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Mr. CHEESECAKE田村浩二社長に聞いた、“人生最高のチーズケーキ”の現在地

流通業界の注目企業の経営トップをリレー形式で取材する本連載。第3回に登場するのは、「人生最高のチーズケーキ」「幻のチーズケーキ」で知られるMr. CHEESECAKE(ミスターチーズケーキ)の田村浩二氏だ。連載第1回に登場した10Xの矢本真丈社長CEOと公私で関係が深いという田村氏は、料理人として長年経験を積んだ後に、D2C企業を創業した異色の経歴の持ち主だ。田村氏に創業の経緯や今後の展望について話を聞いた。

創業5年目を迎えたMr. CHEESECAKE(写真は同社メディアキットより)

本当によいものをオンラインで届ける世界

──Mr. CHEESECAKEを設立した経緯を教えてください。
田村 私がまだレストランで仕事をしていたときのことです。母がお店に来て食事をした後に「おいしかったけどよくわからなかった」と言ったことがありました。色々なお店で修行し、世界的な料理の最先端も見て表現をしていたのですが、一番身近な存在である母がまっすぐに「おいしい」と感じられなかったことがどこかでひっかかっていました。

そうした経験から、「誰が食べてもおいしく、どこよりもおいしいものをつくれないか」と考えるようになり、仕事の傍らプライベートで自分が最も好きなチーズケーキをつくりSNSに写真をアップするようになりました。すると、それを見た人から「食べたい」という声が寄せられるようになり、実際にチーズケーキを販売するようになったのがきっかけです。

──そこから事業化に至ったきっかけは何だったのでしょうか。
田村 最初はInstagramのDMで連絡を受けていましたが、注文が殺到し、最初の3週間ほどで対応できなくなってきました。私は求められると応えたくなる性格なので、睡眠時間を削ってつくる数を倍にしましたが、当時はレストランでの本業もありましたので、次第に対応できなくなっていきました。

こうした体験から、自分が思い描く料理人の新しい働き方や、本当によいものをオンラインで届けるという世界をつくれるのではないかと思い、創業に踏み切りました。

Mr. CHEESECAKEの田村浩二社長

「チーズケーキのためのスプーン」を販売する理由

──Mr. CHEESECAKEはD2C企業と言われることが多いですが、リアル店舗を持つ意義についてはどう考えていますか。

田村 最近は、「移動する」ことの負荷がすごく上がっている気がしています。どんな情報も瞬間的にスマホで手に入る時代に、わざわざ店舗に行くためには、「そこにしかないもの」がなければなりません。「この人に会いに行きたい」「この人から買いたい」といった、オフラインだからこその機能がしっかり備わっていないと、店舗に行く理由がありません。逆に、そうした理由づけができれば、リアル店舗は強みになると思います。

──D2Cとして成功するために重視されていたことはありますか。
田村 感謝の気持ちも含め、自分が考えていることをなるべくSNSで発信するようにしていました。僕たちは「時間をいただく」という感覚で商品をお届けしています。大切な人とちょっといい時間を過ごすために当社のケーキがあって、それを食べるためにちょっといいコーヒーを飲むといった具合に、総合的な体験や時間の価値の素晴らしさみたいなものを届けたいと思っています。

──Mr.CHEESECAKEのオンラインショップでは、チーズケーキだけでなく、“Mr. CHEESECAKEのためのスプーン”としてチーズケーキ本来の味わいを引き出すというスプーンも販売しています。ユニークな取り組みですが、どのような考えで行っているのでしょうか。
田村 レストランでは料理に合わせて器もカトラリーも変えられますが、D2Cではそこまで踏み込むことができません。どんな家庭でも「一番おいしいと思える状態」で当社の商品を食べてもらい、より良い時間を過ごしていただきたい、そんな思いから僕たちなりの“接客”としてスプーンを扱っています。

