大の特徴である。また、トラフィックやデータ容量が多いサービスに対応した、高いパフォーマンスのフレームワークを提供している。このフレームワークによりオムニチャネル化の中で、最先端のユーザーエクスペリエンスをあらゆるチャネルで提供することで購入率と収益の最大化につなげ、最適化されたプロセスと生産性向上はTCO削減につなげることも可能になる。
ハイブリスは真のオムニチャネル・コマースを構築できるプラットフォームであり、すでに日本企業ではブリヂストンやニコンなども欧州で導入するなど、ワールドワイドに展開する有名企業500社以上が導入しているプラットフォームとなっている。
ダイヤモンド リテール・カンファレンス 2014開催レポート
オムニチャネルの潮流
~オムニチャネルで実践すべきIT戦略とは~
既存ITを見直しオムニチャネルに適したデータの一元化を
ITの進化に伴い、流通業を取り巻く市場環境は大きく変化している。小売業にとってオムニチャネル化は、もはや避けることができない大きな潮流となっているわけだ。しかし一方では、その流れの中にあってオムニチャネル化の方向性を明確にできないために、他社との差別化に課題を抱える企業が少なくない。オムニチャネルをどのように企業戦略に組み込んで行くか、それはどのようなIT戦略を実践するかということにつながる。オムニチャネルのメリットを業績に反映させるためには、それに対応したITを構築する必要がある。
リアルとデジタルがシームレスにつながる時代
スマホの普及速度は、80年代のPC革命の10倍、90年代インターネットブームの2倍と言われている。つまりそれだけ速い速度でデジタル革命が進行し、消費者を取り巻く環境が進化を続けているということだ。2010年頃はリアルチャネルとオンライン革命期と言えたが、デバイスの多様化やセンサーの普及から現在はオムニチャネルの時代と言え、チャネル連携は当たり前となり、今後より一層、ヒトとヒト、モノとモノ、ヒトとモノがオンラインとリアルな社会を超えてつながってくる。そして2020年にはシームレスなリアルとデジタルの時代になるだろう。
スマホやタブレットの使用が一般化し、インターネットに接続する時間も長くなる。さらにウェアラブル端末の登場など、デバイスやメディアはこれからも増大していく。それだけ顧客へコンタクトするルートが増えていくことになり、こうした動きに対応しなければチャンスを逃すことになる。トイレにいる時に、商品を購入するという行動も珍しいものではなくなる。
つまりいつでもインターネットに接続し、様々なメディアに接している状況になるわけだ。
購買行動も変化する。購買と情報収集、リアルとネットという手段の組み合わせで考えれば、雑誌・店舗で調べて店舗で買うという「リアル重視派」、ネットで調べて店舗で買うという「ネット下調べ派」、雑誌・店舗で調べてネットで買う「リアル下調べ派」、ネットで調べてネットで買う「ネット完結派」の4面が戦場。そして消費者の2~ 3割は、情報収集や購買でネットを利用するというオムニ導線にあるとみていいだろう。しかも若年層の人口は減少しており、買ってもらうためには待っているのではなく、積極的にアプローチしていく仕掛けが必要になる。
オムニチャネル戦略の方向性を共通認識に
企業にとって、オムニチャネル化をどう進めるのかは大きな課題。日本の場合、チーフ・マーケティング・オフィサーつまりCMOがいてオムニチャネル化を推進しているケースはほとんど存在しない。オムニチャネルと言いつつもECとリアルで戦略も方向性も異なり、資源配分やプロセスもバラバラというケースが多い。これをシームレスに連携していくのに必要なことは、IR・ブランディング・販促からネットとリアルで横断的なCRM、新しい購買導線のための商品情報、在庫供給計画などどこに成功の要素があるかを分析して、それを共通認識にしなければならない。
例えばSPAなどでは製造して店舗に置かれた時から値下げが始まると言っても過言ではない。早く売らなければ利益の最大化が図れない。商品の宣伝も顧客の誘導も、早いタイミングで効果的に行う必要がある。そうした認識を共有しなければならない。実際にそうしたネットとリアルをまたいだ連携を図っている企業は多く、その効果も数字に現れている。
既存戦略を網羅性・一貫性整合性から再チェック
しかし多くの場合、効果に期待できるのはわかっていても明確な戦略を立案することができない。従来からのEC担当は、苦しみながらもサイトを立ち上げて実績につなげてきた。リアルの担当者も厳しい競争の中で苦労して来た。そのため、そもそもECとリアルでは思想も異なるという考え方が存在している。
