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米インスタカートも本腰! 大手流通も続々参戦する「リテイルメディア」戦略とは何か

世界最大級の小売業界向けイベントであるショップトーク(ShopTalk)が2022年3月27日~30日にかけて、2年ぶりにラスベガスで開催された。「Retail‘s Big Reunion(小売業界の大同窓会)」と銘打った本イベントは参加者1万人以上、650社のスポンサーが名を連ね、過去最大規模の開催となり、小売企業、アナリスト、投資家など世界中の小売関係者たちの熱気に溢れ、今まで以上の賑わいを見せた。
本稿では、メインステージで行われた基調講演の中でも話題性の高かったインスタカート(Instacart)の、加えて米国で「リテイルメディア」が注目されている理由について、現地でイベントに参加した日商エレクトロニクスUSAの榎本瑞樹氏が解説する。
構成=崔順踊(リテールライター)

インスタカートCEOのフィジー・シモ氏(提供:日商エレクトロニクスUSA)

インスタカートCEOが講演で語ったこと

 インスタカート社は食料品の宅配サービスを展開しており、米国でも浸透している。ショップトークの講演に臨んだFidji Simo(フィジー・シモ)氏は2021年7月にインスタカート社CEOに就任した人物で、前職ではFacebook(現Meta Platforms)のアプリ開発責任者を務め、広告事業でも実績を持つ。

 インスタカートは過去10年間、オンライン買物代行サービスを主に提供してきたが、ここ3~4年は広告事業で大きな成果を上げている。21年にIPO(新規株式公開)を行うと注目されていたが、延期が発表されていた。また、ショップトーク直前の3月25日には評価額を390億ドルから240億ドルへ大幅に引き下げたことが発表されており、同社への関心が高まっていた。

 それらへの回答として、フィジー・シモ氏は講演の席上で「長期的に優れたビジネスを構築し、小売業を支援することに集中したい」という将来の展望を語り、そのために「Instacart Platform(インスタカート・プラットフォーム)」が必要であることを明言した。IPOを現時点で行わない理由としては、「このプラットフォームを構築するために優秀な人材を確保せねばならず、その優秀な人材が同社でIPOを行う事によって、多くのアップサイド(利益が発生する可能性)を得るためだ」と述べている。

インスタカートの今後のビジネス構想

 イベント終了後、インスタカートは今後のビジネス構想についてプレスリリースを発表している。ここには5つの構成要素からなるインスタカート・プラットフォームの概要が示されている。

 その1つ目は商品の検索・決済・リワードの提供を行う「Eコマース」、2つ目は「フルフィルメント(Carrot Warehouse)」である。同社がナノフルフィルメントセンターを運営管理し、最短15分での配送を支援する仕組みで、今後アトランタとマイアミにおいてサービスを提供する予定としている。

 3つ目は「インストア(In-Store)」で、具体的にはAIを活用したスキャンレスショッピング、「Caper Cart(ケイパーカート)」などのコネクティッドハードウェアによって、実店舗における買物体験を向上させる支援を指す。

 4つ目は小売メディア事業の立ち上げを容易にすることで、小売企業に新たな収益源を提供する「広告(Carrot Ads)」である。広告は今後同社が最も注力していくポイントであると思われる。

 インスタカートは現在、これらをグッドフードホールディングス(Good Food Holdings)やパルムマーケット(Palm Market)といった中規模のスーパーマーケットチェーンで試験的に導入しており、今年後半からはより広範囲に展開する予定である。同社はプラットフォーマーの役割を担い、同サービスを使うお客がメディア事業に取り組み、ここから得られる収益が中規模チェーンに還元されることをねらっている。後述するが、すでにウォルマート(Walmart)が行っている新しいビジネスと同様のモデルである。

 5つ目は、商品の人気度、商品の相関性、注文サイズ、配送時間、配送評価などを可視化し、小売業者の業務を最適化する「インサイト(Carrot Insights)」である。

「リテール・イネーブラー」をめざす!

 フィジー・シモ氏は「Instacartのプラットフォーム事業は損益分岐点に達するが、利益率の高い「リテイルメディア」事業は、次の時代に向けて会社を前進させる特別な利益を生む」と述べている。

 このように、創業期から主軸として行っていた一般消費者向けの買い物代行サービスアプリの提供であるBtoCのビジネスモデルから、今後は小売業向けのリテールイネーブルメント・プラットフォーム、つまり小売業を広告事業によって成功へと導くBtoBのビジネスモデルへと大きく舵を切ることを明言している。

 IPOを急がない理由として「私にとって重要なのは上場する会社が、私が打ち出したビジョンを反映する会社であることを確認するため」という言葉からもわかるように、リテール業界のイネーブラー(後援者)としての新しいビジネスモデルによって、市場や投資家に認められ、上場を果たしたいという力強いビジョンが語られていた。

「リテイルメディア」が米国で注目されている理由

 米国ではアマゾン(Amazon)のリテイルメディア事業における成功を皮切りに2019年頃からウォルマート、ベストバイ(Best Buy)、クローガー(Kroger)などが追従する動きを見せている。これした動きは、小売業のビジネス領域が広がり、競争が激化しているという背景がある。

 米国でのリテイルメディア事業におけるシェアでは、Amazonが77%を占めており、次いでウォルマートが5.4%となっている。ウォルマートについて具体的に述べるならば、自社内のメディアネットワークである「Walmart Connect(ウォルマート・コネクト)」にてコンテンツやメディアを内製し、広告プラットフォームを運用している。ウォルマートのリテイルメディア事業における21年の広告収入は21億ドル、日本円で約2680億円(1ドル127円で換算)であった。

 このように、米小売業はモノを売るだけではなく、リテイルメディアや金融商品へとビジネスを多角化している。リテイルメディアと言えば「Eコマース内の広告」というイメージがあるが、店舗のデジタル・トランスフォーメーション(DX)とも連動・融合可能という点で、足元ではより注目を集めるようになっている。

 顧客のファーストデータを取得し、パーソナライゼーションを進めるうえでも、小売業が自らエンドユーザーとつながり、店舗の会員基盤を活用することや、スマホアプリ・ECサイト等と連携することは重要だ。

 テレビ以外の広告宣伝費におけるリテイルメディアの割合を増やすことが米国では必要不可欠となっている。単刀直入に言うならば、リテイルメディア事業への参入は、小売業における生き残りの要件となっていると言っていい。

 日本国内においても、サードパーティCookieが23年に廃止されることからも、小売業にとって、リテイルメディアは真剣に取り組まねばならない喫緊の課題となるだろう。