アパレル産業に突き付けられた重い課題
デジタル・トランスフォーメーション(DX)の前に、アパレル産業はやるべきことが山ほどある—
そのため私はこれまで日本IBMで学んだこと、経験したことをあえて語ることをなかった。しかしコロナによるパンデミックは時計の針を激しく押し進めた。瀕死の重傷を負った百貨店に続き、ドミノ倒しのようにアパレル企業、商社、工場のバリューチェーンにまでその余波は及んでいる。
「倒産件数が過去最低」という数字に踊らされがちがだが、資本性劣後ローンの貸し出し、政策金融公庫の貸し出しも過去最高となっている。
つまり多くの企業は、北斗の拳風にいえば「お前は、すでに死んでいる」状態で、国の政策により生命維持装置がつけられているのだ。しかし、将来への借金は棒引きになる訳ではないし、米国では政策金利の引き上げが秒読み状態となっている。その余波は日本の株式市場にも現れ、企業の優勝劣敗がいよいよ明確になってくる。
そうした抜き差しならない状態のなか、アパレル業界に重く降りかかった課題がSDGs(持続可能な開発目標)と人権問題だ。この問題は、余剰在庫に端を発し、アパレルビジネスの舵取りをより一層複雑にしているわけだ。すでに、多くの企業はまともな状態ではないことを考えれば、こうした諸問題を整理整頓し、正しいDXについて避けて通るわけには行かなくなった。そこで、前回の西田武志氏に続いて、Ridgelinezで特に現場で企業改革のDXの最前線におられるマネージャーの入来祥穂氏にご登壇をお願いし、討議を通してこのDXとSDGsについて語りたいと思う。
なぜいま、SDGsなのか!?
河合 入来さん、今日はDXとSDGsというテーマで討議をしたいと思っています。まずは、入来さんが考える論点について上げていただけますか。
入来 そうですね、とても難しい論点設定になります。まずSDGsと企業の向き合い方を考えたとき、その本質に対して率直に地球・世界を包摂(インクルージョン)し、より良くするということとビジネスのバランスをとるために改革を行うのか、もしくはSDGsをブランディングもしくは企業のアカウンタビリティ(説明責任)のために利用しようとするのかという点が気になりますね。後者はあたかもウォルマートのLOHAS商材による戦略みたいなものですよね。
河合 私は「なぜ、いま突然SDGsなのか」ですね。この唐突感に違和感を持っています。世間はメディアを巻き込み、猫も杓子もSDGsで、テレビをつけてもその言葉が出ない日はない。
また、国民全体がSDGsを語り出した。ここに異様な不気味さを感じるのです。この問題が現れた背景としては、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で、世界のリーダーが決めた「国際社会共通の目標」なわけですが、この5年の中でいまが最も盛り上がっている。ここに、どこか作為的なものを感じるわけです。
アパレル業界に関していうなら、トリガーは「バーバリーの余剰在庫破棄問題」でしょう。ちょうど私 がNHKに呼ばれ、アパレルビジネスが、なぜあれほど余剰在庫を生み出すのかを語りました。手前味噌ながら、アパレル業界が槍玉に上がったのはそこからではないかと思います。私は、決して、バーバリーのことを批判しておらず、今、全ての投入量を売り捌くことは難しくなっているメカニズムを説明したのですが、まあ、大人の事情というべきか、決して私の本意ではない形で、アパレルのSDGs問題が広がってしまいました。
金融市場を正しく機能させよ
入来 アパレル業界のSDGsに対する問題認識はある程度はっきりしています。具体例でいうと、生産工程および完成品の余剰在庫焼却で排出されるCO2の問題、染料による水環境の破壊、調達・生産工程における途上国および特定地域の人権問題。多くの人はこのように答えると思います。また、これらの問題のうち多くが、過剰生産の波及効果であることも、この連載を読んでおられる方は理解されているでしょう。
一方で、河合さんも日ごろおっしゃっていますが、過剰生産の問題があるにせよ、その対策が経済合理性とかけ離れたものであってはいけません。したがって、消費者が求めるものを提供することと、より効率的に生産することを両立するために何をしなければならないかという観点で議論をしたいと思っています。
