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中国ITの巨人・アリババに吹きすさぶ逆風 ジャック・マーの”雲隠れ”よりも注目すべき重要な論点とは?

中国を代表するIT企業・アリババ(Alibaba)をめぐって、昨年後半からネガティブなニュースが相次いでいる。11月に予定されていた、系列の金融企業アントグループ(Ant Group)の新規上場は延期、12月には「独占的行為」に対する規制当局からの調査を受けた。一連の流れはジャック・マー氏による当局への批判的な発言が引き金になったと見る向きもあり、さらに同氏がそれ以降公の場に一切姿を見せていないことから、「当局による拘束」を疑う声も出ていた。稀代のイノベーターであるジャック・マーの動向に目が行きがちだが、注目すべきは中国EC市場全体の”変化”にある。

消息不明から一転、ゴルフに興じる姿が

上海でのフォーラムで当局に対する批判的な発言を行ったジャック・マー氏(写真は配信動画のキャプチャ)

 昨年末から憂慮されていたジャック・マーの消息については、新たなニュースがあった。テンセント(Tencent)系メディアの「騰訊網」が報じたところによると、年明け1月15日、中国有数のリゾート地である海南島の三亜(サンヤ)においてゴルフを楽しんだようだ(編集部注:その後ジャック・マーは、1月20日に開催されたオンラインイベントに参加したことが中国メディアで報じられている。公の場に姿を現したのは88日ぶりとされる)

 巷では、昨年10月25日に開催された「上海外灘金融フォーラム」で、ジャック・マーの講演内容に中国当局を批判するような内容が含まれていたことで、11月5日に予定されていたアントグループの上場が延期されたとみられている。そしてそれ以降、ジャック・マーが姿を見せないことから、当局との対立や拘束の可能性まで指摘される事態となっていた。しかし今回の報道で姿が確認されたことで、ひとまずジャック・マーと当局との関係悪化を煽る記事は沈静化すると思われる。

 普通に考えれば、史上最大規模のIPOとして世界から注目を集めたアントグループの株式上場が直前に延期となり、ジャック・マーの立場としては当局を正当化することも批判することもできず、メディアを遠ざけ蟄居(ちっきょ)生活を選択したのは至極当然であろう。

上場直前に「アントフィナンシャル」から「アントグループ」に社名変更した理由

アントフィナンシャルは上場直前にアントグループに社名を変更。金融業としての指定を避けたいねらいがあったとみられる

 さて、ジャック・マーのこれまでの動静の真相は後日談に譲るとして、アントグループやアリババを取り巻く今後の環境の変化について、注目すべき点を整理しておきたい。

 アントグループをめぐってはかなり以前から「テクノロジー企業なのか金融企業なのか」という議論が展開されてきた。もともと、アントグループは自らをフィンテック企業と名乗らず「テックフィン」を標榜し、上場直前の2020年6月22日には「アント・フィナンシャル(Ant Financial)」から「アント・グループ」に社名を変更。”金融色”の強い看板を下ろし、テック企業としての立ち位置を鮮明にさせた経緯もある。もちろん、上場時に金融機関として評価されるよりも、テック企業として評価された方が高いバリュエーションを期待できるだろうという、株主との間の”大人の事情”があったのも事実だろう。

 しかし社名変更のねらいは、時価総額の最大化にはない。金融機関として金融行政の規制に置かれるか、テック企業として比較的自由に行動するかを天秤にはかった結果というのが本質である。

「老人クラブ」発言は上場延期以降の流れを予期したものか

 緩やかな規制環境のもと革新的なビジネスモデルを創造してきたアントグループにとって、金融事業者として認定され金融当局の管理下に置かれることはどうしても避けたかったというわけである。ジャック・マーは外灘金融フォーラム以前から、アントグループに対する当局からの風当たりが強くなっている点を感じ取っていた節がある。

 そして同フォーラムの冒頭でジャック・マーは、「テクノロジーと金融業が融合する未来を描く責任を担う者として腹をくくり、自らの考えを語ることにした」という趣旨の言葉を述べたうえで、件(くだん)の中国の金融規制システムに対する「老人クラブ」発言に至った。まるでその後のアントグループの上場延期の流れを予期するかのような語り口だったのである。

 結果として、12月26日に当局からアントグループに対して5つのアジェンダが示され、今後同社は必要な金融ライセンスを取得したうえで、「金融事業者」として当局の規制に従うこととなった。現在、社内では対応チームが設置され、金融機関としての再上場をめざし準備をしているところだ。

