新型コロナウイルス感染症(コロナ)の拡大の長期化に伴う経済の低迷により、これから事業再生、企業再生は避けられないテーマとなる。そこで私が独自に体得した「企業再建の手法」を解説する本章も9回目の今回で完結となる。戦略と打ち筋はこれまで解説した通り。だが実際に実行するとなると計画通りにはいかないことも多い。その原因のほとんどが「人」の問題だ。現場の人間をどのように動機付け、意識を変え、戦略を実行できる集団に変貌させるのか?
企業再生の現場で必要なのは、
現場に正しい情報を与え、現場に考えさせること
企業再生の場で最も難易度が高いのは、資金が枯渇し、取り得る打ち手がなくなっている、あるいは、打ち手の順番を間違えると即死するようなケースだ。こうしたケースでは、PE (プライベートエクイティ)などの投資家、財務系ファーム、そして、私のようなターンアラウンドマネージャの三者が、三位一体となって改革にあたることが多い。改革チームは、お互いの持ち場を尊重し、そして、連携を密にする。投資家は、追加資金の融資を行い、私たちが事業戦略を描き、現場と連携しながら資金繰りを計算して仕入や投資計画を緻密に行う。また、財務系ファームが緻密なモデルをつかって、戦略変数のシミュレーションを行い、蓋然性と合理的な財務成果を算出する。ハンズオンといって、タスク管理だけやっている再生プロジェクトとはレベルが違う。
しかし、時に現場が暴走するときがある。とくに巨大企業となると、さまざまな改革があちこちで動いており、私などの再建責任を任せられた人間の知らないところで、知らない話が動いてゆく。当然、あちこちで不具合が発生し現場も混乱するし、時に、誰かの面目を潰さなければならないこともある。こうした時、現場の暴走を止める間違った考え方は、すべてを承認制にして現場の動きを制御することだ。リテールビジネスはヒューマンビジネスである。現場の人間が自ら考える権利を奪われ、すべてが承認制になったら、その組織・事業はどんどん衰退してゆくだろう。
こうしたケースにおいて、正しい現場とのコミュニケーションは、逆に、現場に対して透明性を保ち、正しい情報を与えるということだ。可能な限り、会社の置かれている状況を伝え、現場が正しい判断をするために必要な教育も必要であればやる。私は、数十人、時に数百人を集め、毎週のように世の中の動きや合理的判断のやり方などをレクチャーする。経営から了解を得た情報は開示し、なぜ会社が赤字に陥っているのか、業績が悪化しているのかを説明する。私は、現場の言葉とコンサルの言葉の両方を使えるバイリンガルだから、現場が理解できない説明はしない。
こうした作業を幾度も繰り返している実感から云えば、現場はよく分かっているということだ。人間というものは、正しい情報と合理的な判断のやり方が分かれば、現場で恒常的に発生する課題を自助努力で解決することができるようになる。数百人もの人間が集う巨大企業となると、性悪説は通用しない。むしろ、性善説に立ち、現場に戦闘力を持たせるための武器を与えるやり方が必要なのである。面白いことに、正しい情報を与えられた現場は、逆にモチベーションが高まってくる。
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「働き方改革」とは真逆にあるのが企業再生
今まで、限られた情報だけを与えられ、ボーナスという「馬のニンジン」をKPI(重要業績指標)にされて、ただ、前に走ることだけを強いられてきた現場は、いきなり考えろといわれても最初は戸惑うが、次第に驚くほどのスピードで成長する人間が数人でてきて、「改革の騎士」となる。「改革の騎士」というのは、私がつけた名称で、将来の幹部候補である。改革は、役職に関係なく、「改革の騎士」を中心に進めてゆくことになる。
企業再生とは、「働き方改革」とは真逆にある。現場の誰より早く出社し、遅くまで残っている社員がいたら、彼、または彼女たちが帰るまで一緒に仕事をする。悩んでいるようであれば、飲みニケーションも必要だ。私は酒が飲めないのだが、毎晩のように彼ら、彼女たちと飲みに行く。最近では、企業は交際費をカットしているので、さすがに飲みニケーションも毎晩のように続くと大変だが構わない。会社がなくなり、雇用が脅かされている人達に比べれば、私の痛みなど微々たるものだ。なにより、再生途上の人達と飲みにゆくのは、彼ら、彼女らとの「精神的な距離感」を縮めてくれ、仲間意識を高めてくれる。
飲みニケーションの場では、決して後ろ向きなことは云わない。本当は、胃に穴が空くほど辛く、逃げ出したい気持ちで一杯なのだが、皆が私に期待をしているような状態になっている。そういう時に、大将が折れてしまったら絶対にダメなのだ。そう、私はこうした状況においては、もはやコンサルタントなどでなく、内部の人間の一人、しかも、彼らにとっての上司のような存在なのである。
企業再生の本質は人間改革
企業は人なり。使い古された言葉だが、企業が変わるということは人が変わるということだ。そして、人を変えるためには、高い熱量とコミットメントしかない。熱量のない人間のいうことは、どれだけ筋が通っていても屁理屈に聞こえるし、その企業の文化、そして、ときに破綻に至る経緯にさえ尊敬の念をもって受け入れることができない人間に人はついてこない。
また、もっとも結果に対して責任を持っていない立場の「コンサルタント」が、最も強いコミットメントを見せることは容易ではない。人間というのは、必ず態度に出るからだ。高い報酬をもらい、自分だけは安全な船の上に乗っていると思われたら、そのような人間に人はついてこない。
私は、資本主義のメカニズムを信じている立場だ。このコロナ禍は、神が与えた試練だとしたら、国内に止まり何十年も同じビジネスを続けてきて、まさに産業崩壊の淵に追いやられているアパレル業界は、資本主義のメカニズムによって、体力のあるものと価値のあるものだけが生き残るだろう。
こうした産業再編の流れを横から眺め、高みの見物をするか、あるいは、ビジネスチャンスと見て金儲けの道具にするか、または、自らが思うような新しい産業を創ってゆくかは、我々一人ひとりの問題である。
企業再生というのは、第三者からみれば、
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)