消費が回復傾向にあるとは言え、コロナ禍が依然として続く中、伊勢丹新宿本店の売上高が過去最高を更新する見込みだ。リベンジ消費だけでなく、マスから個人客にターゲットシフトした取り組みが奏功しているという。商品カテゴリーの枠を外し、テーマを切り口に商品を仕入れる営業部門を新設するなど、顧客ニーズに密着し、リピーターを増やす「コミュニティMD」について、栗原憲二・伊勢丹新宿本店長に教えてもらった。
2022年度上期売上高は過去最高を上回った
――コロナ禍が依然、続いているにもかかわらず、伊勢丹新宿本店は、業績がV字回復しているとうかがいました。2022年度(2023年3月期)上期の売上高は、2008年の三越と伊勢丹の経営統合後として過去最高を更新し、足元の売上も絶好調だそうですね。
栗原 当店の年間売上高は2018年度の2,965億円が過去最高ですが、2022年度上期の売上高は18年度上期を上回りました。22年度下期も、月別売上高では連続で前年実績をクリアしているので、このまま推移すれば、18年度の年間売上高を上回ると見込んでいます。ただし、旧伊勢丹時代を含めると、バブル期のピーク(1991年度)には年間売上高が3000億円を超えていたので、それに比べれば、まだ目標値としては低いですね。
――特に好調なのは、どんなカテゴリーでしょうか。
栗原 22年度上期の売上高では、対前期比で特選婦人服が59%増、時計が45%増、宝飾品が84%増などとなっています。いわゆる高級品のカテゴリーが伸びていますね。入店客数は18年度の約70%の水準なので、それだけ高単価の商品が売れていることになります。ただし、インバウンド(免税品)の売上構成比は、18年度が12%だったのに対して、22年度上期(4〜9月)は5%まで下がったため、それだけ国内需要が回復しているとも言えます。
コロナ禍でわかった得意客の有難み
――好調の理由について、どのように考えておられますか。
栗原 2021年度は、2021年4~6月に緊急事態宣言による一部フロアの休業(4/25〜5/11は食品・化粧品以外、その後売場ごとに徐々に営業を開始)を余儀なくされたほか、8月以降も新型コロナウイルス感染拡大に伴う入店制限などもあったため、売上が大きく落ち込みました。反動増は当然、あったと考えています。巷間言われるように、コロナ禍でのリベンジ消費の影響もあるのかもしれません。しかし、これまで当社が取り組んできた経営改革が、実を結びつつあることも大きいと受け止めています。
――どのような経営改革が、奏功したとお考えなのでしょうか。
栗原 端的に言えば、コアターゲットを「マス」から「個人客」にシフトしたのが、ジャストミートしたと考えています。実は、百貨店はコロナ前から、構造改革を迫られていました。専門店やショッピングモールとの競合、ECの拡大などによって、経営環境が厳しくなっていました。それに拍車をかけたのがコロナ禍です。しかし、逆に言えば、コロナ禍によって、これまで当社を支えてくださった“お得意さま”の有難みを改めて実感し、「個人客重視」の経営姿勢に一挙に転換したのです。
――マスから個人客へシフトした、そのねらいを教えてください。
栗原 伊勢丹新宿本店は、もともと「世界一のファッションミュージアムを目指す」というコンセプトを掲げ、国内外の高感度・上質なブランドの集積に努めてきました。当店としては、当社の中期経営計画とリンクする形で、①新宿という立地を生かした集客力アップ、②顧客化(流動客の固定客化)、さらに、③LTV(顧客生涯価値)の最大化という、三つの経営戦略を打ち出してきましたが、①については従来、「マスを取り込む」というのが前提の経営戦略だったわけです。必ずしも「一人ひとりのお客さまに向き合う」ということではありませんでした。ところが、当店も、中心客層の高齢化、ニーズの多様化などによって入店客数が伸び悩むようになりました。そこで、不特定多数のお客さまを集めるよりも、お得意さまに何度も足を運んでいただくことに、力を入れようと考えました。
顧客の関心事を軸にしたコミュニティMD
――個人客重視のために、具体的には、どのような取り組みを進めてこられたのですか。
栗原 MD(マーチャンダイジング、商品政策のこと)を思い切って転換しました。ご存じのように、これまでの百貨店のMDは、例えば、衣料品、食料品といったカテゴリーがまずあって、さらに、衣料品であれば、婦人服、紳士服、子供服といった具合に、サブカテゴリーに分かれるのが主流でした。しかし、それは商品を軸に、マスを対象としたプロダクトアウト型のMDで、「お客さまの関心事を軸にしたMDではない」と、思い当たったのです。固定客を増やし、来店頻度を高めるCRMとするには、顧客のニーズやウォンツをベースにした、カスタマーイン型のMDにする必要があります。そこで、商品別のくくりを、あえて“破壊”することにしました。
――それは、百貨店のMDにとって、画期的な発想ですね。
栗原 例えば、婦人服の担当になると、レディスのことしか視界に入らなくなり、「メンズのことはよく知らない」というケースが多い。それでは、ビジネスチャンスを逸することになりかねません。ヒントは、外商部門にありました。外商の担当者は、お得意さまに気に入っていただけそうなら、メンズでも、レディスでも商品を持っていきます。そうした発想が必要だと考えました。2020年度には、「タイムレス(新作だけでなくヴィンテージ品などの年代ものも取扱う)、ジェンダーレス、カテゴリーレス」をコンセプトに、テーマなどの横ぐしを刺したMDを担う「コミュニティ営業部門」を発足させました。つまり、お客さまに支持される商品であれば、衣料品でも、食料品でも、「どんな商品を仕入れてもかまわない」という機動部隊、言わば商品部門の「特区」ですね。
――とても興味深い試みです。成功事例はありますか。
栗原 2021年度の取り組みとしては、「アキュートガール」が挙げられます。かわいいモノ、美しいモノを揃えた1週間限定の催事で、これまで当店としては手薄だった「Z世代」をメーンターゲットにしています。トレンドセッターにもアクセスでき、予算比の10%増、約1億円の売上を達成することができ、手ごたえを感じました。これからも、コミュニティMDを強化していきたいと考えています。