喉が乾いたら道端で気軽に買える「飲料自動販売機(自販機)天国」の日本。その缶飲料自販機のパイオニアであるダイドードリンコ(大阪府)は、1970年代に卓上型の缶コーヒー自販機を世の中に打ち出して以降、50年以上にわたり日本の自販機ビジネスをけん引し続けている。
近年は購買チャネルの多様化、ライフスタイルの変化などを背景にダウントレンドにある飲料自販機。それでもダイドードリンコの国内飲料の売上の約9割は自販機が支えている。
他にもユニークな商品開発など、飲料メーカーの中でも異色の存在感を示すダイドードリンコ。なぜ今もなお自販機にこだわり続けるのか。そして、これからの自販機ビジネスの可能性とは。2021年より同社を率いる代表取締役社長の中島孝徳氏に聞いた。
国内飲料事業の売上の9割が自販機
ダイドードリンコの2023年度(2024年1月期)決算によると、国内飲料事業の売上高は1,536億円(対前年度比39.9%増)、営業利益43億円(同54.3%増)と、対前年度比で大幅な増収増益を果たした。アサヒ飲料との共同株式移転による自販機事業運営会社「ダイナミックベンディングネットワーク」の設立・連結子会社化による増加効果が数字を押し上げているが、2022年10月、2023年5月、そして同年11月と相次いで実施した価格改定(11月は自販機チャネルの価格改定)の効果も反映された格好だ。
同社の国内飲料事業の特徴は、なんといっても売上高の約9割を自販機が占める点にある。他の競合飲料メーカーが2~3割、業界最大手の日本コカ・コーラでも約5割という中で、ダイドードリンコの「自販機中心」の数字は突出している。
1975年に誕生した「ダイドーブレンドコーヒー」を看板商品に、1970年代には国道沿いのパーキングやガソリンスタンドに「卓上型自販機」と呼ばれる小型の自販機を設置し、缶コーヒーを販売したのがダイドードリンコの自販機ビジネスの起源だ。
1977年には温かい飲料と冷たい飲料を同時に販売できる「ホット&コールド自販機」の登場を機に、全国各地の販売会社(ベンダー)と「ダイドーベンディング共栄会」を設立しネットワークを強化。業界屈指の自販機網とオペレーション体制を築き上げていった。
その後、1980年代にはサントリー、キリン、アサヒなどビール系の飲料メーカーが続々と自販機ビジネスに参入。さらにその後はコンビニエンスストア、スーパー、ドラッグストア、ディスカウンターなど飲料販売のチャネルが増え、ダイドードリンコの自販機ビジネスをとりまく環境は激変した。
「2010年頃を境に、自販機は供給過剰気味になっている」と中島氏は打ち明ける。事実、「一般社団法人日本自動販売システム機械工業会」の調査によると、ピーク時(2005年)には全国に約228万台設置されていた清涼飲料(缶ボトル)の自販機台数は、今日では約198万台(2023年12月末現在)と、ピーク時に比べて13%減少している。
「オペレーション改革」で担当者1人当たり売上高が30%超アップ
マクロトレンドを見る限り、自販機は「一世代前のビジネスモデル」のようにも映る。それでも、ダイドードリンコが今なお自販機にビジネスの軸足を置いているのはなぜか。
その意図を、中島氏は次のように語る。
「手売り(コンビニなど小売店への卸売り)では、店頭への商品の陳列や価格設定において、自社でコントロールするには限界がある。できる限り私たちが強みとしている自販機網の中で商品展開していきたいと考えている」
ダイドードリンコのビジネスモデルの特徴は、製造と物流を外部の協力企業に委託する「ファブレス経営」を採用している点にある。そのため、自社の経営資源を商品開発と主力販路である自販機の開発・オペレーションに集中投下することができる。
そのビジネスモデルを、ベンダーグループ各社、そしてダイドー共栄会(自販機の特約オペレーター)とのパートナーシップによる自販機ネットワークが支えている。そのため、商品展開や価格設定などをすべて自社でコントロールできるのが同社の強みだ。
前述した価格改定の動きも、小売店に卸した場合は各小売店の事情で遅行的に反映されるところ、ダイドードリンコでは自販機を販売チャネルの中心としていたことからすばやく反映させることができた。それが、2023年度決算における増収増益にいち早く貢献した要因といえるだろう。
さらに近年ダイドードリンコが力を入れてきたのが、自販機のIoT化による「スマートオペレーション体制」の確立だ。
従来のオペレーションでは、これまでの販売実績から需要を予測し、ルート担当者が1日のルート計画を立て、必要な数量を概算でトラックに積み込み、自販機に充填していた。ルート担当者の「経験」に依存する余地が大きく、余った飲料を持ち帰るなどの非効率が生じていた。
