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コロナで沈む百貨店業界の中で、伊勢丹新宿店が過去最高売上高を更新へ……その要因は?

新型コロナウイルス感染拡大にともなうインバウンド消滅、営業時間の制限や外出自粛などの影響を大きく受け、多くが赤字転落に陥った百貨店業界が息を吹き返しつつある。百貨店国内最大手の三越伊勢丹(東京都/細谷敏幸社長)は2022年10月、投資家・メディア向け事業説明会にて、「伊勢丹新宿店」(東京都新宿区)の2023年3月期通期売上高が、過去最高を更新する見通しだと発表した。本稿では、伊勢丹新宿本店躍進の原動力に迫りつつ、百貨店業界が今後進むべき道を考えてみたい。

伊勢丹新宿本店、今期は過去最高売上を更新へ

 三越伊勢丹が公表した伊勢丹新宿本店の2023年3月期上期の売上高は4月以降、6カ月連続で過去最高を更新し、前期通期実績2134億円を大きく上回り、同店の過去最高売上(2526億円:2019年3月期)をも超える好調ぶりを見せている。インバウンド消失により、免税店売上高のシェアが大きく落ち込んだものの(18年度上期:12%→22年度上期:5%、以下同)それを上回る規模で国内の顧客を獲得できている。

 なお、三越伊勢丹ホールディングス(東京都/細谷敏幸社長CEO)では2022年11月に2023年3月期の上期決算を発表しており、伊勢丹新宿本店の総額売上高も公表している。2023年3月期上期における伊勢丹新宿本店の総額売上高は、対前年同期比38.4%増の1474億円、通期予想では対前期比21.4%増の3078億円と前期実績(2526億円)を大きく上回り、3000億円の大台に乗る見通しだ。

 2022年10月に開催された事業説明会で公表した商品カテゴリー別売上高では、インバウンド減の影響で化粧品が落ち込む(11%→7%)一方で、宝飾品・貴金属が大きく伸び(7%→18%)、売上増に寄与していることがわかる。外出自粛を重ねてきた富裕層による“リベンジ消費”が効いているようだ。

 顧客動向では、MIカード利用者や外商顧客などのウエートが増えている。年齢層では、20-30代が増えている(32%→35%)とのことだ。

 なぜ、伊勢丹新宿本店はここまで売上高を伸ばすことができたのだろうか。そこには、三越伊勢丹ホールディングスがめざすビジョン・戦略に裏打ちされた、新宿本店のマーケティング施策がある。

三越伊勢丹HDがめざす「高感度上質消費」とは

 伊勢丹新宿本店に限らず、三越伊勢丹ホールディングスでは、これまで「マス・マーケティング」を基本戦略としてきた。その一方で、今までの戦略・施策の前提となる社会構造は大きく変化している。EC消費の台頭や所得や消費の二極化、少子高齢化にミレニアム世代の台頭……世の中が変わっていくにつれ、従前の施策は次第に通用しなくなっていった。

 伊勢丹新宿本店も、入店客数の減少やコア顧客の高齢化、新規顧客の取り込み不足などの課題に直面し、従来のマス手法には限界が見えてきた。そうした中で三越伊勢丹ホールディングスでは、22年度を初年度とする3カ年の新・中期経営計画がスタートしている。

 中期経営計画では、めざす姿として「高感度上質消費において最も支持される」(抜粋)というビジョンを掲げている。「高感度上質消費」について、三越伊勢丹ホールディングスは「生活にこだわりを持ち、上質で豊かな生活を求めるお客さまの消費のすべて」「日常とハレの日、月1回でも年1回でも、MIグループをご利用いただける全てのお客さまの消費」と定義づけている。

 そして、この高感度上質消費を実現する中核的位置づけを担うのが、同社旗艦店の伊勢丹新宿本店というわけだ。今後、伊勢丹新宿本店では、長年慣れ親しんだマス手法に別れを告げ、「個」を軸としたCRM(顧客関係管理)を展開するとしている。

キーワードは「店頭と外商の連携」

 「個客」とつながるCRM戦略の具現化に向け、伊勢丹新宿本店では、店頭と外商部門の連携強化を推進する。

 カスタマープログラムの第1ステップでは、自社カード「MIカード」への加入を薦め、その次のステップとして年間利用金額で顧客を層別し、年間利用金額100万円以上の「ゴールド顧客」に対してはカテゴリースペシャリストが買い回りを促進し、年間利用金額300万円以上の「プラチナ顧客」へのランクアップを促す。

 プラチナ顧客にランクアップした顧客は、店頭部門から外商部門にトスアップされ、外商部門の担当が、顧客とのワン・トゥ・ワン(1対1)の関係性の構築を推進する。具体的には、100年近い歴史を誇る招待制の催事イベント「丹青会」への招待や専用ラウンジ提供、係員がお客の代わりにクルマの入出庫を行う「バレーパーキング」の提供などにより、顧客の満足心をくすぐるさまざまなサービスを提供する。

 こうした取り組みによりLTV(顧客生涯価値)を最大化し、生涯“個”客化するという戦略が軌道に乗り始めているのが、伊勢丹新宿本店の原動力になっているのだ。

 百貨店業界はコロナ禍によってまさに“どん底”に落ちたように見えるが、実はずっと長い坂を下り続けている。日本百貨店協会の全国百貨店売上高によれば、百貨店売上は2008年度には7兆9000億円あったものの顕著な減少傾向が続き、17年度に6兆9000億円、そして21年度は4兆4182億円にまで縮んでしまった。

 富裕層需要やインバウンドで潤っていたのは大都市圏のターミナル駅近くの店舗や中核地方都市の店舗だけで、郊外・地方店の多くは慢性的な売上ダウンに苦しんでいる。その結果国内百貨店の数も2008年度の280店から2021年度には189店まで減ってしまった。

 かつて好調だった店舗も、決して楽ではない。インバウンドによる高額品需要は2019年には陰りを見せていたし、コロナ直前の2019年10月以降は消費増税もあって売上は落ち込み気味だった。コロナ禍が収まったとしても、バラ色の未来が待っているわけではない。

 郊外・地方にせよ都市圏にせよ、今後百貨店が生き残っていくためには、独自の戦略構築と差別化された施策展開が求められる。こうした意味で、伊勢丹新宿本店の取り組みは業界にとっても試金石となることだろう。