河合 全くその通りです。私は、ある研究会の会合に、
カットソーはプリント技術、ニットはホールガーメント、
例えば、「総投入量の50%が売れ残っている」と発言している。
そんなバカな話があるはずはないので、よくよく聞いていると、“プロパー消化率が50%であることと最終消化率を混同している”ようなのですね。つまりプロパー消化率50%=半分が売れ残っている、と理解しているわけです。
現実には、残品率というのですが、正規価格で売れない商品は売価変更を行って換金率を上げ、それでも動かない商品が残品率です。悪い企業で30%、良い企業だと5%程度です。半分が売れ残るなんてことはあり得ないですね。
話をSDGsにもどすと、こ地球の気候変動やその他環境破壊はすでに取り返しのつかないところまできており、「皆で努力して解決しよう」と掛け声をかけてはいますが、実は、もう時すでに遅し、環境が完全破壊される時間伸ばしをしているだけ、という話もあります。
例えば、私は余剰在庫の問題は、資本主義を正しく機能させていない政府の問題もあるのではと考えています。資本主義下では、経営に失敗した企業は倒産し、新しい産業がそれに変わる。こうして産業の新陳代謝が起きるのです。実際、米国ではバッタバッタとアパレルが潰れていますね。ところが日本では目立ったところではレナウン一件だけで、親会社は中国資本です。
さきほど述べた金融ローンなどは、パンデミック下にある企業には使うべきでしょう。国も企業を守るべきです。しかし、経営の失策で余剰在庫を残したのであれば、その損金処理は正しく企業が責任を負うべきです。そこの棲み分けができていない。理由は、金融機関が事業評価を正しくできないからです。つまり、マクロの観点からいえば、誤った金融政策の結果、
入來 それは、面白い視点ですね。実際、この問題はマクロとミクロにわけて考える必要があるでしょう。
例えば、個別企業で言えば余剰在庫の問題はやはり深刻です。最近、流行になってきた受注生産でいえば、三菱商事の子会社・三菱商事ファッション(MCF)が展開している新ブランド「THE ME」は、商社のものづくり機能を生かしカラダの自動計測器を活用したパーソナルオーダーの新業態なのですが、昨年の秋冬シーズン、私も実際に数着購入しました。試着にフォーカスした店舗体験や、体に最適化された服の着用体験は素晴らしい一方で、今春夏シーズンは購入しておりません。アイテムがベーシックすぎるのと、品番数が少なすぎて、私個人の好みのものがなかったからです。
さて、いろいろな企業が完全受注生産をしていますが、その際、半製品在庫を持つ場合が多いです。ここで矛盾が生じる。
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余剰在庫削減と販売を両立させるZARAモデル
河合 私は、そのパラドックス(矛盾)を解くため、ZARAを徹底研究しました。行き着いた答えは、すでに「生き残るアパレル死ぬアパレル」に記載しましたが、「欠品だらけの売場をつくり、新商品を投入して客単価を維持する」というやり方です。つまり、必要な半製品在庫は無くなればおしまい。次に、
日本のアパレルは、なぜか、素材とデザインを切っても切り離せないものと考え、追加生産をする場合、同じ素材と工場での生産を要求します。ここを切り離せば、多彩な商品アイテムと受注生産や高い商品回転率は両立します。なぜなら、リードタイムが最も長いものは素材だからです。
一昨年、スペインのZARAをファーストリテイリングの柳井正氏が訪問したのは有名な話ですね。その後、+Jを投下し、+Jは欠品だらけになった。最後は、あまりに人気があったのか追加生産しましたが、私は、あの欠品段階でとめておくべきだったと思います。
入来 存在意義のあるアパレル企業が、
ZARAモデルの実現には、企画開始から商品投入までのリードタイムが「日単位」であることを求められますね。