スマートオペレーションでは、自販機をIoT化することで自販機からリアルタイムで売上状況を取得。その売上状況をもとに訪問ルートや補充する飲料の数量を最適化し、効率化を実現した。
「数年をかけてPoC(概念実証)を繰り返しながら、スマートオペレーションへの移行を段階的に進めてきた」と中島氏は振り返る。当初は現場のベンダーの抵抗も少なくなかったようだが、結果としてルート担当者の業務効率化にもつながり、担当者1人当たりの売上高は2021年比で30%超もアップした(2023年度実績)。
アイデンティティはあくまで「飲料メーカー」
マクロトレンドでは自販機設置台数が減少しつつある中でも、独自の自販機オペレーションのさらなる強化を図り、飲料メーカーの中で安定した地位を築いているダイドードリンコ。一方で、中島氏は次のように語る。
「『ダイドー=自販機』のイメージから誤解されやすいが、私たちは自販機のオペレーターではない。自社のアイデンティティは『飲料メーカー』である」
つまり、ビジネスの核はあくまで商品開発であり、自社商品を効率よく届けるベストな手段として自販機を選択している、ということだ。
そのダイドードリンコの商品は、他の大手飲料メーカーとは一線を画した“攻めた”ものが多い。
いま世間の話題を集めているのは、2024年5月に新発売したリフレッシュドリンク「FRISK SPARKLING」だ。
ミントタブレットの「フリスク」を思わせる冷涼感をドリンクで再現。GABA配合で疲労感軽減、ストレス軽減をうたった機能性表示食品だ。販売開始以来、SNSで評判を呼び「どこで買える?」「近くのダイドーの自販機では売り切れた!」などの投稿が飛び交っている。
また、近年力を入れているのが、女性をターゲットに美容・健康を打ち出し、女性をターゲットにした商品開発だ。
実は自販機には、「購買層の圧倒的多数を占めるのが20~40代の男性である」という動かざる事実がある。自販機販売に依存する同社にとっても、女性購買層の開拓はかねてからの大きな課題だった。
そこで「オフィスに勤務する女性にも自販機を利用していただけるように」とのねらいで、化粧品ブランドの「肌美精」とコラボしたシリーズや、現代の食事で不足する栄養素を補給できる「和ノチカラシリーズ」などを展開している。
「もちろん自販機にこだわるわけではなく、女性向けの商品はコンビニなどの卸売の割合を高め、お客さまに最も広くお届けできる販売チャネルを適宜選択している」(中島氏)
「ソリューション」としての自販機の可能性
オペレーション、商品開発と並んで、ダイドードリンコの自販機ビジネスモデルにおける重要戦略は、自販機の出店戦略だ。
従来の自販機営業といえば、飛び込み営業をして、まずは自販機を設置してもらうスタイルが主流だった。しかし、マクロトレンドで自販機の設置台数が減少傾向にある中、求められるのは「数」より「質」。設置者であるオフィスや商業施設などとの関係を構築し、長く自販機を利用してもらい、LTV(顧客生涯価値)を高める方向へと営業戦略をシフトさせている。
「お客さまが望んでいない場所に無理に設置しても結局利用してもらえない。お客さまの課題や悩みに耳を傾け、最適なソリューションを提供することが営業担当者にも求められている」(中島氏)
2012年より社内人材育成制度「ダイドー塾」を開催し、社員の営業力を高める取り組みを進める。また、2024年2月には自販機の営業担当者を100人規模で女性中心に積極採用する方針を打ち出し、「20~40代の男性が中心」が定説とされる自販機ビジネスに、女性の視点を積極的に入れるようにしている。
その女性の視点によるユニークなアイデアは、次々と形になっている。2019年より、全国の道の駅や公共施設を中心にベビー用紙おむつを購入できる自販機を展開。また、2023年10月には女性用衛生用品を購入できる「女性ヘルスケア応援自動販売機」の提供を開始した。こういったアイデアは、飲料にとどまらない、社会課題を解決するソリューションとしての自販機の可能性を広げている。
「コンビニが約6万店に対し、自販機は約200万台。メッシュが圧倒的に細かいので、今後は限界集落など過疎地に対して生活物資を提供するインフラとして、自販機が見直される時代が必ず来る。その未来のために、自販機ネットワークはたゆまずつくり続けていきたい」
中島氏は言葉に力を込める。
アサヒ飲料との「ダイナミックベンディングネットワーク」の設立・子会社化によって、自販機運営では業界2位のサントリーにほぼ肩を並べる規模になったダイドードリンコ。社会環境やトレンドの変化をとらえ、“古くて新しい”リテールチャネルとして、これからも自販機の新しい価値を提案してくれることだろう。