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第4回 いまアメリカのスーパーでポイントプラグラムが見直されている理由

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顧客が買い物をする度にポイントを付与し、貯まったポイントによる割引やリワードを提供し、自社のエコシステム内でさらに多くのお金を使ってもらうプラグラムは目新しいものではない。しかし今、米国小売業界でポイントシステムが見直され、ディープラーニングを加味したDXが盛り上がりを見せている。顧客購買パターン分析に基づいて機能するポイントアプリを中心に、自動化された提案で客とのコミュニケーションを最適化し、エンゲージメントを最大化させるのが特徴だ。ポイントプログラムを活用したDXの実例や特徴を解説する。

新たなポイント付与競争
狙いはコミュニケーション

 米小売業界では2021年に入り、ウォルマート(Walmart)、クローガー(Kroger’s)、アルバートソンズ(Albertsons)、ハイヴィー(Hy-Vee)、ハリスティーター(Harris Teeter)をはじめ、大手や中小スーパーマーケット(SM)チェーンにおいて、太っ腹なポイント付与競争が起こっている。

 米国では2020年に食品価格が前年比2.6%上昇するなどインフレ傾向が強まっており、毎日使う日用品や食品に対する消費者の節約志向が強まっていることが背景にある(Progressive Grocer誌)。

米小売業界では2021年に入り、ウォルマート、クローガー、アルバートソンズをはじめ、大手や中小生鮮SMチェーンにおいて、太っ腹なポイント付与競争が起こっている。i-stock/FG Trade

 この物価上昇による節約志向を、顧客とのコミュニケーション最適化に活用しようというのが、各社のポイントシステムの狙いだ。プログラムの位置付けは、①究極のDXとしての、アプリダウンロードを前提とした人工知能(AI)マーケティング、②オムニチャンネルにおけるエンゲージメント増加、③顧客コミュニケーションの最適化、④さらなるデータ集積と活用、⑤宅配のプロモーションツール、などが挙げられる。

 ポイントDXが上手く機能している例として、全米に2,278店舗を展開する生鮮第2位のアルバートソンズと、傘下のセーフウェイ(Safeway)共通の「For Uポイントアプリ」がある。本稿では、このアルバートソンズを例にとり、分析してみたい。

アルバートソンズ(Albertsons)傘下セーフウェイ(Safeway)の「For Uアプリ」ホーム画面。

 セーフウェイの通常会員であり、毎週の買い物に利用する筆者は、当初For Uには興味がなかった。だが、アプリで提示される値引き率が新聞の折り込み広告や通常会員割引価格よりも格段に優れているため、2021年1月から利用するようになった。通常会員が「シルバー」レベルであるとすれば、アプリ会員は「ゴールド」のイメージである。

 たとえば、店頭価格が6ドル99セントという946ミリリットル入りのアイスクリームの商品がある。筆者のような通常会員は50セント引きの6ドル49セントで買えるのだが、店頭popには、「アプリをダウンロードした会員には、1個3ドル20セントでご提供します!」と大きく表示されている。「お1人様4個まで」などの制約はあるが、4個購入すれば通常会員割引が合計2ドルに対して、なんと合計12ドル80セントもおトクになる。

「次回の来店で10ドル以上のショッピングをすれば10ドル引き」など太っ腹なディールでハートをつかむ。

 こうしたおトクな内容に加え、1ドルの買い物につき1ポイントが付与されるシステムで、人数の多い家庭ほど早くポイントが貯まる。日常の買い物でいつの間にか、商品交換レベルに達している感覚である。たとえば、2~3週間分のショッピングで200ドル使えば、「500ミリリットル入りのミネラルウォーター24本入り(店頭価格4ドル30セント)が無料」などの優待が受けられる。このようにアプリの明確な差別化を図ることで満足感を与え、エンゲージメントとブランド忠誠心を高めることができるのだ。

