健康志向を背景に、消費者の間で定着した感のある「ロカボ」。この食事法を提唱した北里研究所病院糖尿病センター長の山田悟氏が今警鐘を鳴らすのが「糖質疲労」だ。いったいそれは何なのか。ロカボとの関係性、さらには糖質疲労の予防・解消のために小売業界が果たす役割について山田氏に聞いた。
食後の眠気は「糖質疲労」の現れ

糖尿病センター長
山田 悟氏
「ランチ後はいつも眠くてだるい」「午後はどうしても集中力が切れてしまう」「しっかり昼食を食べたはずなのに、すぐに小腹がすく」—。こうした症状を経験した人は少なくないだろう。もちろん、睡眠不足や過労など体調の問題や別の病気が原因の場合もあるが、山田氏によれば、その正体は「糖質疲労」の可能性が大きいと話す。
「これまで多くのアスリートやビジネスパーソンの方たちと話す中で気づいたのが、ランチ後に訪れる疲労感です。その結果、午後のパフォーマンスが下がっている人が実に多い。そこで、この問題を理解しやすくするために、不快な症状をまとめて『糖質疲労』と名づけました」(山田氏)

糖質疲労を引き起こす原因は「食後高血糖」と「血糖値スパイク」だ。食事をとれば、誰でも血糖値はある程度上がるが、その上がり幅が大きいのが「食後高血糖」だ。血糖値が上がると、それを下げようとしてインスリンというホルモンが分泌されるが、血糖値が急激に上がって、その後急降下することを「血糖値スパイク」と呼ぶ。
こうした血糖値の乱高下こそ糖質疲労を招くものであり、放置しておくといずれドミノ倒しのように糖尿病や肥満、高血圧症、脂質異常症といった生活習慣病に至る可能性がある。逆に言えば、糖質疲労の段階であれば、負の連鎖を食い止めることができる。そのカギを握るのが「ロカボ」だ。
糖質疲労の解消に「ロカボ」の食べ方を
ここであらためておさえておきたいのが、血糖値を上げるのは糖質ということだ。食事で摂取した糖質が消化酵素によって分解され、血液中に取り込まれることで血糖値が上昇する。このメカニズムから糖質のとり方に着目し、山田氏が考案した食事法がロカボだ。
「極端な糖質抜きではなく、おいしく楽しく適正糖質をとることで血糖上昇を抑えるのがロカボです。具体的には、1食あたりの糖質を20~40gに抑えたものを3食と、これとは別に1日10gの間食を楽しむ。つまり、毎食の糖質を抑えて食後血糖をコントロールする食事法です。カロリーや脂質、たんぱく質などに制限はなく、糖質だけをセーブすればいいので、お腹いっぱい食べてもいいのです」(山田氏)
こうしたロカボの考え方を広く普及させようと、山田氏が2013年に設立したのが一般社団法人 食・楽・健康協会(以下、食・楽・健康協会)だ。
ロカボの考え方に賛同する企業はロカボパートナーとして同協会に加盟し、糖質をコントロールできるロカボ商品を次々と開発している。消費者がそれらを認識して購入できるように、16年にはロカボマークを作成。ロカボマークの付いた商品を選ぶことで、1食あたりの糖質量を簡単に計算することができる。
「糖質疲労を解消するには、これまでの食べ方を変えること。私が提案するのは、糖質をとる量を控え、その分、脂質とたんぱく質をお腹いっぱい食べ、食べる順番を意識するという食べ方です。すなわち、ロカボを実践することで、無理なく糖質疲労を解消・予防することができます」(山田氏)
脂質とたんぱく質を控えることは逆効果
山田氏がロカボを提唱して以来、「緩やかな糖質制限」という食べ方が広く知られるようになったものの、栄養学の古い情報や誤解にとらわれて糖質疲労を招いているケースがある。
その一つが「脂質を取り過ぎると体に悪い」という思い込みだ。確かに、1950~70年代にはそうした概念が提唱されたが、油脂を控える食事法は無意味だったことが2008年に明らかになっている。
「実は、脂質とたんぱく質にはそれぞれ独立した機序で食後高血糖を予防・是正してくれる力があるのです。だからこそ、ロカボでは脂質とたんぱく質をしっかりとることをポイントにしています」(山田氏)
脂質やたんぱく質を摂取すると、満腹感をつくるホルモンが長く分泌される一方で、空腹感をもたらすホルモンは長く抑制されるので、結果として満腹感が長続きする。逆に糖質は、空腹感をもたらすホルモンを抑制する作用が弱いため、お腹いっぱい食べても小腹が空きやすいことが科学的に証明されている。
加えて、日本人は世界的に見てもたんぱく質不足の傾向が強い。国民健康・栄養調査のデータによると、日本人のたんぱく質摂取量は少なく、2000年頃から低下し、1950年代の水準まで下がっているといわれている。こうした状況が糖質疲労に拍車をかけているといっても過言ではない。
「カロリー制限にしばられて、脂質やたんぱく質をとらないのは糖質疲労を予防・解消するうえではかえって逆効果。脂質やたんぱく質、食物繊維をしっかりとり、『カーボラスト(=糖質を最後にとる)』を心がけることが、血糖値の上昇を抑えることに効果があるのです」(山田氏)
三方よしの社会を実現するロカボを普及するために
山田氏が率いる食・楽・健康協会では、ロカボマークに続いて21年に新基準としてロカボプラスマークを誕生させた。
これは、従来のロカボマークで規定された糖質量の条件に加え、たんぱく質や脂質、食物繊維など5つの条件のうち1つ以上を満たした商品に付与されるものだ。そのため、ロカボプラスマークの商品を選べば、糖質を抑えながら、不足しがちな栄養素もとることができる。すなわち、糖質疲労を解消するためにロカボの食べ方を実践するうえで強い味方となる。
「私たちがめざすのは、おいしく楽しく食べて健康になる社会です。薬に頼るのではなく、食べることで健康になる。それは、ロカボを実践すれば可能なことです。糖質の量だけ気にしていれば、肉も魚も油もお腹いっぱい食べていい。言い換えれば、小売業の方々が肉や魚や油をたくさん売ることによって、多くの人が健康になり、医療費削減につながる。それは小売業の売上拡大をもたらします」(山田氏)
売り手も買い手も世の中も幸せになる、三方よしの社会がロカボによって実現できる。そう力を込める山田氏は、今自治体とも連携してロカボライフの推進に取り組んでいる。
「ロカボは子供からお年寄りの方まで、誰にとってもメリットのある食べ方であり、1人でも多くの方が実践してくださることを願っています」(山田氏)