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ライフ創業者 清水信次さん、逝去 生前語った「日本の流通業の在り方」

ライフコーポレーションは2022年11月7日にリリースを発表し、創業者の清水信次名誉会長が逝去したことを明らかにした。長年にわたり同社の経営の舵を取り、日本チェーンストア協会や日本スーパーマーケット協会など業界団体のトップを歴任し、日本の小売業の発展に大きな功績を残した清水信次氏。ここでは清水さんを偲んで、『チェーンストア・エイジ(現ダイヤモンド・チェーンストア)』誌2008年9月15日号に掲載したインタビュー記事を再掲する。合掌。

聞き手:千田直哉(本誌) 構成:森本守人(サテライトスコープ)

ライフコーポレーションの清水信次氏(写真は2010年撮影)

安易な経営統合をすべきではない

──アメリカに学ぶことで発展を遂げてきた日本の流通業界では、少子高齢化に端を発する成熟化の中で上位企業による市場寡占化が進んでいます。半面では、新しい成長戦略を描けないままでいます。

清水 実は、2007年11月に、ヨーロッパへ視察旅行し、興味深い体験をしました。イタリア、ドイツ、フランスなどにあるSM、市場、小売店などに足を運び、多くの経営者や消費者と話をしました。

 同じ流通といっても、日本とヨーロッパではずいぶんと違うものです。

 たとえばイタリアにはコンビニエンスストア(CVS)がない。彼らに「日本には24時間営業するCVSが何万軒もある」と言うと、「こちらでは日が暮れてから働く人はいない。第一、深夜1時や2時に買い物をする人がいるの?」と皆びっくりしていました。

 さらに「それはアメリカの悪い影響だ」と言われました。そもそも「ローソン」や「セブン-イレブン」も、アメリカからきたものです。ドイツにもスパーというCVSがありますが、24時間営業ではない。もちろん北欧にもありません。

 この事実から、ヨーロッパはアメリカの市場原理主義の経済を拒絶しているのだと感じました。

──日本の流通業はずっとアメリカを追いかけています。

清水 世界にはたくさんの国家や地域があります。国際連合に加盟しているのは、日本を含めて193ヶ国です。暑い国、寒い国、日本のように四季のある国、みんな違う。資源、人口、食習慣もそれぞれ特徴があります。歴史の長いところもあれば、新しい国もある。

 日本の歴史は約2000年なのに対し、アメリカはまだ232年。その国がグローバルスタンダードといって、世界中に影響を与えているのです。流通でも日本はアメリカのスタイルを模倣してきました。しかし必ずしもそうする必要はないと思うのです。それぞれの国の特徴があるのですから。

──国家や地域に適した流通があるということですね。

清水 そうです。たとえば、アメリカに対して、私は好意を持っていませんが、いいところもあります。SMへ行けば、お客さまと店の従業員が非常に楽しそうに会話しているのを見かけます。ウォルマートにしても、来店者との交流や対話を大切にしている。ヨーロッパではあまり見かけない風景で、そうした楽しい会話を挟んだ買い物は日本も学ぶべきだと思っています。

 しかしながら、その一方で、アメリカには資本主義の権化のような一面もあります。そして、このところの日本は市場原理主義の部分ばかりを取り込み、強いものが弱い企業を食いつぶす弱肉強食の様相を呈しています。

 その意味でアメリカのよい部分を取り入れるのはいいけれども、日本は悪いところだけをマネしているような気がしてなりません。

──アメリカでは1970年代に200社以上あった百貨店は、現在17社に減ってしまいました。

清水 日本も同じです。三越と伊勢丹、大丸と松坂屋、そごうと西武百貨店、阪急と阪神、といったように歴史ある企業が次々と経営統合しています。そのことが、お客さまにとってプラスに作用するなら、それは良いでしょう。しかし、必ずしもそうはないっていない。

 それについては、日本の銀行の統合をについて見てみればよくわかります。銀行の相次ぐ経営統合でお客さまが便利になったのでしょうか?

 店数は減少し、それまでの人間関係、信用も何もかもがゼロベースからになってしまいました。簡単に経営統合に踏み切る時代だけれども、会社は特定の人の所有物ではありません。働いている人、買い物に来る人、経営に携わる人、株式を所有している人、みんなの共有物であることをいま一度、自戒したいところです。

寡占化は進まなくて良い

──ここにきて、日本市場も寡占化傾向が鮮明になってきましたが、欧米との比較でいえば、まだまだ序の口です。

清水 ヨーロッパの先進国では上位5社を合わせたシェアは60~70%と言われています。それに対し日本はまだ1桁%台です。
日本の流通市場寡占化は、いまのところ進んでいません。しかし、それでいいと思っています。欧米のような数社による寡占化は肯定できません。

 かつて日本でも、GMS(総合スーパー)を展開する大手企業5社が巨大化を図っていましたが、いまは事実上、2社態勢になっています。基本的に巨大化には賛成しかねますが、大規模なグループの存在を認めないわけではありません。

 ただ、巨大な大手があるのであれば、中堅クラス、地元の零細クラスもあった方がいいのです。お客さまの選択肢の幅が広がるからです

──ライフコーポレーションは、大きな目標を立てています。巨大化を志向されているのではないですか?