 この結果、2021年3~6月期のFor U会員数は前年比18%増加し、2670万人に達した。売上も同時期に13%アップし、既存顧客維持率は94%と好成績を記録した。エンゲージされた顧客は、通常の顧客の4倍のお金をアルバートソンズに落とす。

 思い切った割引とポイント付与の組み合わせでユーザーのリピート率を高めるアルバートソンズはさらに、テック大手のGoogle と提携し、AIを活用した対話型ショッピング、予測機能を活用した食料品購入リスト作成、Googleマップを活用した地元密着型のショッピングマップなどの機能をFor Uアプリに埋め込んでいる。顧客の買い物データを集積し、アプリのプッシュ通知やメールで、顧客の好みに基づいて予測されるお買い得情報を届けるためだ。

顧客の好みを学習したAIの提案に基づき、届いたクーポン。「Clip deal」で適用を受ける。

 筆者の場合、「アイスクリーム好き、サラダを毎週購入」というパターンをAIが学習済みであるため、定期的にそれらの商品のFor U限定のクーポンが届く。また、「バターをおよそ1か月半ごとに、ドレッシングを3週間ごとに買う」という行動も知られており、そうした商品を切らしそうになるタイミングで、好みのブランドのクーポンが送られて来る。

 こうした形のアプリ内限定の顧客とのつながりは、「コロナワクチンの記事をスマホで読もうとしたら、セーフウェイのアイスクリーム割引のクーポン広告が表示された」というような、気持ち悪いハイパーパーソナライゼーションにならないため、受容されやすい。

生鮮宅配の入り口機能
オムニチャンネルで逃がさない

 アプリを中心としたポイント制度は、実店舗における顧客の使用額を増やせるだけではない。米国のSMは、次世代型のショッピングとして、現段階では利益度外視で生鮮宅配をプッシュしている。その中でポイントアプリは、宅配の入り口としての重要な役割も担っている。

 For Uアプリでは商品名やカテゴリー別の検索ができ、まるでアマゾンのサイトで買い物をする感覚で、商品をカートに加えてゆくことができる。そして、チェックアウトの段階において、「宅配」「店頭受け取り」「店頭支払い」などのオプションが提示される仕組みだ。登録したクレジットカードや非接触型決済などの方法でワンタッチの支払いもできる。

 宅配には、オーガニック製品5%引き、無料のスターバックス商品券など、通常よりもより魅力的な値引きが加えられ、顧客のデリバリーシフトを促している。その便利さから離れられなくなった顧客は、月額12ドル99セント(初月無料、2021年中はさらに毎月5ドル引き)、あるいは年額99ドルのFreshPassデリバリーサービスを利用し続けることになる。顧客にとっては、ポイントを貯める機会が増えることになり、ウィン=ウィンだ。

 一方、実店舗と宅配の買い物データは、突き合わされ、さらに解析が加えられることで、商品提案がよりきめ細かくパーソナライズされてゆく。リアル店舗とオンラインの両方でエンゲージメントと追跡を途切れさせないところが、従来型のポイントプログラムとの違いであるといえよう。

 翻って、ユーザーから見た問題点としては、①いちいちクーポンをクリップしなければならない不便さなど、売り手目線のアプリ設計、②クリップしたクーポン割引が適用されないミスなど、プログラムの不具合、③ポイント引き換えで無料入手できるはずの商品が、他の顧客も狙っているため往々にして欠品、などが挙げられる。また、チェーン側にとっては、全体の売上が伸ばせるが、大幅割引でマージンが縮小するデメリットがある。ディスカウントに慣れた顧客を、いかに「店頭価格レベル」に誘導して戻すかも、チャレンジだ。

 しかし、全体的に見れば、思い切った割引と魅力あるポイント引き換えのオプション、さらに宅配やオムニチャンネルの利便性をうまく組み合わせることで、AIを中心とするデータ集積・解析・利用のDXが、正のサイクルに乗った例といえる。インフレ進行に伴う節約志向を、DXに活かす事例として注目されよう。