大打撃を被ることになったアントグループのキャッシング事業

 しかしこれによって、ビジネスモデルの変更が不可避な情勢となったのが、アントグループの重要な収益源であるキャッシングサービス「借唄(Jiebei)」である。アントグループでは、同社の決済サービス「アリペイ」ユーザーの信用情報をスコアリングし、それをアリペイのプラットフォームに参加する金融機関に提供している。それにより、キャッシング事業を効果的に運用してきた。同時にABS(Asset Backed Security:資産担保証券)を活用することでオフバランス化を実現し、高レバレッジを活用した効率的なビジネス成長を実現してきたのだ。

 しかし今回、アントグループが金融機関に指定されることで従来のビジネススキームにメスが入ることとなり、アントグループが以前のような成長スピードを維持できる可能性は極めて低くなったととらえられる。今後は金融規制の枠内で成長軌道を描くことを余儀なくされ、アントグループが革新的なビジネスモデルのもとで期待された時価総額を実現するためには、多くの時間と労力を必要することになりそうだ。

 その一方で、国内経済のリスクをコントロールしなければならない中国金融当局の立場からすれば、早い段階で将来大きな不安要素となりかねないリスクを上場前のギリギリのタイミングで対処できたことになる。それはそれで、投資家保護の観点からすれば正しい判断だったとも言えるだろう。

アリババ全体の成長にも陰りが…

 さて、アリババ本体の成長についても気になる点が存在する。それはアリババグループの本丸とも言えるEC領域での最近の動向だ。

 まず株価動向を確認しておきたい。アリババの株価は201月時点で238ドルほどであったが、1年後の21年1月15日時点でも242.6ドルとほぼ横ばいなのである。多くのIT企業がコロナ禍を上手に乗り切り成長を実現しているなか、アリババがコロナ禍で株価上昇を達成できていない点を不思議に感じる人も多いのではないだろうか。

 実際、アリババのライバル企業たちの株価は好調に推移している。例えば京東(JD.com)は、とくにハイエンド市場での堅実なアフターサービスや物流網の強さでユーザーの支持を拡大。株価は201月時点の39ドルから87.77ドル(今年1月15日時点)2倍強の躍進を遂げている。

 さらに、EC業界3位の拼多多(Pinduoduo)に至っては、201月時点で38ドル程度だった株価は161.2(1月15日時点)2/1/15)ドルと4倍以上の上昇を見せている。この株価上昇には数値的な裏付けもある。拼多多の2020年第3四半期(7~9月)を確認すると、アクティブバイヤー数は同年9月末時点で73100万人に達し、直近1年間で2億人増加(36%増)。流通取引総額(GMV)は対前年73%増、営業収益は同89%増と驚異の成長を遂げている。

アリババに逆風が吹く中、拼多多など業界2位以下の新興勢力が大きな成長を果たしている

 もっとも、アリババも同時期(7~9月)には売上を29%伸ばし業績好調を維持しているが、勢いは拼多多に分があると言える情勢なのだ。

 実は、筆者もコロナ禍において初めて拼多多を活用したが、リーズナブルな価格設定にも関わらず商品・サービスに不満はなく、拼多多が持つ「安かろう悪かろう」のイメージを覆されたユーザーの一人だ。周辺を見渡しても、この1年の現象として、かつてアリババ系のタオバオ(Taobao)のコアだった都市部のハイエンドユーザー層が拼多多を再評価している声をよく耳にするようになった。

新興勢力にとってはまたとないチャンス到来か

 アリババはここ数年、クラウドコンピューティング、フィンテック、ニューリテールなど多角的にその事業領域を拡大してグループ成長を進めてきた。その流れの中で、ECで獲得したユーザーを基盤としてアリババ経済圏が成立していることは揺るがない事実である。今も中国のEC市場ではアリババが圧倒的な存在感を維持しているが、勢いを増してきた新興勢力にアリババがどう対峙していくかは、将来を占う上で重要な論点となりそうだ。

 いずれにせよ、アリババが少しでも隙を見せれば、虎視眈々とチャンスを伺う新興勢力がそのチャンスをモノにしようと攻め込むことは確実だ。結果として、中国IT企業が全体としてハイレベルな次元で覇権争いを展開していくことが予想される。アリババが今後も圧倒的地位に君臨し続けるのか、あるいは新興勢力にその座を明け渡すこととなるのか目が離せない状況が続きそうだ。