少子高齢化で人口減少が進む日本では、新規顧客の獲得はますます難しくなります。そうしたなか、店舗サービス業にとってリピーター獲得の重要性は高くなっています。顧客に何度も来店してもらうために重要なのが「従業員の能力を拡張するためのデジタルトランスフォーメーション(DX)」「これからの時代の新しい『経営指標』の導入」の2つです。このうち前編となる今回は「従業員の能力を拡張するためのDX」について解説します。
DX投資で業務効率向上と付加価値の創出を両立する
店舗サービス業において、店舗で働く従業員の約8割は非正規雇用のアルバイト・パートが占めています。DX推進の目的は、省人化という人材「コスト」を削減するためでしょうか。それとも人材によるサービス品質を向上させるための「投資」でしょうか。それは経営者の価値観に大きく左右されます。
これまで店舗サービス業の多くは、店舗の人件費を削減・抑制し、ローコストオペレーションで販管費を抑えることで、商品・サービスを安価で提供しても利益が出るモデルをつくってきました。現在の経営者の多くは、そのビジネスモデルにおける成功体験が強く残っており、店舗運営費やスタッフの人件費を「コスト」として捉えてしまう傾向があります。しかし、新規顧客獲得がさらに難しくなるこれからの時代では「薄利多売モデル」は立ち行かなくなってきます。薄利が進むだけで、多売できないからです。
「労働生産性」は、「付加価値(粗利)」を「総労働投入量」で割ることで算出できます(下図参照)。そのため、労働生産性を高めるには、業務効率向上により「総労働投入量」を削減するか、「付加価値(粗利)」を増やす方法を考える必要があります。その両方に寄与するのが、DXへの投資です。
DXによる店舗運営とは、「従業員の能力を拡張するためのDX」で「付加価値(粗利)」(分子)の向上と、「総労働投入量」(分母)の削減の両方を実現することです。これこそが、私が考えるDXの本質です。
重要性が高まる実店舗での顧客体験価値
それではなぜ「従業員の能力を拡張するためのDX」が必要なのでしょうか。それは、コロナ禍でますます加速している「オンライン(EC)とオフライン(実店舗)の融合」により、実店舗での顧客体験価値(CX)の重要性が高まったからです。
消費者は状況によって、ECと実店舗を使い分けることが当たり前となりました。たとえば、初めて買うときは実際に見たりさわったりしたいため実店舗を、2回目以降はすでにその商品のことを理解しているためECを利用するといった具合です。しかし、実店舗で初めて買うときにCXが高くなければ、ECでのリピートにはつながりません。そのため、ECでの購入を増やすためには、実店舗でのCX向上が重要な役割を担っているのです。
従業員の能力拡張が顧客体験価値向上につながる
店舗は顧客との接点であり、両者の間には「サービス」が生産されます。サービスを提供する店舗のスタッフが持つ商品知識や専門スキル、そして店舗やブランドに対するエンゲージメントの高さはCXの向上に直結します。
また、前述のように人口減少によって、薄利多売の商売だけでは経営が厳しくなることを考えると、実店舗のサービスにおいては、顧客の生活における「課題解決」や「願望実現」も行う必要があります。そのようなサービスを受けられることも来店動機となり、消費者が店舗を選ぶ基準の1つになります。
これらのことを踏まえると、スタッフの教育はもちろんのこと、スタッフが自らの能力を高めることに注力できるような働きやすい環境づくりも必須です。そのために必要なのがDXへの投資です。
後編では、少子高齢化が進み新規顧客の獲得が難しいなかで、リピーターが増えているかどうかを判断する経営指標の考え方について解説します。
プロフィール
染谷 剛史 (そめや たけし)
1976年、茨城県生まれ。大学卒業後リクルートグループに入社。アルバイト・パートの求人広告営業を経て、営業企画・商品開発を担当。2003年、株式会社リンクアンドモチベーションに入社し、サービス業の採用・組織コンサルティングに従事。2012年に同社の執行役員に就任し、新規事業開発やカンパニー長を歴任した後、2017年にナレッジ・マーチャントワークスを設立。