米国や欧州諸国と比べると、市場寡占化はそれほど進んでいない日本のスーパーマーケット(SM)業界。だが、SM各社を取り巻く事業環境は刻々と変化しており、足元では新型コロナウイルスの感染拡大の影響が広がっている。先行き不透明な状況が続く中、SM業界の上位集中は進んでいくのか。大型M&A(合併・買収)を経て成長してきた経緯を持つリージョナルの雄、アクシアル リテイリング(新潟県)の原和彦社長に聞く。
コロナ禍で進む「食のオンラインシフト」
──新型コロナウイルスの感染拡大の影響が広がっています。パニック買いや巣ごもり消費などにより、SMではプラス影響が見られています。
原 閏年で昨年より1日多かったこともあって、当社における2月の既存店売上高は対前年同月比6.8%増となりました。3月はこれを上回る勢いで売上が伸長し、同7.6%増で着地しています。これほどの売上増ですので、利益面についても大きくプラスとなっています。
4月に入って数日が経ちますが(編集部註:インタビューは4月3日に実施)、3月の勢いが続いています。ただ、このような状況がどれだけ続くのか今のところわかりません。今期(2021年3月期)の業績に与える影響もまったく読めません。
──短期的にポジティブな影響があらわれているものの、中期的に考えると失業率の上昇などが懸念されます。食品小売業には今後どのような影響が出てくると予想していますか。
原 現時点では、お客さまの意識は自粛生活を維持することに向けられています。ですが、収入面に変化が出てくると、SMにとってあまり好ましい状況ではなくなるでしょう。
リーマンショックの際は急激にデフレが進み、いわゆるディスカウンターと呼ばれるプレイヤーが台頭しました。当時は当社も低価格訴求に舵を切り、多くのお客さまの支持を得たという経緯があります。今回も似たような状況になる可能性は大いにあるでしょう。
──SM以上にプラス影響が見られているのが宅配です。コロナ禍を契機に「食のオンラインシフト」が進むのではないかと見る向きもあります。
原 当社も約8年前からネットスーパー事業を展開しています。現在は3店舗を拠点に、新潟県全域をカバーしています。19年10月には、スマホアプリをリリースし、アプリからネットスーパーを利用できるようにしました。これにより、ネットスーパーの利用は増加傾向にありましたが、コロナウイルスの影響により、さらにはずみがついた格好です。当社のネットスーパーの特徴の一つとして、一般のお客さまよりも、スキー場や民宿といった小規模な事業者さまの利用が多くあります。今年は記録的な暖冬により、こうした業務筋のお客さまからの注文が少なかったのですが、ここにきて一般のお客さまの利用が急増しています。
新規のお客さまに加え、登録していたものの休眠状態だった方が復活するようなケースもあり、ネットスーパーの売上はリアル店舗を上回る伸びを示しています。ネットスーパーの強化は中期経営計画にも織り込んでいますので、継続していく方針です。
イオンのSM大再編は合従連衡を招くか
──18年10月にイオン(千葉県/吉田明夫社長)グループがSM事業の再編計画をぶち上げました。これにより、全国各エリアに売上高5000億円規模の企業が誕生することになります。どのような影響があると見ていますか。
原 当社としてはイオンさんだけを脅威と感じているわけではありませんが、これをきっかけに業界再編の機運が高まるのは確かでしょう。当社は以前から、(M&Aの)よいお話があれば前向きに検討してきました。業界全体が再編に意識が向くことは、当社にとっても好機となると思っています。
──アクシアルとして、再編に積極関与していくということでしょうか。
原 ええ、持株会社制にしているのもそのためです。時代的な背景もあります。人口減少と高齢化によって、消費者の胃袋は相乗的に小さくなっていきますが、その一方でプレイヤーは増え続けています。出店余地は限られ、店舗開発の難易度は増しています。こうした点から考えても再編は進まざるを得ないでしょう。
また、SDGs(Sustainable DevelopmentGoals:持続可能な開発目標)という観点もあります。今のよい生活を得るために、将来にツケを回すという行為が許されない時代になっています。
今後、企業はSDGsのような取り組みを当たり前のようにやっていかなければなりません。しかしこうした取り組みを続けていくためには、企業としてある程度の体力、そして体質がなければなりません。このような観点から見ても、企業統合は進んでいくでしょう。
