福岡県を地盤にドラッグストア(DgS)と調剤薬局を展開する大賀薬局は、2019年10月に薬剤師のヒーロー「薬剤戦師オーガマン」を誕生させた。プロモーションビデオがSNSを中心に話題となり、テレビや雑誌などから取材が殺到。全国区の薬剤師ヒーローとなった。「薬剤戦師オーガマン」こと大賀崇浩社長に、自らヒーローとなった経緯やねらいについて聞いた。
調剤事業好調で2019年9月期は増収で着地
──初めに足元の状況と2019年9月期の業績について教えてください。
大賀 小売業はどこも同じような状況だとは思いますが、消費税増税後の10月、11月は売上が前年実績レベルまで戻りきっていません。11月は前年実績を超えている店がやっと半数くらいになりました。
今回の消費税増税で一気に変わったのはキャッシュレス決済です。天神エリアではキャッシュレス決済比率が9割近い店もあります。全体でもキャッシュレス決済比率は6割くらいになると思います。今回の消費税増税をきっかけにキャッシュレス決済が一般的になったのは確実です。「PayPay」をはじめとしたQRコード決済は、現在は手数料が無料ですが、将来的には大手1~2社に集約されて、手数料を徴収するようになるでしょう。クレジットカードほどではないにしろ、たとえば手数料が売上高の1%だとしても、小売業にとっては大きな負担です。そうなると、自社のプリペイド式電子マネー「Bibica(ビビカ)」をどう訴求していくかがますます重要になると思います。
19年9月期は増収でした。ただし、DgS事業と調剤事業とで明暗が分かれました。
当社のDgS事業は、博多、天神エリアの都心型店舗の売上が多くを占めます。
都市再開発プロジェクト「天神ビッグバン」に伴う店舗の一時閉店、中国の規制強化によるまとめ買いの減少、訪日韓国人観光客を中心とした客数の減少などが響き、DgS事業は前年実績を下回りました。
──博多、天神エリアにはインバウンド需要の取り込みに特化したDgSが多数あります。
大賀 当社はもともとインバウンド対応を強化していませんが、それでも影響はありました。博多、天神エリアには近年、多くのDgSが開業しています。しかし中国の規制強化や訪日韓国人観光客の減少により、どこもあまりよくないと思います。実際、韓国人をターゲットにした飲食店は壊滅状態です。中国や台湾からの訪日客はまだまだいますが、インバウンド需要は一巡して落ち着いてきた気がします。
──一方の調剤事業はいかがでしたか。
大賀 対前期比2ケタ%増と好調でした。
高額な薬が発売になった影響はありますが、既存店の処方せん応需枚数は増えています。高度医療=大賀薬局というのが浸透し、患者さまから支持されている結果だと思います。
薬が減るほど必要とされなくなっていくヒーロー
──さて、19年10月、薬剤師のヒーロー「薬剤戦師オーガマン」が誕生しました。
大賀 私の発案です。昔から『仮面ライダー』シリーズが大好きで、“変身願望”がありました。私たちの世代は『仮面ライダーBLACK』『仮面ライダーBLACK RX』がリアルタイムで放送されていました。その後の平成ライダーシリーズ、そして令和に至ります。
『仮面ライダーエグゼイド』は医師が変身します。調べてみると、医師、歯科医のヒーローはいましたが、薬剤師のヒーローだけは見つけることができませんでした。このことに3年前くらいに気がついて、その頃から薬剤師のヒーローに私が変身するのも面白いなと考えていました。
──デビューまで3年かかっているのですね。
大賀 ヒーローには「敵」や「大儀」が必要で、その詳細を詰めるのに時間がかかりました。
たとえば仮面ライダーの1号と2号は、ショッカーという敵と戦います。改造人間である仮面ライダーの1号と2号は、もともとはショッカーです。ショッカーに脳を改造される前に逃げ出したのが1号。改造後に自分を取り戻したのが2号です。『仮面ライダーV3』は悪の組織「デストロン」に父と妹を殺されて、1号と2号に自分を改造してもらう。ヒーローは常に何かを背負っているからこそカッコいいのです。だからオーガマンも何かを背負っていなければなりません。単に「ご当地ヒーローをつくりました」では何も響きませんし、継続性がありません。
薬剤師のヒーローであるオーガマンの「敵」「大儀」は何でしょうか? それは医療財政です。薬を減らすために生まれ、医療費削減を期待されたのが薬剤師だと考えています。このことを、わかりやすく、広く知ってもらうため、身近にある「残薬問題」に立ち向かうヒーローとしました。
多くの家庭には薬がたくさんあると思います。飲み切っていない薬、在宅医療では物理的に飲み込むことができなくて余ってしまっている薬。残薬のかたちはさまざまです。私は昔から「薬を減らすのが薬剤師の使命」だと社内で訴えてきました。薬を減らす=売上を減らすということですから、不思議に思われるかもしれません。オーガマンは、薬が減るほど必要とされなくなっていくヒーローです。それはそれでカッコいいのではないかと思いました。
──大賀社長がポケットマネーで開発したヒーロースーツは、ダイヤモンドの100万倍の硬度がある鉱石「ブルーアダマンタイト」を使用。パンチ力は200トン、キック力は400トン、注射器のような必殺武器「オーガバスター」もあります。
