紳士服専門店チェーンがスーツ販売に代わる次のビジネスモデル探しに奮闘中だ。「仕事着のカジュアル化」によるスーツ離れ、労働人口の減少などを背景に、最大手の青山商事(広島県)は20年3月期の当期損益が創業以来の赤字となる見通しであり、コナカ(神奈川県)の19年9月期通期業績も最終赤字に沈んだ。AOKIホールディングス(神奈川県)、はるやまホールディングスともに20年3月期上期業績も軒並み赤字となっている。大手各社は旧来のビジネスモデルの変革や新規事業の展開によって再起を図ろうとしているが、その解は未だ見えない。
お客がいない紳士服チェーンが潰れなかった理由
「紳士服専門店はいつも、あんなにお客が入っていないのに、なぜやっていけるのだろうか」と疑問を抱いた読者も多いのではないだろうか。
結論から述べると、今までは通用していた。店舗に訪れるほぼすべてのお客が「スーツを買う」という目的を持っているため、「来店」が高い確率で「購入」につながるためだ。
さらに、郊外を中心とした不動産費のかからない立地に店舗を展開しているため、出店コストがかかっていないのも紳士服専門店チェーンの強みである。おまけに、紳士服の粗利益率は高く、一般的な百貨店などに出店しているアパレル商品が4、5割であるが、紳士服専門店チェーンは6割以上が当たり前だ。
しかも、スーツにはカジュアル衣料のようなファッショントレンドがあまりない。言い換えれば、在庫になっても持ち越せるということでもある。だから、紳士服専門店チェーンは「一見お客が入っていない」ように見えても、十分やっていけたのである。
しかし、それも「これまでは」という前提がつく。労働人口は着実に減っている。とくにスーツのヘビーユーザーである男性の減少割合が大きく、18年の労働人口は3817万人と10年前に比べると90万人程度減少している。これに加えて、「仕事着のカジュアル化」が進んでいることも、紳士服専門店チェーンにとって逆風となっている。
業界最大手が商慣習の改革に乗り出す
紳士服専門店チェーンが現在のような苦境に追い込まれたのは、外部環境の変化ばかりではなさそうである。業界全体に独特の慣習が染み着いていたのも、停滞の一因であると筆者は考える。
この旧来の商慣習からの脱却を図るべく、いち早く動いたのが青山商事である。同社は2019年10月から、全体のうち8割の商品の表示価格を引き下げ、「新価格への価格改定」を実施している。
紳士服専門店業界では、お客とのやり取りのなかで価格をその場で下げる「店頭値引き」が横行していた。「えー、もう少し安ければ買ってもいいんだけど」とお客が言えば、店側は「わかりました。それでは、こちらのシャツを一緒に買って下されば、スーツの価格をあと1万円下げましょう」というようなやり取りが一般的にあった。
青山商事としては、こうした慣習の改革によって「価格の透明化」を図り、スーツ事業の立て直しを図る格好だ。ECの広がりで価格の透明化が進むなか、旧態依然とした価格政策は通用しなくなっている。旧来の商慣習は価格に対する不信感を助長しかねない。そんな危機感もあるのだろう。
新しいビジネスモデルを構築できるか
職場のカジュアル化、はたまた低価格のイージーオーダーの紳士服専門店チェーンなどの拡大という外部要因もあって、既存のスーツ量販ビジネスの将来は明るくはない。このため紳士服専門店チェーンのあいだでは、アプリと実店舗を融合した新業態の開発や、衣料品とは別の新規事業に乗り出す動きが活発化している。
たとえば、コナカはオーダースーツブランド「DIFFERENCE(ディファレンス)」を展開中だ。初回だけ店舗で採寸してもらえば、2着目以降はアプリでオーダースーツが作れるという仕組みで、顧客の囲い込みを図るのがねらいだ。
一方、AOKIホールディングスはエンターテインメント分野に力を入れる。マンガやインターネットが楽しめる複合カフェ「快活CLUB」やカラオケ事業を展開しており、20年3月期通期では、ファッション事業の店舗数が645店(20年3月期上期648店)に対しエンタメ事業が617店(同564店)と、店舗数がほぼ拮抗する見通しだ。20年3月期の通期業績予想では、「エンターテイメント事業」が営業利益の23%程度を占める見込みで、新たな収益柱として順調に育っている。
紳士服専門店は新しいビジネスモデルを構築することができるのか。それは旧来のスーツ販売という旧来ビジネスの延長線上にあるのか、それともまったく新しい分野になるのか。紳士服専門店チェーン各社は今、分水嶺にいる。