「誰も語らなかったZARA圧勝の秘密」第3回。第2回ではZARA圧勝の秘密は、ZARAが世界に配置した「数万人単位のトレンドリサーチャー」にあることを看破した。それでもいくつかの疑問は残る。変化するトレンドの追随と計画通りの生産の両立といったソフトとハードをどう融合させているのか、などという点だ。その秘密を解き明かしていこう。
トレンドの追随と計画通りの生産、この両立をどう実現しているのか?
解かねばならない2つ目の疑問は、
・頻繁に変化するトレンドの追随と、計画通りの生産の両立、
・あるいはあらかじめ準備し備蓄している原材料と変化するトレンドの両立、をどのように実現させているのかである。
これは、生産オペレーションを、ソフト(トレンド)とハード(商品)を切り分けることで解決が可能で、私はこの仮説をセレクトショップから得た。日本のセレクトショップは買い切り型で、追加生産は希である。それでも、店舗フォーマットを変化させ、魅力的な売場を作り上げている。つまり、追加生産をしなくとも、投入された商品が魅力的であればQRは不要ということになる。
日本のQRは、例えば、2/30.(サンマル) 梳毛のケーブルニットが流行れば、必至に30梳毛のケーブルニットをリピート生産する。しかし、日本中のアパレルが同じ流行を追いかけるため、「原材料がない」、「工場のキャパシティがない」、「サンプルを確認する時間がない」の「3ない」により、追加生産が困難になる。私が調査した複数のアパレル企業、商社の現場では、追加生産によって狙い通りの商品投入ができたのは、総投入量の20%程度で、80%は「やっつけ仕事」であるということも明らかになった。
消費者心理に立って考えてみれば、例えば、モックネックが流行れば、晩夏であればカットソーでなくても、ニットのモックネックで良いはずだ。なぜ日本のアパレル企業は同じ素材、同じ工場にこだわるのか。
同じ工場、同じ原料をひたすら追いかけ、やっつけ仕事を繰り返す日本のアパレルとは異なり、ZARAは消費者の購買心理を正しく把握し、変化するトレンドのエッセンスを計画稼働させ生産された商品に埋め込むことで、「移り変わるトレンド」(ソフト)と「計画通りの素材活用と生産」(ハード)を両立していることになる。
わかりやすく言えば、イチゴのマークが流行っているとしたら、初夏はカットソー、盛夏はTシャツ、そして、晩夏は薄手のニットで、イチゴマークを入れ続けるということだ。イチゴのマーク(ソフト)は変わらないが、カットソー、Tシャツ、薄手のニットという原材料と工場は、期初計画通りに行うということになる。
私は、この話をある大手アパレルの社長に話したところ、「うちは、全く同じ商品などつくっていない。追加生産と言ってもちゃんと季節にあわせて変化をさせている」と怒りをあらわにした。しかし、数ヶ月後、私の話を聞きたいという「現場」のMD長と生産部長に呼ばれ、同じ話をしたところ、「モヤモヤとした霧が晴れたようだ。多少の微調整は確かにやっているが、同じ素材、同じ工場を探し、何度もサンプルを作り直していた。この分析は目から鱗だ」と言われた。この社長はそのあとすぐに退任したが、情報システムの責任者も兼務していた彼は、いかに現場で何が起きているかを分からずシステム導入を推進していたかということがよくわかる。
最近では、ZARAはサンプル作成に3D CADを導入し、なんと、一型の商品に30パターンものバリエーションを仮想的に事前準備し、トレンドがどちらに転んでも即座に生産開始することができるという。
これらの情報はすべて二次情報であり、私の推測を多く含んでいるが、縮小する市場の中で競争に勝つためのトレンド型アパレルのビジネスモデルを紐解くヒントとして十分な分析であると自負している。
また、同時に大量の情報を即座に分析するデジタルマーケティング技術、そして、都度行うサンプル作成を3D CADを活用するというところにデジタル技術が登場する。また、数多くのデベロッパーに通行人分析カメラを設置できれば、数万人のリサーチャーは不要になる。これは、AI(人工知能)を使えばわけなくできる。
