新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、生活者の購買行動は大きく変化した。多様化する顧客ニーズに対応するための購買データの利活用とその重要性について、東急ストア デジタルマーケティング部担当部長の西野浩氏、フェリカネットワークス プロダクト&サービス部レシートサービス推進課マネジャーの橋場仁氏に話を聞いた。
コロナ禍以降の購買変化の把握に有用な購買データとは?
―― コロナ禍における顧客の購買行動の変化についてのご認識をお聞かせください。
西野 弊社は東急線の駅前やグループ S C 内立地の店舗が多く、通勤・通学帰りなど流動性の高いお客さまが他社に比べて多いことが特徴です。コロナ禍以降、このタイプの客層は大きく減少しましたが、一方で今まで他社の店舗を利用されていた足元商圏のお客さまが来店されるようにもなりました。
コロナ禍の購買行動の変化として、まとめ買いが挙げられます。東急カード会員の動向を見ますと月7回程度利用するお客さまは月4回程度まで来店頻度が落ち、まとめ買いをされていることがわかります。さらに駅前立地で駐車場がない店舗も多く、これまでは平日の売上のほうが高かったのですが、コロナ禍以降、ご家族でまとめ買いをされるケースが増え、週末の売上が上回るようになってきました。
―― このような変化に対し、どのような対策を講じていこうとお考えでしょうか?
西野 ワクチン接種も進み外出する方が増えたことで、流動性の高いお客さまも一部戻ってきましたが、新しい生活様式に慣れつつある今、19年以前の水準に戻ることはないという予測を立てています。
今回のコロナ禍により、私達は何者でどんなお客さまのどんなニーズに応えることで支持をいただけるのか、あらためて気付かされました。そのような当社の強み、他社との差別化ポイントについて、各種データを活用しながら M D や販促、サービスに生かしていく必要があると考えています。
―― 東急ストアのデータ分析の体制および指標とするKPIがあればお聞かせください。
西野 当社は1年前にデジタルマーケティング部を立ち上げました。データ分析は大きく2つに分類され、1つは外部データである調査会社さまのパネルデータやメーカーさま・帳合(卸)さまからの POSデータと自社POSを比較し、自社のMDがトレンドと乖離していないかPDCAを回す方法。もう1つは、他社との差別化戦略として行っている東急ポイントおよび楽天ポイント会員の購買行動の分析です。
1つめの方法は、トレンドを知るうえで重要ですが、それだけでは他社との差別化が図れず同質化してしまうため、優良顧客であるカード会員の購買行動を分析し、損なってはいけない部分をはっきりさせ、自社のポジションを確立することにも力を入れています。
KPIは、ユニークユーザー数、ユニークユーザー内のいわゆるロイヤルユーザー数、足元商圏内のシェア率、離反者を減らすための2カ月連続利用による定着率などを指標としています。
橋場 コロナ禍以降、客層が変わり、自社の支持理由がわからなくなったというリテールさまのお話をよく耳にします。これまでのようにチラシやクーポンによる集客が難しくなり、お客さまも特売を期待するというよりは、純粋に自分にとってそのお店に行く意味や価値があるかで来店しているのではないでしょうか。そんなオーガニックで来店される顧客が、自社・他社を含めどのような購買行動をとっているのかをデータで理解することは非常に大きな意味があると思っています。
西野 そうですね。コロナ禍においては、まとめ買いなど新たなニーズもあり、これまでのように来店頻度を上げる、バスケット単価を上げるといった施策だけでは不十分です。当社のお客さまが何を求めているのか、一方で、競合の店舗に何を求めているのか、データを比較しながら自社の強みを見つけ、当社を支持してくださる優良顧客の満足度向上につなげていけたらと考えています。
橋場 非常に共感できます。私どもでは人を起点としたレシートから見える店舗の買い回りデータを利活用し、顧客が自店舗に何を求めているか、自店舗以外でどんな買物をしているかといった分析をリテールさまやメーカーさま向けに提供しています。
