消費者のデジタル化の浸透、EC(ネット通販)の拡大――。消費環境が変わるなか、流通業はデジタルマーケティングにどう取り組んでいけばよいのか。データ収集・分析・連携サービスのトレジャーデータが2月に開催したカンファレンス「PLAZMA」のセッションから、流通業のデジタルマーケティングの可能性と課題を探った。
スマホアプリを活用し接客を拡張するパルコ
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ファッションビル運営大手のパルコはかねてデジタルマーケティングに積極的に取り組んできた企業の1つだ。
パルコは、オムニチャネルのプラットフォームづくりとしてデータ活用を開始。テナントのブログを用意したほか、「カエルパルコ」という買物機能を提供した。そしてスマートフォンアプリの「ポケットパルコ」を開始し、デジタルマーケティングの取り組みを推進していった。ねらいは、テナント従業員の接客を拡張し、商業施設運営者として集客を図ることだった。
接客の拡張は、スマホアプリの活用によって第二段階に入った。パルコのデジタルマーケティングを指揮してきた同社執行役グループICT戦略室の林直孝氏は、「データの可視化による顧客の行動の分析、それに基づくパーソナライズされた施策がようやくできるようになってきた」と話す。
具体的には、カスタマージャーニーにおける来店前、来店中、来店後という顧客接点ごとに「コイン」というポイントを提供する。顧客の許可を得たうえで、このデータを分析して集客に生かしている。
センサーデータの活用にも着手している。ファッションビルでは気温や天候に来店客数が左右される。そこで気温や天候のデータを使い、タイムリーに来店促進策を打ち集客につなげることが目的だ。池袋パルコの屋上にセンサーを設置し、気温や天候をリアルタイムで検知。スマホのジオフェンス(仮想的な地理的境界線)機能を使い、雨の日に、池袋パルコをよく利用する客だけに、「雨の日特典として5000コインを提供する」といったプッシュ通知を出すのである。
拡大するECに対して、リアル小売店舗はどう差別化していくのか。この問いに、林氏は「接客という販売員の強みを生かすために、接客を進化させることが必要だ。テクノロジーを使って販売員が接客業務に時間を割けるようにする」と話す。それによってECでは得難い買物体験を提供できるという。
パルコは今後、客の行動データだけでなく、テナントの商品データも取り込み、商品ごと、あるいはサービスごとに客とのマッチングの確率を高め、買上率を高めていこうとしている。
ユナイテッドアローズでのデータマネジメントの意義
一般に、企業がテクノロジーを活用する目的は顧客体験価値を向上させることだが、業務自体にもたらされるメリットも少なくない。業務の観点から講演したのが、ユナイテッドアローズデジタルマーケティング部コミュニケーションチームサブリーダーの中井秀氏である。
ユナイテッドアローズは19のストアブランドを有し、国内240店舗強の衣料品専門店を展開する。デジタルマーケティングにも早くから取り組んできた。同社のデジタルマーケティング部はブランド横断組織。デジタルコミュニケーション、アナリティクス、デジタルコマースの3つのチームから構成される。ミッションはワントゥワンのコミュニケーションを最適化し、客のライフタイムバリューを向上させていくことだ。
ユナイテッドアローズは2016年8月、オンラインストアとリアル店舗の会員組織を統合した。しかし、データ統合ができておらず、別々のシステムが相互に連携しながら動いていたため、データ量が足りずマーケティングオートメーションによる施策を打つことができなかったという。
データ不足は、自社ECと広告配信、CRMとメール配信といったデータ連携の開発を招いていった。中井氏は「データ連携に溺れた結果、ベンダーが疲弊し、データを施策につなげられなかった」と言う。
そんな状況を打開しようと導入したのがトレジャーデータのデータ連携ツールである。自社EC、CRM、商品などのデータすべてをいったんそこに集約し、BI(ビジネスインテリジェンス)やマーケティングオートメーション、広告などへの連携を行った。これによって、データ連携に溺れていた状態を抜け出すことができたという。
データマネジメントは業務のクオリティを左右する。必要なデータを使いやすい状態で持つことが重要になる。データマートをつくり込む時間もないし、そもそもつくり込むほど汎用性がなくなっていく。汎用性が高いほうが応用がきくし、集計・抽出のスピードよりも連携する自由度の高いほうが連携開発に時間がかからないため、業務もスムーズに進められるというメリットがある。
アマゾンがオフラインに進出する本当の理由
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「なぜチャネルのデジタルトランスフォーメーションは進まないのか」
そんな問いを投げかけたのが、オイシックスドット大地執行役員統合マーケティング部部長 Chief Omni-Channel Officerの奥谷孝司氏と、大広プロジェクト・プランナーの岩井琢磨氏である。
この問いに対する両氏の仮説が、「チャネルのデジタルトランスフォーメーションを、デジタルを導入して店舗オペレーションを効率化することだと捉えているからではないか」というものである。
こう捉えていない会社の代表として挙げるのが米アマゾン・ドット・コムである。
アマゾンの戦い方は他社とは異なる。たとえばオフラインへの進出だ。アマゾンゴーは無人レジのコンビニだが、ねらいは無人レジではなく、客の行動データを得ることだという。オフラインで客の行動を把握して、オンラインでそのデータを活用しようというのだ。
一方アマゾンブックスには、レジもあり、店員もいるが、値札がない。スマホアプリでスキャンすると、プライム会員と非会員の価格やレビューなどが示される。オンラインの情報で商品を選択し、オフラインで購入するのである。アマゾンブックスは採算がとれていないと言われているが、収益化よりもむしろ、顧客とつながりをつくって本を選ぶという体験を提供し、そこでデータを把握して、オンラインでそのデータを活用するのが真のねらいだと見る。
米自然派スーパーマーケット、ホールフーズの買収についても、そのねらいはオフラインで把握した客のデータをオンラインで活用することだという。
岩井氏は「オフラインで売上をあげるのではなく、客とのつながりをつくって、オンラインに引き込んでいく。マネタイズはあとでも構わないと考え、オフラインに進出していると見るべきだ」と指摘する。
オフライン企業がECに力を入れるのではなく、デジタルによって客とのつながりをつくる。オンラインとオフラインを行き来するカスタマージャーニーを把握し特別の購買体験を提供し、オンラインとオフラインで丁寧に顧客時間を設計する――。奥谷氏はこう指摘したうえで、オフラインでもオンラインでも、単なる買物の場ではなく、エンゲージメントを生む場をつくり、そこで優れたつながりを客とつくり、それをプロモーション戦略や価格戦略、商品戦略に生かしていくという考え方が必要だと話している。