それと、ITなど新しい技術が次々と登場していますので、これらの新技術を取り入れるための設備投資も必要となってきます。ネットスーパーも同様ですが、新しいものには当然投資がかかります。一定の企業規模がなければ、こうした投資の問題にも対応できないのではないでしょうか。
生き残りに必要なSMの企業規模は……
──その「一定の規模」はどのくらいの売上高あるいは店舗数になると見ていますか。
原 ドミナントのつくり方によっても変わりますので、何千億円何店舗と一概に言えませんが、最低でも売上高1000億円ほどの規模がないと厳しいのではないでしょうか。
というのも、当社では、IT事業を手掛けるアイテック(新潟県/内藤裕社長)という企業を傘下に抱えています。このアイテックを完全子会社化したのが07年10月、ちょうど売上高約1000億円のころでした(編集部註:当時の社名は原信ナルスホールディングス、08年3月期の売上高は1115億円)。投資、そして人材のことを考えると、このくらいの企業規模が必要になってくると思います。
──出店よりもM&Aに投資コストを割いたほうが、効率よく企業規模を拡大できるという考えもあります。
原 それは是々非々です。当社は、投資リターンや業界内での生き残りのためというのではなく、M&Aによって生み出したマスメリットを地域のお客さまに還元し、より豊かな暮らしに貢献することをめざしています。そのための手段の1つがM&Aというだけです。投資効率などはもちろん計算しますが、それだけを基準に判断しているわけではありません。
これまでのSMのM&Aは、同業同士でくっついて規模を拡大しようとしてきたケースが多く見られます。こうした視点はもちろん今もありますが、たとえば工場を買うなど川上に遡って機能を高めていくことが今後は必要になるでしょう。
ここでいう「機能」とは商品づくりだけではありません。ITや物流などさまざまな機能が考えられます。それらの部分を強化していくためのM&Aも考えていかなければなりません。
「やり過ごす」のではなく「積極的に立ち向かう」
──19年4月から毎年5日間の有給休暇取得が義務付けられるなど、働き方改革の波も押し寄せています。
原 この点は同業他社もかなり苦労していると思われます。厚生労働省のデータによれば全産業の有給取得率が約50%であるのに対し、小売業は36%程度。そうした状況下で、5日間の有給休暇を必ず取得させなければなりません。
原信ナルスにおいても4年前の有給取得率は35%程度でした。そこで3年ほど前から有給取得率を上げるため、さまざまな改革に取り組んできました。とくに力を入れたのが、会議体の見直しです。各店のチーフを月に一度本部に集める「チーフ会議」をはじめ、全社単位でありとあらゆる会議を見直しました。その結果、会議体は従来の6割ほどに減り、それを原資に有給取得を促していきました。直近の有給取得率は19年3月期で64.6%、20年3月期は75%近くまで上昇する見込みです。
そしてこの副次的な効果として、「情報の伝え方」にも変化が見られています。タブレットを使った動画マニュアルや、テレビ会議のシステムの導入が進んでいます。これらは会議を見直すために採用したものですが、今回のコロナウイルス対応ではこれらの設備をフル活用せざるをえない状況になっています。こうした対応も、ある程度の企業規模がないと難しいかもしれません。
──コロナ禍によって企業間の差が生まれ、再編のトリガーになる可能性もありそうです。いまだ収束の兆しが見えないコロナウイルス騒動に小売業はどのように対応していくべきでしょうか。
原 04年の7.13水害ならびに新潟県中越地震の際も危機的状況でしたが、それを乗り越えたことで、商品を備蓄していくことの重要さを学びました。この経験は後々のディストリビューションセンター(DC)づくりに大きく役立っています。
リーマンショックの際も、単に低価格訴求を実施したのではなく、結果的に利益を確保しながら低価格で販売するといった収益管理力のレベルが大幅に向上するという成果が得られています。今回の新型コロナウイルスの感染拡大も、ただこの状況をやり過ごすのではなく、積極的にこの危機に立ち向かい、企業体質を磨いていきたいと考えています。
アクシアル リテイリング会社概要
本部所在地 | 新潟県長岡市中興野18-2 |
設立 | 1967年8月 |
店舗数 | 129店舗(2020年4月時点) |