IDレシートの利活用でチェーンや業態を横断した幅広い分析が可能に
―― フェリカネットワークスが掲げる IDレシートマーケティングについてお聞かせください。
橋場 当社では人に紐づいた毎日のお買物レシートを、「IDレシートデータ」と呼称しご提供しています。通常のPOSは自店舗の購買データのみ、外部データの多くが限定的な範囲の情報開示となるのに比べ、当社の IDレシートデータは、異なる店舗での購買や併買、継続購買やブランドスイッチなども把握できるため、商品や店舗との真のエンゲージメントや、顧客の嗜好やライフスタイルがわかることが利点です。
IDレシートデータの特徴として、1 つめは人軸で店舗・業態・商品カテゴリーまで横断的に購買分析ができる点、2つめはJANコードのない弁当・惣菜・カウンターフードに加え、外食での注文メニューデータも見られる点、3つめとして家計簿としてアプリに記録されたレシートのため支出のほとんどが登録されており、ポイントや報酬によらない自然な購買がユーザーの許諾によってマーケティングデータとして活用できる点が挙げられます。
このIDレシートデータを直観的に使えるBIツールでは、クラスタ分析のようなマクロ視点でも、ロイヤルユーザーにフォーカスしたカスタマージャーニー分析のようなミクロ視点でも見ることができます。その他、外食⇔中食⇔内食のスイッチトレンド、特定チェーン利用者の併用店舗や購入カテゴリー比率など、自社のニーズに合った分析を行うことができます。今はメーカー企業さんでのご利用が主ですが、西野さまがおっしゃったとおり、リテールさまの変化分析にも役立つのではないかと思っています。
―― IDレシートマーケティングは小売業にとってどのようなメリットがあると思われますか?
西野 個店レベルでの他社の購買データは非常に興味深いですね。たとえば商圏内の自社の利用者が競合他社の店舗でいつ、何を購入しているかが判明すれば、自店舗の品揃えや価格に生かすことができます。立地以外での部分で競合他社に対しどのような勝負を仕掛けるのか、他社のデータと自社のデータを比較することで、いろいろと打ち手が変わってくるかなと。
ただし、外部データとの比較を行う際、自社POSおよびバイヤーの感覚とずれてしまうと、そこで齟齬が生まれてしまうため、データの精度やボリュームといった点は重要ですね。さらに売場や M D を変更しただけでは不完全で、変更したことをどうやって対象者に知ってもらうか、といった顧客へのリーチ策も必要になると思います。
橋場 たしかにそうですね。当社のIDレシートデータは、継続利用基準を満たすアクティブユーザー 3万人のレシートを正確に手入力後、200チェーン/325 万商品を有する独自レシートマスタと突き合わせてデータ化しています。各チェーンの生鮮・惣菜まで分類しており、外食も含めた他チェーンもまたいで網羅的に見られる点は、他のデータにはない優位点です。また、リーチ策についても、アプリ利用者内のターゲットに対して販促等を仕掛けることができるため、分析結果に基づくCRMにも活用できます。
西野 CRMまでできるのもいいですね。
橋場 このようなデータをメーカーさまが提案にご利用されることについてはリテールさまとしてはどのようにお感じになりますか?
西野 外部も含めて広く見られるデータを使った提案は、ありがたいですね。
―― 最後に今後のデータ分析と顧客満足度向上についてお聞かせください。
西野 当社のデータ分析のノウハウはまだまだですし、さらに言えば分析はあくまで通過点で目的はそのデータをどう活用するかにあります。現段階で至らない点も多いですが、さまざまな購買データを活用しながら、最終的には売上の貢献や集客、顧客支持の向上につなげていきたいです。
橋場 IDレシートデータは既存のデータだけでは見えなかった事実を見える化でき、リテールさまでは自店・他店の支持理由分析や売り場改善とCRM、メーカーさまではリテールさまの状況分析やそれを踏まえた提案など幅広く活用できる可能性を持つデータです。顧客支持を獲得するための新たなファクトデータとして、多くの企業さまにご活用いただけたらと思います。