オムニチャネル化を進めるためには、新たな購買導線を形成する視点から、既存の戦略やプロセスを網羅性・一貫性・整合性の観点でチェックする必要がある。つまり「誰に?」というターゲティング、「どんな価値を?」というブランディング、商品であったりおもてなし、チャネルであったりの「何で?」、「どうやって?」業務を遂行するか、そして権限・組織・人材といった「誰が?」、さらにそれらを支えるIT基盤として「何の資源で?」。これらをマッピングして積み重ねた「ハンバーガーフレームワーク」と呼べるような構造の、ひとつひとつの要素をチェックして戦略ストーリーを構築しなければならない。
オムニチャネル化に対応したデータマネジメント基盤を構築
そのIT基盤はどうあるべきか。複数あるチャネルで、どのチャネルからでも同じような購買体験ができるようにするためには、商品がわかり在庫が把握でき顧客情報も見ることができるようにする。そのためには商品や在庫、顧客情報などのデータは一元化されマルチユースできる状態にしておく必要がある。
従来は個別最適化され、個々のチャネルに必要なデータだけを持ち個別の戦略で動いていたため、他のチャネルでは利用できる状態ではないのが普通だった。
これからはデータの一元管理を行うために、データマネジメント基盤を作る必要があるだろう。これまでフロント(ECやWEBサイト)と基幹システムの2層構造だったものを、データマネジメント基盤を挟み込んだ3層構造にしなければならない。つまりオムニチャネルプラットフォームを作るということだ。
オムニチャネルプラットフォームは、商品、在庫、入出庫、販売、顧客属性、履歴、販促などのデータに加え、つぶやきなどの情報も搭載する。それをECやリアル店舗で活用する。こうした仕組みができれば国内だけでなくグローバル展開をサポートするのも容易になるだろう。
NTTデータではハイブリスとともに、グローバルオムニチャネル基盤ソリューション「BizXaaS オムニチャネル」を開発し提供している。こうしたソリューションを活用することで効果的なオムニチャネルを構築することが可能になる。
ダイヤモンド リテール・カンファレンス2014開催レポート
リアルを起点とした生活者中心の
循環型マーケティング戦略について
市場トレンドに合わせて有効なアーンドメディアからオウンドメディアに誘引
ドラッグストア業界ではマツモトキヨシホールディングスの独走状態が続いているものの、2位以下とのシェアの差が縮まってきている。また業界全体の売上高は堅調に伸びているが、経常利益率は鈍化傾向にある。そうした中で市場と生活者の変化に対応して、ドラッグストア自体の変革も求められている。マツモトキヨシでは従来からのメディア戦略だけではなく、スマホをターゲットにしたマーケティング活動を展開し成果を挙げている。
3つのメディアをどう再構成していくべきか
ドラッグストア業界を取り巻く市場規模は拡大しているが、ここ10年でみると経常利益率はその規模拡大に対して停滞しているという状況だ。
異業種を含めた競合が激しくなる中で、次善の策を講じる必要性が高まっている。
顧客がかつてのように「ドラッグストアに行けば何でも揃う」と期待していた時代から、現在ではさらに利便性やポイントシステムなどの付加価値もドラッグストアに求めており、顧客のニーズは確実に変化している。
そうした時代にあって、当社でもドラッグストアの店舗コンセプトや運営スタイルはかつてとそう大きく変化していないため、新たな施策を講じなければ競争優位性は確保できないという危機感があった。
競合するドラッグストアも差別化戦略を求めてそれぞれの方向性を打ち出しつつあるというのが現状である。
国内のスマホ普及率は、米国や韓国などに比べてまだ低いが、スマホ保有者の生活行動には変化が起きている。とくに1980年代後半に生まれたデジタルネイティブ世代から、90年代後半の生まれた時からモバイルインフラが整備されていた世代では、1日に取得・消費する情報量が飛躍的に増大しているといわれている。
そうした世代では、企業がマーケティング施策として提供する情報ではなく、ソーシャルメディアなどから得た情報を受け入れる傾向が強い。つまり従来からのメディア戦略をどう再構成していくかが課題になる。
その上で新規見込み客の獲得を狙うメディア戦略に関しては、トレンドに合わせたメディアとしてLINEを活用し、販促活動を実施している。
つぶやきの伸びとともに季節外れでも売上げ拡大
