国内に70店舗以上展開するポンパドウル(神奈川県/三藤貴史社長)が創業から半世紀を超え、業界革新も見据えた事業展開を推進している。特許を取得した独自の冷凍パン技術を導入し、自社開発の専用オーブンで高品質な焼きたてパンを誰でも提供できるBtoB向けパッケージだ。オールスクラッチ「焼き立て」を強みに走り続けてきた同社はなぜいま、新事業を展開したのかーー。
一店舗一工房を貫くパン屋がなぜ冷凍パンなのか
1969年に創業したポンパドウルは、店舗内の工房で焼き上げた本場仕込みの焼きたてパンを提供するパン屋として横浜・元町に一号店を構えた。一つひとつ、粉から仕込んで焼き上げるスタイルは、当時主流だった大量生産型のパンとは一線を画す、贅沢ながらも本物志向のパンを提供するパン屋として、開店時から顧客のハートを掴んだ。
徹底したこだわりと妥協のない品質でファンを積み上げていった同社は、その後、各地に店舗を拡大したが、一店舗一工房は守り続けた。現在の業界での地位には、あえて大変な道を選択しながら半世紀以上走り続けてきたことで到達したといっていい。
焼き立て、出来たてのパンはいわば同社そのものであり、アイデンティティだ。そんな同社は、風味・旨味がパン内部に凝縮される独自の冷凍製法で、2008年12月『パン製造方法』で特許を取得した「フローズンブレッド」の提供を行っている。つくってその場で提供する理念に逆らうようだが、顧客ニーズと環境変化へ対応するための熟慮の末の経営判断だ。
もちろん、品質を落とすことになるなら、選択はしない。製品開発にあたっては、作り立てのパンの醍醐味を損なわないよう細心の注意を払った。これにより、現在までに店舗のない地域にもネット販売で同社の等身大のパンを提供することが可能になった。
専用オーブンの開発は20年越しの悲願
冷凍パンへの参入は、同社の歴史でも大きなチャレンジといえるが、ここ数年はさらに踏み込んだ展開を進めている。冷凍パンの技術を最大化するためのハードの開発だ。
「マイウェイオーブン」がそれだ。遠赤外線、マイクロ波、スチーム、圧力を組み合わせたオーブンで、2023年8月に国内特許を取得している。「フローズンブレッド」を-18℃の冷凍庫から出してすぐに「マイウェイオーブン」で3~4分焼成することで、通常のベーカリーオーブンで焼成したものと変わらない状態で焼き上げる。
構想から20年。試行錯誤の末に完成したフローズンブレッドとマイウェイオーブンによる解凍技術は、手作りで現在地に辿り着いた同社も自信を持ってお墨付きを与えられるクオリティという。
2023年3月には、同技術を投入した新コンセプト店「Frozen Fresh POMPADOUR(フローズンフレッシュポンパドウル)」を新宿マルイ本館に開店。同店舗でどんなスタイルで提供されているかをみれば、その革新性が鮮明になる。
工房の代わりに専用オーブンを備える同店には、常温のパンのほか、冷凍庫に陳列した「フローズンブレッド」も並ぶ。常温パンを買うもよし、フローズンブレッドを購入し、そのまま持ち帰るもよし。常温パンが売り切れの場合は、注文後にマイウェイオーブンで温めてもらい、焼き立てを提供してもらうもよし。同店では同社の品質を損なわないパンを確実に購入できる。
冷凍パンが業界を救う理由
消費者サイドに立てば、工房のある店舗の臨場感こそないものの、欲しいパンが確実に購入できる安心感は、同社のファンならより大きな魅力になるだろう。将来的には、例えばコンビニなどでも、より身近に同社のパンとの出会える機会が増える可能性も十分考えられる。
一方、店舗側にとっては、このシステムは業界に革新をもたらすポテンシャルがある。同社販売促進部部長の中山興久氏が力を込める。
「我々はこのフローズンブレッドとマイウェイオーブンが、パン業界に革新をもたらすものと考えている。なにより、高品質の焼きたてパンを誰でも提供できるから。これによって、業界の人手不足の問題に切り込めるし、焼き立てにこだわるほど予測が難しい需給バランスの問題をクリアし、フードロスにも対応できる。できるなら、同業他社に積極的に導入して欲しいとも思っている」
自社の飛躍よりも業界の未来を見据えるのは危機感からだ。パン業界はなり手が減少傾向、高齢化で職人はリタイアフェーズにあり、人材不足が深刻だ。加えて、環境変化や円安、ウクライナ情勢の緊迫などで原材料費の上昇が著しい。同業他社も苦しい状況にあえいでいる。
冷凍技術を駆使した高品質なフローズンブレッドの提供システムは、こうした問題をクリアにする可能性があり、だからこそ、中山氏は革新的と力を込める。
同社にとっては新たな事業領域となるBtoBでのフローズンブレッドとマイウェイオーブンのパッケージ提供。いまのところ、費用面のこともあり様子見の企業が多いが、反応は良好という。これまでにないチャレンジだけに、導入に慎重になるのも無理はない。
冷凍パン事業は環境に適応するための進化
それでも、業界の明るい未来につながる革新的な取り組みだけに、同社に迷いはない。
「創業当時から守り続けているスタイルを崩すことなく、お客さまに喜んでいただける『焼き立て』をより一層追及した形であり、フローズンブレッドに関連する事業は、我々にとって環境に適応するための進化」と中山氏が話すように、同社も今までのやり方で先行き不透明な市場を乗り切れるとは考えていない。
振り返れば55年前、同社は大量生産が当たり前のパン業界で、少量多品種で一店舗一工房を貫き、壁をつき破っている。パン作りへのこだわりの強さが同社のアイデンティティに他ならないが、常識にとらわれない発想と行動力もまた、同社が半世紀以上継続し続ける大きな要素であることは間違いない。
パン屋のスタイルを変えた同社がいま、業界の革新で不透明な未来を、明るい未来に変革する。