MD業務へのハイテク活用は
ZARA型モデルへの移行なしでは無意味
昨今では、AIを使い、過去のトレンド趨勢から将来の色トレンド、シルエットを予測する技術ができ、加えて、株価予測の技術を使いながら自社のPOS情報の過去趨勢から数量トレンドを予測する技術もある。
しかし、これらの技術を使って会社業績が改善したアパレルはなく、むしろ業績は悪化さえしている。これには、2つの要因がある。
まず、アパレルには冒頭で書いたZARAのようなトレンドセッター型と、長期開発・長期販売型のアパレルがある。後者にこれらの技術を導入するのはナンセンスだ。
理由は、長期開発・長期販売型アパレルに対してAIによる予測技術は無意味で、まずは業務的にライトオフ期間を見直すべきだからである。
ではどのような分野に技術投資すべきなのか? それは、長期間販売してゆくため、受注生産によるIot (生産工程にセンサーを入れ、半製品在庫料を計算して工程管理をする技術) や、ライトオフまでの在庫水準点管理、などだ。
これに対し、トレンドセッター型アパレルは、そもそも商品に差別性がなく、顧客率(総売上に占める、そのブランドしか買わないという顧客の割合)は、平均するとF1層で15%以下、F2でも20%以下である。したがって、個社の将来予測も残念ながらまたしても無意味で、消費者は、似た商品が競合他社でさらに安価で売られていたり、あるいは、もっと斬新でおしゃれな商品を競合がだせば、容易にそちらに流れてゆく。だから、やはり需要予測を導入しても無駄なのだ。
このタイプのアパレルは、まずはブランド強化を行い、顧客率を4-50%程度まで高めることが先決。自社に需要予測を導入した場合に、競合に食われない強い顧客基盤をつくるべきなのだ。
つまり、いずれにおいても処方箋が間違っていることがお分りいただけたと思う。ビジネスモデルの改革と顧客ニーズの関係を整理した後で、活用すべきデジタルツールを選定すべきだ。
もはやアパレルビジネスは、全事業所の半数が赤字になっているといい、産業崩壊の縁に立っている。こうした惨状にあるのに、しっかりした問診なしに安易にテクノロジーを導入することで重病患者を治そうとする動きは、私には看過できない。そのことを理解していただくために、多少失礼な表現となったことをお許し願いたい。
真のデジタル戦略とは
自社の戦略に基づいた必然性のあるものである
さて、ZARAの強さの秘密とデジタル戦略というテーマで書き上げた本稿だが、「どのような魔法の杖がでてくるのか」、「まだ見たことのないパッケージの紹介がなされるのでは」と期待していた方には残念だが、そのようなものは登場しない。
真のデジタル戦略とは、難解なJARGON(専門家にしか分からない用語) を使うことでも、覚えることでもない。ましてや、勝ち筋が見えないまま、とにかく導入先行型のアプローチは危険ですらある。
本稿で書かれたように、競争戦略の基本は全く変わらない。現在の市場、そして、競争環境を正しく分析し、顧客のニーズに応える商品、サービスは何かという根本的な問いを自らに課し、改革を行う文脈の中に必然性をもってデジタル導入がなされるという、「戦略的ストーリー」の重みを感じてもらいたい。そして、いかなる言い訳も、会社の業績が改善しなければ無意味であるということを知るべきだ。
最後に、柳井正氏が「情報小売業」を目指すと宣言したとき、「服とは我々にとって何か」という哲学的な問いかけを自らの社員のみならず、日本のアパレル業界に投げたことを思い出して頂きたい。ユニクロは、これを「ライフウエア」と定義し、一気にデジタル化を推進した。
このスタンスこそ、デジタル化を行う上での第一命題であり、同時に本稿の根幹をなすものである。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)