清水 3年後の創業50周年に向け、250店舗、売上5000億円という目標設定をしています。しかしながら、巨大化・肥大化は危険だと考えています。お客さまのご要望があり、自然体で大きくなっていくのはやむをえませんが、ムリに背伸びして、大きな借金をこしらえてまでの巨大化は望みません。地味で、堅実な方がいい。

──「無謀な拡大」よりも「着実な発展」が求められています。

清水 歴史に学べば、そのようにいうことができます。かつて、スペイン(パックス・エスパニューラ)やイギリス(パックス・ブリタニカ)が世界を制覇したことがありました。

 しかし、現代は同じ位置にはいません。アメリカは一時期、かなりの勢いがあったけど、国の中身を見れば決していい状態とはいえません。そんなアメリカがアジア、中東、アフリカ、またヨーロッパの政治・経済にまで口出ししようとしています。自分の足下を穏やかに、静かに見ていればいいのに、と思います。

自己利益追求一辺倒はいつか破綻する

──それでは日本の流通業界はどうすべきだとお考えですか。

清水 まず業界全体としての戦略が必要です。明治期以来、140年が経過しましたが、明治時代の45年、大正時代の15年、計60年を費やして日本は世界の大国のひとつにのし上がりました。

 それなのに昭和元年からの20年間ですべてを台無しにしてしまった。戦争で負け、こんな体たらくになってしまっている。実を言えば、明治から間違っていたという考え方もあります。日清戦争だって、日露戦争もそうです。つまるところ国家政策という戦略の間違いが原因だったのです。

──その意味で流通業界も大局観に立った戦略が必要だということですね。

清水 これからはどういう姿があるべきかという大きなテーマのもとに、流通業界のリーダーは話し合わなければなりません。

 日本には流通業界の団体がたくさんありますよね。日本スーパーマーケット協会、日本チェーンストア協会のほか、CGCのようなボランタリーチェーンなど多くの団体もあります。これはどういうことか。つまり全体としての流通戦略がないわけ。ばらばらなのです。

 われわれの絶対的な使命は、安全、安心な商品を安定供給することにあります。

 ここに注力すべきなのです。その大前提を破って、自分の会社だけが大きくなろうとしたり、利益を上げようというのは社会性に反しているといえるでしょう。自分の利益ばかり考えていると、いつか破綻を生じるはずです。

 何ごとも適正規模というのがあります。あるところまで行けば、それ以上は望まない、みんながよくなればいい、という考え方でなければおかしくなってしまいます。

──ほどほどにという考え方があってもいいということですか。

清水 それが一番、望ましい。みなが安定して長寿を保てるようなね。今の姿を見ていると、あまりにもぎすぎすとし過ぎています。対話もなければ、心の通いもない。先ほども言ったとおり、すべてアメリカの悪い影響ですかね。

──みなが安定して長寿を保つ、日本でも実現可能でしょうか。

清水 日本には、他国にはない独自の歴史、伝統、文化があります。たとえば江戸時代は264年間もの長期間、平和な時代が続きました。当時の日本を見て、オランダやスペイン、ローマからの宣教師は「こんなに清潔で礼儀正しく、真義に厚い国は神が地球に与えた最大の贈り物」と言ったそうです。つまり、日本にはもともと、みなが安定して長寿を保つための土壌があるのです。

会社をそれほど大きくする必要はない

──それでも競争は激化する一方です。やはり経営する立場だと規模拡大は楽しいものなのですか?

清水 楽しくなるというより、感覚が麻痺してくるのでしょうね。ランナーズハイのようなものです。いずれ、プッツンと切れてしまう。ぼくの先輩であり、仲もよかった中内(ダイエー創業者)さんもそうでした。議論したり、一緒に遊んだりしているうちはよかったけれど、だんだんハイになってきて、あれもこれもと広げてしまった。

──そこで、「ちょっと待てよ」、と考える必要があった。

清水 その点、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊さん(名誉会長)は慎重です。「銀行はお金を貸してくれないもの、メーカーや問屋は商品を売ってくれないものだ」と常に肝に銘じています。本当に、“商い”を大切にしている。

──経営の第一線を離れ、現在はどのような立場で会社に関わっておられますか。

清水 ぼくは自分のすべきことは全部やったし、今は岩崎高治社長に後をゆだねています。

 いつも、絶対に無理はしないように、会社はそんなに大きくなる必要はないと言っています。私は日本の流通業がどうなればお客さま、社会にとっていいのか、また日本のなかで最も正しい理想的な姿にするにはどうすればいいかについて考えています。

 当社の岩崎社長も意識していて、従業員とのコミュニケーションも熱心にとりながら試行錯誤しているようです。ぼくが指揮を執っていた頃から考えると、この3年間で当社は、はるかによくなっていますよ。ありがたいことです。

 仲間のチェーンストアも気づき始めており、日本の流通はかなりよくなってきたとは思いますね。