買いたい人がちゃんと買える状態をつくるためには

──「幻のチーズケーキ」と言われるほど、以前のMr.CHEESECAKEのチーズケーキは「希少なもの」というイメージが定着していましたが、現在は以前よりも買いやすくなっています。生産体制強化の取り組みについて教えてください。
田村 2020年1月、会社を始めて1年目にキッチンを移転し、1年半ほどかけて生産体制を整えました。「いつでも買えるようにすることで、失うものがあるのではないか」という葛藤もありましたが、買いたい人がちゃんと買える状態をつくるほうが会社として正しいと考え、毎日販売できるような体制としました。

また、何度でもブランドをお楽しみいただけるよう「Tea Collection(ティーコレクション)という企画で新フレーバーのチーズケーキを追加したり、「Tam Lab.(タムラボ)」という企画でティラミスやガトーショコラなどチーズケーキ以外のスイーツを限定で販売したりするなど新たなチャレンジも始めています。毎日安定して買えるという便利さと、たまにしか出てこない商品のわくわく感を提案していきたいと考えています。

──アイテム数が増えると、顧客の幅が広がる一方、生産効率が下がるという問題が出てくると思います。
田村 そこは一番難しいところです。製造効率は大切だと思っているので、新しい商品をつくるとなると、チームの「練度」が違いますので、製造効率は当然落ちます。そうしたなかで、できる限り効率のよく、誰がやっても同じようなクオリティが出せるオペレーションを組むのが僕の仕事だと思っています。

たとえば、Tam Lab.から出しているガトーショコラやティラミス、ヌガーグラッセなどはすべて「イタリアンメレンゲ」といわれる種類のメレンゲを使っています。製造を重ねていくと、イタリアンメレンゲを製造する練度が上がっていきます。この効率が上がってくると、商品が異なったとしても、効率が下がりにくくなります。

商品開発では、メレンゲのような商品の軸となる「パーツ」を揃えて、味や食感が異なるもの、あるいは楽しみ方が違うものをつくることができれば、チームの練度を保ちながらお客さまにとって新たな体験が提供できます。そのあたりを上手く連動させながら、新たな味をつくっていきたいと考えています。

一時期は「幻のチーズケーキ」と言われたなかなか買えないことで有名だった同社のチーズケーキだが、生産体制強化などの取り組みが奏功し、現在は比較的買いやすくなっている(写真は同社メディアキットより)

製造効率をどう高めるか

──Mr. CHEESECAKEでは、どのような取り組みで製造効率を高めているのでしょうか。
田村 製造面では、スタッフ全員にタイマーを持ってもらっています。同じ作業でも日々タイムを計ることで自分の成長を確認することもできます。また、自分の作業時間が把握できるようになると、仕事が何分後に終わるかもわかるようになります。

そうすると、次にどの仕事をすればよいか考えることができるようになります。これを積み重ねることで、各メンバーの業務スピードを理解できるようになり、チーム全体のタイムマネジメントを考えることが可能になります。

そのほかにも、生地の温度をすべて書き示して、スタッフ同士で共有できるようにしています。気温の変化をはじめ、製造の細かいチューニングを担当者同士で共有しながらモノづくりをしていくと、製造効率だけでなく品質も飛躍的に上がっていきます。

──田村社長は「働き方」についても頻繁に発信されています。スタッフの働き方も商品開発などに影響しているのでしょうか。

田村 フードロスや食材廃棄問題など昨今はサステナビリティが話題になることが多いですが、「人のサステナビリティ」についてはほとんど語られていないのではないでしょうか。僕はそこが大事だと思っています。どんなにおいしいものでも、人に負荷がかからないとつくれないものは長続きしません。商品開発においてもこうした考えがベースにあります。

──創業から5年目を迎えるにあたり、今後の展望について教えてください。
田村 オンラインで食を購入するという行動は今後も伸び続け、将来的にはそれが当たり前の世界になると考えています。2022年はオフラインの重要性を改めて実感しましたので、現在はポップアップや実店舗など「オンラインが生きるオフライン」の在り方を考えています。また、会社設立時から海外進出したいと考えていましたので、2023年はアジアを皮切りに海外にどうやってMr. CHEESECAKEを届けるかを検討していきたいと思います。