あえてSDGsの対極にある例から入りますが、中国の越境ECであるSHEIN(シーイン)は1日に1000品番以上の商品をリリースしており、企画から商品出荷までのリードタイムは最短3日です。当然、追加生産などありえません。低価格と合わせて米国ではアプリダウンロード数でAmazonを超え、2020年度約1.1兆円の売上をたたき出しました。彼らのビジネスモデルは広州のサプライチェーン網による力技で成り立っており、米国で環境保護に関する違反*で裁判を起こされるなど、この問題のど真ん中にいますが、圧倒的な品番数が成長に貢献した事実は無視できません。
ロット生産とのバランスをとるには、欠品を前提とした数量で生産した上で、品番を特定した機会ロスを検知し、即座に適切な代替品をオファーする。十分な販売可能品番数があるという前提のもと、EC上であれば、商品マスタへの商品DNA自動付与によってある程度実現可能です。この部分はRidgelinezとしてもAIエンジンを実際に持っております。
余剰在庫削減4つの方法
河合 SHEINという企業はよく知りませんが、
我々は、念仏のようにベーシックはアイテム数が少なく、ライトオフまでの期間は長い、ファッション商品にはあてはまらないなど繰り返していますが、例えば、ハニーズなどは地方で、仕入れたら売り切るまで何度もファッション商品を定価販売し続けています。だから、ファッション商品にあてはまらないという意見は、「本当か?」といつも疑っています。
ワークマンもライトオフまでの期間は10年です。おそらく、バブル時代にライトオフはワンシーズンという「常識」ができ、また、1990年後半にQR(クイック・レスポンス)が日本に上陸し、誰もが「作り増し」をした。当時の状況を私はハッキリと覚えていますが、誰も消費者の購買特性や満足度というものからものごとを考えていませんでした。
むしろ、米国のリテールとテックを「先生」と見立て、それを、いわば消費者無視で導入してきたわけです。今、QRは、よほど強いブランドがなければ消化率を悪化させ、余剰在庫を積み上げることは、前著「生き残るアパレル死ぬアパレル」で書きました。
生産ラインと素材を確保し、デザインを「X」として、そのときの流行で味付けする。それらは、売り切る力の8割程度で欠品させるということだと思います。言うは易く行うは難しですね。サプライチェーン全体が同期化しなければ、こうしたことは不可能で、工程の中の一社だけがZARA型MDを組んでも機能しないでしょう。
本来、こうした戦略的取り組みはトップの仕事ですし、99%が中小企業である日本という国で事業をしている以上、そのまとめ役は商社であるべきです。
余剰在庫の論点は、反語的ですが、余剰在庫にあらず、です。
ある企業のプレデューデリジェンスをしたところ、100億円事業のバランスシートに10年もののビンテージ在庫が山のように残っていました。こんなものは、コロナとは関係ありません。結局、この企業は破綻しました。
また、「大量生産が悪い」というのは、言葉の使い方を間違っています。正しい言い方は、消費者が必要としている以上の過剰生産が悪いのであって、大量生産は産業効率をあげ消費者に高いコスパを提供する手法です。反意語を分割生産とするなら、そんなことをしたら、競争力が阻害されるだけです。
最後に、余剰在庫を残そうと思って残しているアパレルなど存在しません。すべて売り切ろうと思っているのですが、結果的に売れないわけです。私は、
- ZARA型MD
- 受注生産
- 余剰在庫の適切な換金
- ブランド買取による二次流通市場
によって余剰在庫は相当削減が可能だと提言を繰り返しています。
ZARA型 MDはAIを、受注生産はIOTとクラウド、余剰在庫の換金は、FULL KAITENというスタートアップのソリューションが有効です。ブランド買取はEマーケットプレイスなど、すべて、
加えていうなら、国の企業支援についても、その是非をしっかり考え、ばらまきはやめ、産業の新陳代謝を進めてゆくということでしょう。これが、私の考えるDXとSDGsとなります。
入来さん、今日はありがとうございました。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)