長らく続いてきた日本の家族モデルが大きく様変わりしている。単身世帯が急増するほか非婚化も進む。今後、人々は家族で支え合うのではなく、個人と個人が見守り合う社会がやってくる。本多コンサルティング(東京都)の本多利範氏は「社会が大きく変化する時代にあり、小売業もいかにニーズに応えるかが重要だ」と話す。
本稿は連載「教えて本多利範さん!」の第5回です。
「おひとりさま政策課」を設置
かつて日本社会における重要な単位のひとつは「家族」だった。1978年の『厚生白書』を見ると、高齢者の約7割が子供世帯と同居し面倒を見ていた。経済的成功が改革を遅らせ、そんな家族モデルが固定化された。女性の社会進出の遅れは「失われた30年」の要因にもなった。
時は流れ、そんな日本の家族は一変した。現在、一般世帯に占める単独世帯の比率は38%にも上る一方、3世代同居は4.1%と限定的だ。かつて多かった「夫婦と子供2人」の世帯も1割を切った。さらに非婚化も進むうえ、結婚したカップルは3組に1組が離婚する。日本は「総おひとり様社会」に入ったと言えるだろう。
その中で「個人」を「孤独」にしない動きが見られる。
兵庫県尼崎市では、70〜80代の単身女性が同じ共同住宅で住む「近居暮らし」の取り組みを15年続けている。普段の生活は独立しているが、不足の事態が起きれば互いの部屋に駆けつける。互いの介護はしない決まりだが、仲間が近くにいてくれるだけで人生が充実したと参加者は感じているという。
神奈川県大和市は2021年、「おひとりさま政策課」を設置。交流の場の紹介や終活支援の各種施策を実施している。単身世帯が増える中、市民の孤立を防ぎ、最期のサポートをするのがねらいだ。
神奈川県横浜市の「すすきの団地」では2023年12月、高齢者支援の事業者などでつくる団体が、ある実証実験をスタートした。家族の支援を受けられない高齢住民に「アドボケーター」という支援者をつけるというもの。認知機能が衰えた場合の対応を、医療機関や介護事業者と協議する専門職だ。家族の代わりに、意思決定を支える存在として期待される。
これらのように「家族」が消えつつあるという社会の変化に対し、全国各地で「個」と「個」をつなげる活動がじわり増加する。
増える移動販売車
日本の「家族モデル」が崩れ、小売業には対応が求められる。ただ少子高齢化でトップを走る日本で顕著な傾向であり、世界に目を向けても同分野でまだ「勝ち組」は存在しないのが現状だ。
変化対応のための、重要なキーワードは「小商圏化」である。品揃え、価格、商品のサイズなど、これまで標準だったすべてを見直すことになる。いわば「ミニスーパー」のようなスタイルで、そこへ行けば日々、食を中心として日々使う商品が揃う業態が天下を取るだろう。
関連して思い出すのは米ウォルマート(Walmart)の動向だ。デリバリーサービス充実のため、各地に巨大な配送センターを建設したものの、すぐに施設を閉鎖した。小商圏の時代が来ることを想定し、人々が住む場所から近い店舗を拠点に配送する方針へと転換したのは興味深い。
こう考えると日本で有利な業態は、コンビニエンスストア(コンビニ)かもしれない。全国どこにでも、生活者の家の近くに店がある。その中、「セブン-イレブン」が「ワンストップショッピング」を掲げた店づくりへシフトする方針を打ち出したのは注目に値する。
注意すべきは、これまで小売業が追求してきたのは利便性であるという点だ。社会構造そのものが変化している状況からすれば、新たな機能を付加する必要がある。つまり商品をただ届けるだけでは不十分で、「コミュニケーション」が重要なテーマとなる。さらに今後、日本で急増すると見られる「買物難民」への対策もヒントになる。
たとえば家電量販店のヤマダデンキ(群馬県)は、移動販売車を使って、電球交換などの御用聞きをする新たなサービスを始めた。メガネチェーンのジンズも、お客のもとに出向く商品の移動販売車を走らせている。移動販売車が増える背景には、これからの小売に求められる重要な何かがあるような気がしている。
先日、『ライフシフト』(イギリスの組織論学者、リンダ・グラットン著)という本を読んだ。人生100年時代を迎え、新たな価値観、生き方について考えさせられる内容だった。「家族」が消失する新しい社会構造の中で、必要なのは人と人がつながって生きる「共生」。長い人生、人は皆、希望がないと生きていけないのだ。その中、小売業が果たす役割は大きいと思えてならない。
本多利範さんの書籍「お客さまの喜びと働く喜びを両立する商売の基本」
定価:1650円(本体1500円+税10%)
発行年月:2022年03月
ページ数:276
ISBN:9784478090787