アパレルから食の領域まで
拡大するSPAの潮流
「SPA(製造小売)」というビジネスモデルが、国内小売業界でも広く定着して久しい。
SPAとは、“Speciality store retailerof Private label Apparel”という正式名称が意味するとおり、もともとはアパレル業界で生まれた概念で、米GAP社が最初に提唱した。素材の調達、商品企画・開発、製造、物流、販売までをトータルで内製化し、サプライチェーン全体の効率化によるコストメリットの創造と、顧客ニーズに柔軟に対応した商品開発による独自化・差別化を図るというビジネスモデル、あるいはそれを志向する業態を指す。
国内でも1990年代以降、「製造小売(業)」と訳されたうえで、アパレルを中心にSPA化をめざす企業が現れていった。最も代表的な企業が、「ユニクロ」「GU」などを擁するファーストリテイリング(山口県/柳井正会長兼社長)だろう。
そのほか、ニトリホールディングス(北海道/白井俊之社長)や良品計画(東京都/堂前宣夫社長)、メガネ専門店「JINS」を展開するジンズホールディングス(東京都/田中仁社長)なども、SPA化によって事業規模を拡大。そうした企業の多くはいわゆるカテゴリーキラーとして、小売市場を席巻する存在となった。
食の領域でも、SPAを成長モデルに据えた企業の台頭が著しい。外食ではサイゼリヤ(埼玉県/松谷秀治社長)が「製造直販業」を標榜。海外に大規模な自社工場を設置して、原料の調達と加工まで遡り、価格と品質を両立させたメニューを数々開発して消費者の支持を獲得した。
小売業でも、神戸物産(兵庫県/沼田博和社長)やセコマ(北海道/赤尾洋昭社長)などがサプライチェーン全体の内製化と効率化によって競争力の高い商品を日々生み出し、高い顧客ロイヤルティを形成している。
総菜をめぐる環境変化が総菜のSPA化を促す
そしてここ数年、SPA化をめざす動きが顕著になっているのが、とくに食品スーパー(SM)における、総菜の領域だ。原料の調達から商品の企画と開発、プロセスセンター(PC)やセントラルキッチン(CK)での製造ラインの策定、そして店頭での販促までを、一気通貫して自社で取り組もうとするSMが大手を中心に増えている。
もっとも、SPAという概念自体は総菜部門にとっては目新しいものではなく、むしろ「総菜=SPA」ととらえられてきたところもある。というのも、総菜にはナショナルブランド(NB)商品がほとんど存在しないため、基本的にはメニューや品揃えを「自社で」考える必要があったためだ。
しかし総菜のサプライチェーンを分解すると、その内実は、本来のSPAの定義とはややかけ離れたところもあった。原料は大手メーカーや卸に発注、調味料の仕入れや調合もメーカーに依頼、さらにはメニュー開発自体もメーカーからの提案を受けるなど、外部に依存する部分も少なくなかった。
それゆえに模倣が容易であり、ベンチマークという名の“モノマネ”が横行。一部の先進企業を除き、どの店に行っても同じような総菜が並んでいる──という事象を生み出した。ただ、中食市場が拡大の一途をたどるなか、SMの総菜に対するニーズは年々拡大。各社が総菜で売上を積み増すことができたなかで、そうした同質化に皆気づきつつも、深刻な経営課題として目されることはなかった。
しかし、ここ数年で状況は大きく変わり始めている。1つは、ボーダレスな競争が激化するなかでこれまで以上に差別化が求められていること。また、人手不足がいよいよ深刻化し、インストアでできる作業量が限界を迎えていること。
そして、消費者の食の嗜好が多様化するなかで、これまで当然とされてきた総菜のラインアップや“常識”を再考するフェーズに入ったこと……。こうした経営環境や消費市場におけるさまざまな変化が、総菜の「同質飽和からの脱却」を促すことになったのだ。
では、具体的にどのようなアプローチで総菜のSPA化は達成されるのか。先行する企業の取り組みをヒントに、それを導き出そうというのが本特集のねらいである。
流通大手2社が本格始動!「総菜の固定観念を破る」
直近で注目すべき動きを見せたのは、小売最大手のイオン(千葉県/吉田昭夫社長)グループだ。今年6月、千葉県船橋市で“次世代型総菜PC”に位置づける「Craft Delica Funabash(i クラフトデリカ船橋)」の稼働を開始した。イオン、イオンリテール(千葉県/井出武美社長)、イオンフードサプライ(千葉県/戸田茂則社長)が共同プロジェクトを立ち上げ、約3年をかけて完成にこぎつけたものだ。
PCのコンセプトとして掲げるのは、「まいにち、シェフ・クオリティ」。PCに商品開発機能を持たせ、料理やMD(商品政策)、製造など各領域の専門人材が既存商品のブラッシュアップや、専門店レベルの本格的な味わいの新商品を考案。それを最新の製造設備で効率的に生産し、各店舗に共有する。
これによって店舗での作業負荷を軽減させつつ、総菜の品質と品揃えを劇的に向上させることをめざす。「これまでの固定観念を打ち破る総菜開発に挑戦する」と、イオンリテールの井出社長が強調するように、イオングループは総菜のSPA化に本腰を入れることで圧倒的な差別化を図ろうとしている。
イオンと双璧をなすセブン&アイ・ホールディングス(東京都/井阪隆一社長)も、総菜のサプライチェーン変革に動き出している。同社は2021年、イトーヨーカ堂(東京都/山本哲也社長)と共同出資して、グループ共通の製造インフラの整備と運営を担うPeace Del(i ピースデリ:東京都/和瀬田純子社長)を設立。
同社は生鮮PC2カ所を稼働した後、24年2月には総菜のCKと精肉PCを併設させた「ピースデリ千葉キッチン」(千葉県千葉市:以下、千葉PC)を開設した。
千葉PCはイオンのクラフトデリカ船橋同様、PC自体に商品開発機能を持つ。主要供給先であるイトーヨーカ堂とも連携しながら、ポテトサラダやコロッケ、餃子など定番メニューのほか、タレなどオリジナルの調味料の開発・製造を行う。また、併設する精肉PCで加工した高鮮度の肉を総菜のCKで調理したり、反対にCKで製造したオリジナルの調味料を使ってPCで味付け肉に加工したりと、PC・CK間での連携も図っている。
自社独自のロードマップ策定を
このように、市場において十分な競争力を有する大手流通グループ2社が、ほぼ同じタイミングで総菜SPA化の実現に向けて本腰を入れ始めた。これが意味するのは、前述した市場環境の変化のなかで差別化を図るためには、総菜のバリューチェーンを一貫して自社でコントロールすることが、避けてとおれないということだろう。
限られた人時で効率的に、かつ安定して高品質な商品を供給する。一方で、店内調理での出来立てを訴求したり、あるいは専門店レベルの手の込んだメニューを提供する。多様なニーズに応えた豊富な総菜メニューを揃えるためには、SPAを軸とした製造・開発戦略と、それに見合った設備や人材、技術を保有しなければならない。
それを志向する企業と、そうしたアクションを起こさずに既存の限られた人的リソースと外部メーカーへの依存でやりくりしている企業との格差は、今後ますます広がっていく可能性が高い。
ただし総菜SPAの手法は、企業規模や投資余力によって大きく変わってくる。先進企業のやり方をなぞってもうまくいく保証はなく、“戦略なきSPA化”は投資リターンを得られずに瓦解してしまうリスクもある。自社のポジショニングとSPA化によるゴールを明確にしたうえで、実現のためのロードマップを策定することが先決だ。