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インフレ時代の命運を分ける? 米大手小売がこぞって「在庫」を増やしている背景とは

2021年7月から毎月、対前月同月比ベースで10%超のペースで拡大し続けていた米国の小売売上高が減速基調となっている。国内小売と同様に、コロナ禍に伴う巣ごもり需要によって業績が好調に推移した米国の大手小売各社では、サプライチェーン整備に力を入れてきた。感染拡大が沈静化した一方で、物価高やウクライナ情勢といった新たな課題が浮上する中、議論になっているのが「在庫」に関する問題だ。
取材協力=高島勝秀(三井物産戦略研究所)

thitivong/iStock

売上高の伸びを上回り在庫が増加中

 6月15日に発表された2022年5月の小売売上高は、対前年同月比6.9%増と3カ月連続の増加となっているものの、同月の消費者物価指数(CPI)は8.6%増と、3カ月連続でCPIが小売売上高の伸び率を上回っている(図表①)。ガソリンや食料品といったグローサリーの価格が上昇し、家計への圧迫が強まっていることが、消費の陰りの主因に挙げられている。

図表①

 日本国内と同様に、コロナ禍では外食や旅行といったサービス消費から物販へ需要がシフトし、米国の大手小売企業の業績は好調に推移した。

 サプライチェーンについては、入荷までに要する通常よりも長いリードタイムに対応すべく、発注量を多くしたり、自らコンテナ船をチャーターして混雑する到着港を回避したりするなど、大手小売各社は独自の商品調達を積極的に行ってきた。

 だが、消費が落ち着いてきた足元では、消化されていた在庫が積み上がってきており、在庫の増加率が売上高の伸びを大幅に上回るようになっている(図表②)。

「在庫」に対する考え方が変化?

 そうした中、米国の大手主要小売は、混乱が続くサプライチェーンへの対応を進めている。たとえば、港湾に隣接する保管スペースの追加、あるいはより多くの在庫を貯蔵し、かつ拠点間の輸送距離を短縮するなどの目的で、物流センターの増設を進めている。

 これについて、三井物産戦略研究所の高島勝秀氏は、「在庫を必要最小限に留める『リーン』な状態から、欠品による販売の機会損失を防ぐために安定在庫を保持する『スラック』な状態へ、在庫に対する捉え方の変化が生じている」と指摘する。

 物流拠点を多く点在させる施策は、コロナ禍以前からECと実店舗を展開する小売企業を中心にこれまでも取られてきた。だが、コロナ禍と足元のウクライナ情勢下では輸送効率に加えて、「安定在庫の保管」という面も考慮され、その動きがいっそう加速している。

 増大する在庫に関しては、米国ではそれ自体を問題視する論調がメディアで散見される。だが前述の理由から、「(米小売各社が進める)在庫確保の施策はむしろ真っ当な経営判断である」と高島氏は話す。

 また、在庫をさばくには価格を下げて販売することとなるが、米国の大手主要小売企業は、ウォルマート(Walmart)を筆頭に価格訴求型のプレイヤーが多く、インフレ状況下では顧客ロイヤリティを高めるチャンスとも捉えられる。

 もちろん、企業側は売価を下げるため利益を圧縮することとなる。その一方で、「販売予測や販促計画をより精緻に行い、コスト管理の徹底や、粗利益率の高いプライベートブランド商品の開発などで、利益確保を図る動きが活発化することも考えられる」(高島氏)と見る向きもある。

 サプライチェーン混乱やインフレという、小売業には逆風の状況でも、売上拡大を図りつつ利益確保を行えるかは各社の施策次第であり、その遂行度合いで優勝劣敗がより鮮明になりそうだ。