大賀 重視したのは「最強」です。実は、怪人業務をアウトソーシングしている悪の秘密結社(福岡県に実在する会社)の副社長は、中学・高校の後輩で、彼と一緒にオーガマンの詳細を詰めました。その会議では「パンチ力が200トンなら仮面ライダークウガは一発で倒せるよね」「イメージは仮面ライダーカブトの天道総司で」と、“マニア”の2人で大いに盛り上がりましたが、うちの社員はポカンとしていましたね(笑)。
投資の約40倍の広告効果
──オーガマンを誕生させるまでに大変だったことは何ですか。
大賀 役員への説明です。当社の役員は全員私より年上で、私が「薬剤戦師オーガマンを誕生させます」と経営会議で口火を切ったところ、皆の頭の上に「???」がついているのがはっきりとわかりました。「何のために? 」「いくらかかるの? 」「いくら儲かるの?」という質問が多く出ました。数字はある程度の仮説を示すことができますが、実際はどうなるかはわかりません。キメ台詞の「薬飲んで寝ろ。」についても、「命令口調じゃまずい」「ポケットマネーという表現はまずい」等々、細かい設定のところにも意見が出ました。それでも「ぜひやりたい」と説明したところ、「社長がそこまで言うなら……」と了承を得ました。私が副社長の立場なら絶対に通らなかったでしょう。あるDgS企業の知人からは「うちでは絶対に無理」と言われました。
経営会議では、オーガマンは当初の設定のまま、押し通しました。結果としてそれがすべて当たったと思います。こうした施策はトップダウンではないと物事が実現しないのだなと実感しています。
──ヒーロースーツやプロモーションビデオなど、テレビで放送されているヒーローと遜色ありません。かなりの費用がかかったのではないですか。たとえばプロモーションビデオでは火薬を使った爆破シーンもあります。
大賀 それなりです。爆破シーンはもともと予定にありませんでした。福岡県の筑豊に爆破シーンの撮影で使用される場所があるのですが、ドラマ制作の会社の社長をしている友人から「今度爆破シーンを撮影するけど、どうせならオーガマンも一緒に撮らないか」と声をかけてもらったのです。通常、爆破シーンの撮影にはお金も手間もかかりますが、オーガマンのシーンは爆薬代だけで済みました。あの爆破シーンがあることによって、注目のされ方が大きく変わったと思います。
──プロモーションビデオのコメントには「イチ企業のクオリティとしては断然頭おかしい(褒め言葉)www」「オーガマンのテーマソングかっけぇw」などがありました。
大賀 そんなふうに言ってもらえたら“勝ち”ですね。私が仲良くしている福岡県北九州市のローカルヒーロー『キタキュウマン』は、「SNSはバズれば勝ち!」といつも言っています(笑)。大きく目立って、「面白そう!」と興味を引くことができれば、あとは自然に広がっていきます。
19年10月以降、広告やアニメ系の雑誌、そしてテレビなど、今までに接点がなかったメディアから取材の申し込みが多数あります。薬剤師がいまだかつてこんなに注目されることがあったのかと思うくらい、露出が増えています。
最近、広告代理店に調べてもらったところ、オーガマンへの初期投資はすでに回収し、投資の40倍くらいの広告効果があったということでした。
幼稚園と保育所で「やくいくショー」を開催
──20年9月期の施策を教えてください。
大賀 調剤事業はオーガマンを軸に、大賀薬局のファンづくりに取り組みます。実は、オーガマンは商業施設などで行われているヒーローショーに出演しています。
悪の秘密結社社長のヤバイ仮面と戦い、残薬問題について啓もうする内容です。そこでは激レアカードのほか、お薬手帳として使える「やくいくてちょう」も配布しています。この取り組みを幼稚園、保育所にも広げます。
幼稚園、保育所向けの「やくいくショー」は、ショーが15分、握手会と記念撮影が15分、合計30分くらいの内容です。「やくいくてちょう」を手渡しして、薬の大切さ、飲むことの大事さ、薬によって治療の効果を最大化できることをわかりやすく子供たちに伝えます。その子供たちは帰宅してから、「今日の分のお薬は飲んだ? 」「ちゃんと飲まないとヤバイ仮面が来るよ!」と家族ときっと話すでしょう。薬について家族で話すきっかけをたくさんつくりたいと考えています。ほかに調剤事業では在宅医療への対応を引き続き強化します。
──DgS事業についてはいかかですか。
大賀 引き続き差別化フォーマットの構築に注力します。消費者から見れば、DgSは基本的にどこに行っても一緒です。差別化ができていません。コンビニエンスストアは商品の違いはあるにせよ、基本的に店づくりは同じで、お客さまはいちばん近いところに行きます。DgSも同じで、近くにDgSがあるのにもかかわらず、お客さまは遠くのDgSに行くことはほぼありません。そうすると商圏内に競合店ができると売上を奪われてしまいます。ですから、遠くにあってもお客さまに来ていただける差別化フォーマットをつくる必要があります。
現在、バラエティストアの要素を取り込んだ、医薬品も扱うフォーマット「OPERETTE(オペレッタ)那覇オーパ店」(沖縄県:18年10月開業)を実験しているほか、「木馬館.origin」(福岡県:19年1月開業)はコミュニティストアづくりに挑戦しました。どちらもカフェを併設し、SNSを活用したファンづくりに取り組んでいます。
そして既存店の改装も継続します。19年9月期は3店舗、今期は4店舗の改装を計画しています。現在、既存店への調剤の併設を進めているので、それに合わせた改装です。物販はもっと「健康」を打ち出せるようなレイアウトを追求していきます。