見込み客の獲得や生活者の声のリスニングと施策立案にはアーンドメディアを活用している。2012年末頃から、ソーシャルメディア(twitter)上であるメーカーの商品が話題になり始めた。
ツイートされたキーワードは「○○(商品名)はマジ万能…」や「使える」といった言葉。2013年2月の段階ではツイート数は2万件超であったが、2014年2月には「最強…」とか「使える」、「塗りたくる」などポジティブな発言が頻繁に出て来るようになり4万件超のツイートが出現するようになった。
商品にまつわるツイートを流行の前後で比較すると、商品に対するポジティブな発言と新しいワードが頻出するようになっていた。
さらに分析してみると、高級クリームとその商品の成分が似ているということが発端だったようだ。本来、その商品は乾燥する冬場に売れるものだ。
しかし夏を前にした時期にその商品を陳列したところ、ツイート数の上昇とともに販売数が伸び、ツイート数の減少につれて下降した。
この商品の事例は、ソーシャルメディアなどで話題になり、ブログやまとめサイトで記事になる、さらに他のメディアにも取り上げられる、生活者がそうした情報を参考にして購買し体験、そうした生活者がポジティブな情報を発信する、そしてソーシャルメディアなどで再度話題になるという、生活者が主体の流行が自律循環していた。
こうした生活者が主体となって起こる変化を、どのようにオウンドメディアに取り込んで行くかがポイントになる。
感度の高いお客様の支持から一般に拡散
オウンドメディアの活用でも、意外なところから変化が起きる。マツキヨ店内放送に声優を起用したら、アニメファンの感度の高いお客様はすぐに気づき、これもソーシャルメディアで話題になっていた。
そこで特設コンテンツを通じて、特定セグメントとのエンゲージメントを強化する施策に取り組んだ。「イケメンビューティーサロン」という特設サイトをスマホ向けに作り、7人の「イケメン・ソムリエ」の男性キャラクターを登場させ、7役全てを同じ声優に声を担当させた。
普通ならば7人それぞれの声を変えるところを、あえて同じにしたが、それが話題となり、すぐにまとめサイトができ、さらにネットのニュースにも掲載された。対象のメイク落とし製品を購入すると「イケメンサロン店員」のイラストと声で洗顔をレクチャーしてくれるというコンテンツが感度の高いお客様にまず広がり、すぐに一般のお客様や初めてというお客様にも拡散した。
このケースで狙ったものは、コミュニケーションの拡大と特定セグメントに対するエンゲージメントの強化、ブランドや商品の認知と商品の理解を促進すること。もちろん口コミで拡散することも期待していた。LINEやツイッターでも告知し他チャネルとの連携を図ったことも拡散に寄与した。
他チャネルとの連携を図った結果としてメディアにも掲載され、それが対象のセグメント以外にも広がることになり話題が形成されることになった。つまりこのケースでは、Webと店舗が中心となって、それを取り巻く各チャネルが機能するという循環型モデルが構築できたと考えている。
それはツールにより店舗に来店するお客様の声のヒアリングから、それを元にしてコーポレートサイトで感応度の高いコンテンツを展開、さらにLINEやツイッターの利用者に対してコンテンツを告知、それが話題性の高いコンテンツによるバズを発生させることで当社および店舗の注目が高まるという循環を生み出すわけだ。
あらゆるビジネスデータを統合し活用する仕組み
オムニチャネル化では、その基盤として社内データの共通化とWeb化を進めるとともに外部データの連携を深めることでお客様像をより明らかにし個々人と最適な関係を目指していく。
店舗から情報を発信し、Webなどを通じてお客様の興味や関心が生まれる。そこからECサイトから購入して店舗で受け取るケースもあれば、あるいは在庫検索して取り寄せや取り置きを希望し来店するケースも出て来る。
また、重い商品や開店時間に来店できないお客様ではECサイトや店舗から宅配を希望し自宅で受け取る場合もある。
商品を手にするまで様々な要素やツールを提供し、その組み合わせでお客様の商品購入につなげていく。そしてお客様はその体験をソーシャルメディアなどで共有することで、他の顧客が反応するという循環だ。これによりお客様の買物体験は大きく変化することになる。
今後、非デジタルチャネルを含む全てのビジネスデータをひとつに集約すること。チャネル特性を生かし顧客体験を軸にチャネル間で連携させ、それぞれのお客様へカスタマイズされた価値を提供する。そうした目標を掲げてオムニチャネル化を図っていく考えだ。